　この時間についての定義は文学的なもので、哲学的には意味がよく分かりません。しかし私の考えからすれば、時間論はファンタジーとしてしか描けない（拙著『モモと考える時間とお金の秘密』書肆心水）ものですから、ここでのレヴィナスの表現も卓越したものとしか言いようがありません。ハイデガーが現存在（人間）を時間と捉え、時間を人間の生と死の間というように常識的なものと考えて、それを人間の決意性の必要性の問題として論じているのとは大違いです。さてレヴィナスのこのような時間の捉え方は、時間を変容として捉えようとする試みであり、しかもそれを運動や変化とは異なるものとみなしているのです。

「哲学とは存在の発見であり、存在の存在することが真理であり哲学である。存在の存在することは時間の時間化――、自同的なものの分裂であると共に自同的なものの再把持ないし想起、統覚の統一性である。元来、存在することは固体の骨格を示しているのでも、諸行為の光輝く可動線を示しているのでもない。存在することが示しているのは時間という『変容』である。だが、この『変容』は変質も転移もない『変容』であり、どんな質的規定からも独立した『変容』である。」（81～2頁）

　自同性の分裂と想起によるその回収として時間の時間化を考えると、時間的経過は変容として捉えられ、それが存在することだとされます。たしかに運動や変化というように時間的経過を捉えると、これは存在者の質的要素に着目した規定であることになります。レヴィナスはこのような捉えかたとは違った時間論を構築しようとしているのです。

「存在の存在することは時間であり、時間は変質も移転もなき変容である。そればかりか、この変容は＜同＞に対する＜同＞の可視性にほかならず、しばしば開けという名で呼ばれているのもこの可視性である。存在の営み――存在すること――時間――時間の経過――が顕示であり真理であり哲学なのだ。」（82頁）

　存在者の存在、というときの存在のほうに注目して議論が展開されますから、とりあえずは質については考慮されません。というもの、質について考えるということはとりもなおさず存在者という具体的なものを想定することになってしまうからです。しかし質のない存在というものをどのように措定できるのでしょうか。ハイデガーが存在と時間というように並列していることに対置するように、レヴィナスは存在の存在することが時間だと述べています。この時間は質にかかわりのない変容であり、自同性の分裂であって「開け」といわれている事態、顕示に関わるものとされています。

２）意識と＜時間＞

　存在の存在することが時間といわれても、翻訳用語ですからあまりピンとはきませんが、しかしこれを、「ある」という言葉に置き換えると、あるという言葉は名詞であると共に動詞でもあることに気づきます。実はレヴィナスは存在という言葉が名詞でもあり、動詞でもあることに注目し、そしてハイデガーが試みはしなかった、存在という言葉を動詞として考察することを始めているのです。ですから存在という言葉が、動詞の働きで、自身を存在（名詞）と存在する（動詞）とに分裂させることが自同性の分裂であり、変容であり、時間的経過なのです。といってもこれはヘーゲル的解釈でレヴィナスの真意とは異なるかもしれませんが。

「意識を語ることは時間を語ることである。が、こうして語られる時間は回収可能な時間にすぎない。」（88頁）

ここで早くもヘーゲルとの違いが表明されています。ヘーゲルにあっては意識は実体であると共に主体でもある生きた力ですが、レヴィナスは意識を語ることを時間を語ることとして捉えています。というのもレヴィナスは分裂した自同性をとりもどす想起をも時間と捉えているからです。「自同性を有しながらも変形するものとして、差異をはらみながらも自同的なものとして、印象は時間化し、自分自身へと開かれてゆく。」（91頁）

　レヴィナスは印象を意識と捉えているようです。存在者の存在において、意識とは自同性の分裂と想起によるその回収という、時間の時間化の過程における自同性の同一性としての意識における印象の差異に注目して、レヴィナスは意識と時間とを結びつけたのでしょうか。

「流れは川の水の運動に着想を得た喩えにすぎないのだろうか。むしろ、流れは時間性そのものであり、時間の時間性というこの『知』にもとづいて、『意識という共時性』が形づくられるのではなかろうか。流れという語を用いて時間を語ること、それは時間的出来事という語を用いて時間を語ることではなく、時間という語を用いて時間を語ることである。時間の時間化という開けによって、感覚は、その自同性に変質きたすことなく現出し、みずからを感覚し、変容する。点的なものの一種の分裂によって、感覚は二重化し、自分自身とずれる。感覚をこのように二重化する時間の時間化は、感覚するものとして『感覚される』ような因果関係を表す属性でも述語でもない。時間的変容は出来事でも行動でも、ある原因の結果でもない。時間的変容は存在するという動詞なのだ。」（91～2頁）

　ハイデガーの存在論に対して、レヴィナスは存在という言葉を動詞と捉えて、存在するというそのことが時間的変容であると述べています。ということはハイデガーのように存在を、存在者を考察することで忘却されるようなものとしてではなく、存在者の時間的変容とされていることになります。そしてこの時間的変容は感覚をとおして意識化されるものなのです。ですからハイデガーのように忘却されてしまっている存在と、その開けといった事柄を想定することなく、レヴィナスは意識の問題を考察することになります。それはシェーマ化すれば、存在するという動詞が存在者に時間的変容をもたらし、それが感覚にずれを生じて意識化されてくるということでしょうか。

３）動詞についての言語論的考察

　このように意識を語ることは時間を語ることであるとみなしたレヴィナスは、そのポイントである動詞という言語的な問題についての考察に移っています。

「出来事を指示する名詞と解された動詞が時間の時間化に適用された場合、この動詞は、時間の時間化に出来事としての響きを与える。ところが、どんな出来事も時間という変化なき変容をすでに前提としている。時間という変化なき変容は自同的なものにはらまれた位相差であり、この位相差は諸々の変換ならびに持続の背後で増殖してゆく。そればかりかこの位相差は、老衰として、持続それ自体のうちにも潜んでいる。ところで動詞は、行動や出来事の命名をやめるとき、否、命名することそれ自体をやめるとき、動詞性を獲得する。命名することなき動詞性、それこそが言葉の比類なき『流儀』である。命名し喚起する象徴化に、言葉を還元することはできないのだ。言語が名称と等価なものとなる際には必ずや曖昧さが伴うと言わんばかりに、存在するという動詞は時間の流れを語る。存在するという動詞においてはじめて、動詞としての動詞の機能が全うされるかのようだ。動詞としてのこの機能は時間がもたらす変化なき変容の蠢きに、その漠たる痛痒感に帰着する、と言ってもよい。」（92～3頁）

　存在は動詞であると共に名詞としても使われます。この両義性についてここでレヴィナスは考察しています。名詞は行動や出来事に命名する働きを持っていて、物事を名づけるものですが、それが動詞として働くときは命名する働きをやめるとレヴィナスは考えています。そして動詞の働きは時間的変容に他なりませんから、それは時間的流れを語ることで言語の比類なき力を発揮するのです。

「時間化、それが存在するという動詞なのだ。動詞の動詞性から生じた言語は存在の存在することを聴取させるのみならず、存在の存在することを振動させるのだ。」（93頁）

　ソシュールの考察には名詞の名づける働きが中心で、動詞の働きについては明確ではありません。ソシュールが時間についてどう考えていたか、これは興味のある問題ですが、いまはちょっと頭の中に入ってはいません。列車の時刻表の同一性について考察するところがありましたが、これと関係しているかもしれません。とまれ動詞を考察した言語論に出会うのは始めてで、時間を動詞との関係で論じることは新鮮です。そして時間の振動性についてもここで述べられています。

「このように、言語は、諸存在ならびに諸関係とぴったり重なり合ったりはしない。言葉が＜名詞＞であるとすれば、言語を記号体系に還元するこのような考え方も、斥けることのできないものとなろう。しかるに、言語は＜名詞＞であるよりもむしろ動詞の異常増殖であるように思われる。時間化であり、存在の存在することたる感性的生を担うとき、言語はすでに動詞なのだ。体験された感覚――存在と時間――にしてからがすでに動詞のうちで理解される。一見すると、諸事物は無言の世界を、無音の空間を流れてゆくようにしかみえない。ところが、感受性においては、知覚された事物の諸性質は、この無音の空間とは無関係に、時間のうちに、意識のうちに消え去ってゆく。このような感受性はすでにして語られた感受性ではなかろうか。感受性の質的変異は、感受性のうちで言表される動詞の『いかにして』を理解させるのではなかろうか。つまり、感性的諸性質が体験される場としての諸感覚は、副詞として、より正確に言うなら、存在するという動詞の副詞としてひびくのではなかろうか。」（93～4頁）

　このようにレヴィナスは言語の本質的属性を動詞の働きに求めています。ソシュールが提起した言語名称目録観批判と同じように、名詞としての言語についての限界を乗り越えることが試みられているのです。そして言語を差異の体系とみなしたソシュールとはちがって、動詞の働きと人間の感受性の質的変異のうちにその乗りこえをはかろうとしているのです。

４）動詞と名詞

　このように動詞の働きを捉えたレヴィナスは次に、言語が名詞と動詞の二重物としてあることについての考察を始めています。

「とはいえ、言語は名詞の体系でもある。感覚の動詞的流れないし時間的流れのうちにありながらも、名称は数々の自同性を指示し構成する。」（94頁）

　動詞は時間的流れを語り、これは感覚の時間的流れとして知覚されますが、他方名詞は命名することで、存在者の自同性を指示します。この二重性についてどこからメスを入れたらよいのでしょうか

。

「不可思議な図式論にもとづいて、すでに語られたことにもとづいて、先在する臆見にもとづいて、同一化は理解され聴取される。言うまでもなく、普遍的なものと個的なものとの関係は類似に立脚するものではありえない。普遍的なものと個的なものとのどのような関係も、不可思議な図式論を、すでに語られたことを、先在する臆見を前提としているのだ。」（94～5頁）

　名詞の働きは「不可思議な図式論」に基づいているとレヴィナスは考えています。レヴィナスにとっては不可思議なこの図式とは、カントの言う超越論的仮像であり、また言葉の概念が対象そのものに属すというソシュールが批判した言語名称目録観のことでしょう。ところがここでレヴィナスはこれを「語られたこと」と捉え、そしてこの名詞的機能に動詞的機能としてある「語ること」を対置していこうとしています。

「＜存在すること＞――、それは時間の推移にしてこの推移を回収する記憶であり、意識である。意識の時間は時間の反響であり時間の理解〔聴取〕なのだ。」（96頁）

　「存在」ということ自体名詞ですが、これが「存在する」という動詞として働いた後の名詞化として「存在すること」を想定すると、この言葉には時間の推移についての意識を含んでいるとレヴィナスは考えています。まさに「語られたこと」の属性がここに示されているのです。

「持続でもあれば自同性でもあると言う感受性の両義性にしてからがすでに、＜語られたこと＞になかできらめく動詞と名詞の両義性なのだ。＜語られたこと＞を担うと共に＜語られたこと＞の彼方に赴く＜語ること＞は、言語が作動した結果、＜語られたこと＞に吸収され、＜語られたこと＞のうちで死に、痕跡として刻印される。」（97頁）

　ここでレヴィナスが「感受性」といっているのはフッサールの「志向性」に対抗したものでしょう。フッサールが意識に「志向性」を求めたのに対して、レヴィナスは意識を「感受性」と受け止めているのです。感受性に基づく意識は動詞の働きと名詞の働きを、持続と自同性として受け止めます。このように考えると、「語られたこと」と「語ること」の対比が可能となっていきます。「語ること」における動詞の働きは「語られたこと」にあっては痕跡としてあり、この意味で「語られたこと」の彼方には「語ること」があると見ることができるのです。

「このようにして変容された＜同＞は、しかしながら、自同性の分裂によってうがたれた穴を介して、――時間を介して――、＜同＞たる自分を再び見いだす。それが意識である。このように＜同＞が再び自分を見いだすこと、それが同一化であり、『これとしてのこれ』、『あれとしてのこれ』である。かかる同一化が意味の給付なのだ。諸存在者は、その意味をつうじて、自同的な諸存在者として現れる。諸存在者はまず与えられ主題化され、ついで意味を受け取るのではない。諸存在者は、それが有する意味によって与えられるのだ。けれども、同一化による＜同＞のかかる再発見は、すでに語られたことのうちでなされる。語られたこと――語――は意味を有した単なる記号ではないし、意味の単なる表出ですらない。すでに語られたことのなかで、語はこれとあれとの同一化を布告し聖別するのだ。」（97～8頁）

　名詞と動詞の機能の違いを明確にし、その上で言語を名詞と動詞の両義性として捉えたレヴィナスの言語論の特徴がここには明示されています。いったん命名されたものが動詞の働きで時間的変容を受け、これを感受した意識が自同性の分裂を感覚しながらも再び命名されたものを見いだす、という形での同一化、これが語られたたことのうちでなされる言語の働きだというのです。諸存在者が主体に対して与えられ、主体がこれを主題化して意味を与えるという日常感覚とは違って、諸存在者の時間的変容を感受する意識が言葉を使うことで成し遂げる同一化が意味を与えることだというのです。この言語論は「語られたこと」と「語ること」についての対比の中で展開されていきます。

５）「語られたこと」と「語ること」

　この双方の対比はレヴィナスの言語論の中心をなしています。そしてこの対比はフッサールやハイデガーの現象学への批判としての意義を持っています。

「諸時間の光のなかで自同的なものとして現れる存在者は、すでに語られたことのうちに、存在者の存在することとして存在する。現象それ自体が現象学なのである。とはいえそれは、どこか分からないところから到来した言説が時間の諸位相を『あれとしてのこれ』へと独断的に整序するからではない。存在の曝露そのもの――その現出――存在することとしての存在すること、存在者としての存在者は話される。時間の隔時性さえが記憶可能な時間として共時化し、主題と化すのは、＜語られたこと＞においてのみである。物語は、自同的諸実体にあとから付加されて、これらの実体を提示するのではない。物語は、記憶可能な時間性によって照明された自同性として、これらの実体を提示するのだ。これまでの考察では、時間性は自同的なものと自同的なものそれ自身とのずれの相のもとに分析され、このずれゆえに自同的なものは意識と化して自己を再発見しうると考えられてきた（いうなれば、時間から独立したものとして、『あとから』時間に捲き込まれて流れと化するものとして、自同的なものが捉えられてきたのだ）。しかるに、自同的なものが意味をもつのは、宣布たる＜語られたこと＞によってのみであり、この＜語られたこと＞においては、照明するものとしての時間性が、存在するという動詞のうちで、『聞く眼』に対して反響している。だからこそ、人間は真理という存在であり、他のいかなるジャンルの存在にも属していないのだ。」(99～100頁)

　レヴィナスによれば、「語られたこと」は「不可思議な図式論」でしたが、時間や自同性を感受した意識が意味を持つに至るのはこの「語られたこと」としてでした。「語ること」は消え去っているので、いまや語られたことの彼方へと進まなければならず、語られたことにおける言語の動詞の働きを「聞く眼」を働かせていかなければならないのです。音が現在において響いているわけではなく、過去において響いた音が反響しているのですから耳で聞くわけには行かず眼で聞き遂げなければならないのです。

「けれども、厳密な相関関係で、＜語られたこと＞と結ばれた＜語ること＞の機能がいかなるものであれ、語ることができるという人間の機能は果たして存在に仕えるものであろうか。人間がロゴスと相関的な＜語ること＞でしかないなら、主体性の価値を存在の関数ないし独立変数とみなしたとしても、何ら変わりないことになろう。しかるに、＜語ること＞の意味は＜語られたこと＞の彼方に赴く。発語する主体を生ぜしめるのは存在論ではない。＜語ること＞の意味するところは、＜語られたこと＞のうちで集約された存在することの彼方に赴くのであって、それゆえ、＜語ること＞の意味することのほうが逆に、存在の曝露ないし存在論に正当な根拠を与えうるものなのだ。
なぜ、＜語ること＞は存在の曝露ないし存在論に正当な根拠を与えることができるのか。それは時間という推移が回収不能なもの、現在という同時性に逆らうもの、再現前化不能なもの、記憶不能なもの、歴史に先だつものでもあるからだ。覚知および再認という総合に先だって、老いという絶対的に受動的な『総合』は成就される。老いというこの総合によって、時間は自己を超えて過ぎ去ってゆく。」（100頁）

　ここでレヴィナスが、「発語する主体を生ぜしめるのは存在論ではない」というときハイデガーの存在論が念頭に置かれ、存在の開けが発語となるというハイデガーの考えを批判しようとしています。レヴィナスによれば、「語ること」の意味することの方が、存在の曝露や存在論に根拠を与えるというのです。というのも時間という推移が回収不能なものですから「語ること」が「語られたこと」に集約された存在することの彼方へと赴き、そうすることで存在の曝露に根拠を与えるのだというのです。

「存在論のうちでは忘れられていた数々の他なる意味の響きが、いまや、存在と存在の顕出の背後から聞こえてくる。『われらを探求せよ』、この響きはこう訴えている。」(101頁)

　ハイデガーは存在が忘却されていると言って存在とは何かという問いを立てたのですが、レヴィナスはこのような問いを立てたハイデガーが忘却してしまっているものをこのように取り出そうとしています。存在の開けというハイデガーの考えが忘れているもの、それこそが「語ること」の意味なのでしょう。

「陳述――『赤が赤になる』あるいは『AはAである』――は実在を二重化しているのではない。そうではなく、賓述においてはじめて、赤の存在することないし存在することとしての赤くなることが理解され聴取されるのだ。賓述においてはじめて、名詞化された形容詞は、存在することとして、厳密な意味での時間化として理解され聴取される。存在することは＜語られたこと＞のうちに単に翻訳されるのでも、＜語られたこと＞のうちに単に『表出』されるのでもない。＜語られたこと＞においてはじめて、存在することは存在することとして響く。ただし、存在することが存在者でもあるという両義性を、この響きは告げている。＜語られたこと＞の背後には、＜ロゴス＞の背後には、存在することも存在者もない。動詞としての＜語られたこと＞が、存在することを存在することたらしめるのだ。存在すること、それは主題、顕示、臆見、ロゴス、ひいては真理があるという事態そのものである。存在することは述定的言表のうちに単に翻訳されるのではなく、述定的言表にうちで時間化するのだ。」(104頁)

　「語ること」によって「語られたこと」が生じますが、この「語られたこと」のうちに存在することが存在することとして響く、と主張するレヴィナスは、存在の開けが言葉となり、言葉が存在の住処であるとするハイデガーの見解を退け、逆に「語られたこと」つまり言語の方が存在の住処であると考えています。このように考えると、存在は存在者でもあるという存在者の二重性という見地に到達していけます。存在の開けとして言葉があれば、言葉の背後には存在があることになりますが、レヴィナスは言葉の背後には何もないと言い切っています。というのも存在を存在することたらしめるものが、動詞という言葉だからです。動詞が存在することを時間化することで存在者の二重性を展開していくと見ているのでしょう。

６）レヴィナスの言語論

　存在者とは区別された存在を探求し、存在の開けが言葉になるとし、言葉を存在の住処と考えたハイデガーの言語思想に対してレヴィナスは存在者の二重性という考え方で批判を展開していきます。

「動詞は存在するという名詞であるだけではない。述定命題においては、動詞は、存在として理解され聴取された存在の響きそのものである。陳述においては、時間化が存在することとして響くのだ。
　このように名詞が存在者の自同性に必要不可欠なものであるとするならば、諸実体を同一化する名詞の体系として、それゆえ、諸存在者を二重化する記号体系として言語を捉えることができよう。ただし、ここに言う言語は＜語られたこと＞としての言語である。記号は、実詞によって、あるいは実詞から派生した言語の他の部分によって、諸実体を、諸々の出来事を、諸関係を指示する。記号は諸々の自同性を指示する。――要するに、記号は指示するものなのだ。けれども、言語を名詞ないし記号の体系とみなすことができたのとまったく同様に、言語を述定命題における動詞とみなすこともできる。述定命題においては、諸実体が存在様相、時間化の様相に解消されてしまうのだが、その場合、言語は諸存在者の存在を二重化することなく、存在することの沈黙せる響きを露わにするのである。」(105～6頁)

　レヴィナスは諸存在者を二重化する記号体系として言語を捉えようとしています。二重性とは名詞による諸実体の同一化という側面と、動詞による時間化による響きわたる存在という側面です。そしてこの二重性は動詞によって展開され、存在の響きがあらわにされると言うのです。ということになれば、存在者の二重性とは端的に言えば、展開されると存在と存在者との関係という形態をとるという事にならないのでしょうか。

「だが、＜語られたこと＞においては、存在することは、今にも名詞に転じかねない状態で響く。存在することが、名詞化された関係でもあるという両義性は、であるという繋辞のうちで輝く、あるいは点滅する。動詞としての＜語られたこと＞は存在することないし時間化である。より正確に言うなら、ロゴスは、存在と存在者との両義性のうちで結節する。この両義性をとおして、存在ならびに存在者は理解され聴取され同一化されうる。この両義性においては、名詞は動詞として響くことができ、一方、陳述の動詞のほうも名詞化することができるのだ。
　存在することは言説の連鎖として展開され、この展開は不透明性を一掃し、そうすることで、ありとあらゆるイメージの輝きを、ひいては直観の光そのものを確たるものたらしめる。諸存在の顕示ならびに存在することそれ自体の顕示も、存在することのこのような展開によって可能になる。時間的分裂の顕示――言い換えるなら、顕示の顕示、現象性の顕示――は、述定命題において言表された動詞なのである。
けれども、動詞の最たるものとして、存在することを響かせ露出せしめていた動詞『存在する』も、同一化の空間の中で、まさにロゴスの両義性によって名詞化され、諸々の自同性を指示し聖別する言葉と化し、時間を単なる連繋として集約する言葉と化す。存在するという動詞――共時化可能な隔時性、時間化の領野、言い換えるなら記憶と修史の領野――が構造と大同小異のものと化し、一個の存在者として主題化され、一個の存在者として現出するのである。」（110頁）

　「語られたこと」が、名詞として固定されると、存在者が現れ、動詞として時間化されると存在の響きが現出する、このようにして言語は存在者を二重化するのですが、ここで名詞も動詞も言葉としての同一性ですからお互いに転換しあいます。存在と存在者はお互いに転換しあう、このようにレヴィナスは考えているのでしょう。

「存在と存在者との混同を戒めていた基礎存在論それ自体、同一化された一個の存在者として存在を語っている。存在が存在者に転じるだけではない。存在者もまた存在に転じる。命名可能などんな自同性も動詞に転じうるものなのだ。
存在と存在者との両義性ゆえに生じる、このような二方面の変換はロゴスの両義性であり、＜語られたこと＞という位格をその源泉としている、と断定したとしても、存在と存在者の差異を統辞法のたわいもない戯れに帰すことにはならない。この場合、私たちは言語の前-存在論的な重みを測ろうとしているのであって、この重みをコードとしてのみ捉えようとしているのではない。存在することは曝露すると共に曝露されるという事態を、時間化は言表され、響き、語られるという事態を解釈しつつ、私たちは、＜語ること＞に対する優位を＜語られたこと＞に与えないように努めてもいる。そのためにはまず、＜語られたこと＞のうちで＜語ること＞を覚醒させなければならない。しかるに、＜語ること＞は＜語られたこと＞に吸収されてしまう。＜語られたこと＞に吸収されることで、＜語ること＞は＜語られたこと＞が押しつける歴史に組み込まれるのだ。」（112頁）

　このようなレヴィナスの言語論からすれば、ハイデガーの存在者とは区別された存在を問うという存在論も、結局は存在を一個の存在者として語ることになってしまっていることが判明します。ところでこのようなレヴィナスの言語論は、「語られたこと」からさらに「語ること」へと、「語られたこと」の手前へと、回収不能な時間を還元することへと進んで行きます。

７）「語られたこと」の「語ること」への還元

　「語られたこと」を還元して「語ること」を現出させること、これはどのようにしてなされるのでしょうか。

「次のことは明らかである。存在の手前を名ざしているはずの本論冒頭の数々の表現においてさえ、存在するという動詞あるいは存在するという動詞がすでに使用されていること。また、＜語られたこと＞と化すや否や、存在は現出し、姿を現すということ。存在の手前に存する＜語ること＞が記述され、説話およびエクリチュールのうちで息絶えるとき、あるいは、説話およびエクリチュールのうちで＜語ること＞が自己を放棄するとき、存在は現出し、姿を現わす。存在と現出が＜語られたこと＞のうちで結び合わされている場合、＜語られたこと＞の手前に存する＜語ること＞も、それが現出しうるものである以上、すでにして存在という用語で語られるということ、これは至極当然な事態である。だが、存在の手前としての＜語ること＞が主題化されるということ、これは不可避的な事態だろうか。そもそも、こんなことが可能なのだろうか。」（113～4頁）

　「語られたこと」の手前にある「語ること」を主題化するということについての問題をこのように整理した上で、レヴィナスは還元の作業に着手しています。

「これは不可避な事態である。たしかに、他者に対する責任は、どんな＜語られたこと＞にも先だつ＜語ること＞にほかならない。他者に対する責任という驚くべき＜語ること＞は、存在することの中断であり、善き暴力によって課せられる、内存在性の我執からの超脱である。他者に対する責任というこの驚くべき＜語ること＞は、根拠はないが避けることのできない身代わりの無償性であり、光に先だつ倫理の奇跡である。にもかかわらず、＜語ること＞を悩ませる数々の問いの深刻さそのものによって、この驚くべき＜語ること＞も光と化さざるをえない。＜語ること＞は存在することとして展覧され集約され措定されねばならない。＜語ること＞は実詞化され、意識ならびに知のなかでエオン〔存在するもの〕と化す。＜語ること＞は見られ、存在の支配をこうむる。たしかに、存在が＜語ること＞に及ぼすこの支配は、＜倫理＞それ自体が、責任というその＜語ること＞をつうじて要請した支配である。とはいえ、このようにして生じた光が、存在することの彼方を、存在することとして凝固させないためには、実詞化されたエオンが偶像として定置されることを阻止するためには、＜語ること＞が哲学に訴えることもまた必要である。＜語ること＞の存在が及ぼす支配を緩和することによって、哲学は、存在することとして示され語られた＜語ること＞の驚くべき冒険を、知解可能なものたらしめる。哲学の努力ならびに自然に反した哲学の立場は、手前を示しつつ、＜語られたこと＞および顕出において勝利したエオンをただちに還元することであり、このような還元をなしつつも、還元された＜語られたこと＞の谺を、両義性ないし隔時的表出として維持することである。＜語ること＞は＜語られたこと＞の肯定であると共に＜語られたこと＞の撤回でもあるのだ。還元は括弧入れによってなされるものではありえない。むしろ逆に、括弧のほうがエクリチュールの所産であり、還元は、存在することを倫理的に中断するエネルギーによってつちかわれているのだ。
　一切の顕出が存在することを露わにするものである限り、存在するとは別の仕方でを露わにすること――それも、依然として存在論的な＜語られたこと＞をもたらすことになろう。」（114～5頁）

　ここでレヴィナスが『全体性と無限』で、対話関係を想定し、対話については対等の関係ではなく、対話者が他者によって召喚され、他者への責任を負うというように考えていたことを想起しましょう。そうすると「語られたこと」を還元して「語ること」に行き着くときに、この対話における他者への責任という問題に帰着します。ここで述べられている他者に対する責任や身代わりについてはレヴィナスの倫理思想として言語論とは区別されたものです。それゆえここでは立ち入らないことにしましょう。

「存在によって集中される力がどれほどのものであろうとも、存在という統合のうちで共時化される力がどれほどのものであろうとも、このような動揺の隔時性が、存在によって、永遠として凝固することはありえない。主体的なものの＜善＞が、存在論を起点として了解されることはありえない。逆に、＜語ること＞の主体性を起点とすることで、＜語られたこと＞の意味のほうが解釈されうるのだ。＜語ること＞ないし責任が正義を要請しない限り、＜語られたこと＞および存在についての問いは存在しえないということ、この点を証明することがやがて可能になろう。」（118頁）

　こうしてレヴィナスは言語の働きの分析から「語ること」の主体性へと議論を進めていきます。この領域で言語論と関連しているものは、レヴィナス特有の意味論があります。次にこの意味論を見ることでレヴィナスの言語論の締めくくりとしましょう。

８）「語ること」と主体性

　レヴィナスの意味論は「語られたこと」のうちで言葉が持つ意味ではなく、「語ること」の主体にとっての意味です。ですからこれは対話の関係での主体にとっての意味という問題に他なりません。「＜語られたこと＞における存在と存在者との両義性から、＜語ること＞にまで遡らなければならない。存在することに先立って、同一化に先立って――存在と存在者との両義性の手前で――、＜語ること＞は意味する。＜語ること＞は＜語られたこと＞を主題化する。しかし、＜語ること＞は他人に宛てて、隣人に宛てて＜語られたこと＞を意味づける。＜語ること＞のこの意味は、＜語られたこと＞のなかで言葉が担う意味と混同されてはならない。近さのうちで他人に対して意味すること。近さはほかのどんな関係とも際立った対比をなしており、そうした近さが思考可能となるのは、それが他人に対する責任である限りにおいてなのだが、かかる近さを、人間性、もしくは自己と呼称することができよう。存在ならびに存在者は＜語ること＞によって生起し、＜語ること＞によって重くのしかかる。他人に対する責任以上に深刻なもの、それ以上に尊いものは何もない。＜語ること＞は戯れのまったき不在であり、自分自身の存否以上に重大な深刻さをおびている

。

　＜語られたこと＞に至るに先だって、まさにこのような＜語ること＞に至り、＜語られたこと＞を＜語ること＞に還元しなければならない。まず、『先立つ』という事態の意味を定めなければならない。＜語られたこと＞を意味するに先だって、＜語ること＞は何を意味するのか。現象学とは言い換えるなら＜語られたこと＞の主題化であるが、このような現象学に帰されることのない筋立ての結び目を示そうとする試みは果たして可能だろうか。」（119～20頁）

　レヴィナスは「語ること」で「語られたこと」が生み出され、これが言語ですから存在者を二重化するのですが、「語ること」にあってはまだ存在は存在せず、存在の手前で語るのだと見ています。このときの意味は当然にも言葉の意味ではないということになります。そしてこの新しい意味について考察する際にレヴィナスは対話の関係における主体の解明から始めるのです。他人に宛てて語るときにあるものは、他人との近さであるとレヴィナスは主張しています。この近さについての考察がレヴィナスの倫理思想の根本内容になってきます。したがってこれについては別途論じなければなりません。ここでは意味と主体性についての概略を追うにとどめておきましょう。

「＜語ること＞における存在論の手前さえ、存在することの現われのうちに露出し、存在することの時間化のうちに流れ込んでゆく。また、＜語ること＞のこのような主題化によって、意識の諸特徴が＜語ること＞のうちにはっきり姿を現わすということは言うまでもない。＜語ること＞と＜語られたこと＞との相関関係においては、＜語られたこと＞は志向的能作のノエマとして理解され、言語は狭隘化して思考と化す。言語の狭隘化によって生起したにもかかわらず、この思考は発語の条件と化し、主体に担われた能作として、命題のうちに定位された『主格の』存在者として、＜語られたこと＞のうちに現出する。相関関係を結んでいる限り、＜語ること＞と＜語られたこと＞は主体―客体の構造を描くのだ。」（121頁）

　ここでレヴィナスは、対話の関係ではなく、「語ること」と「語られたこと」との相関関係を考察しています。そしてこの場合には主体は主格として、主体―客体の構造を描くと見ています。問題はそこにはなく対話の関係だとすれば、別の視点が必要になります。

「＜語ること＞のうちで確実に成就される隣人との関係はこの隣人に対する責任であり、語ること、それは他者に対して責任を負うことである。」（123頁）

　近さ、隣人に対する責任、このような倫理的問題についてはさておいて、このような視角から見えてくる主体性とはどのようなものでしょうか。

「いま述べたような受動性を正当なものたらしめるのは、『それが話す』あるいは『言語が話す』の発見ではない。至上の受動性を正当化するためには、接近としての＜語ること＞のうちに存する。主体の脱措定ないし脱定立を示さなければならない。とはいえ、このように脱定立されつつも、主体は代替不能な唯一性でありつづける。そしてこの唯一性が主体の主体性なのだ。受容性のうちに、主体の受動性の最良の原型をみる哲学者たちもいるが、私たちの言う受動性はどんな受容性よりも受動的な受動性なのである。」（124頁）

　レヴィナスのキーワードは、近さのほかに受動性があります。この受動性が他者に対する責任の根拠なのです。しかし受動性といっても、パースのように言語が話すといったことや、主体の受容性といったことではなく、主体の脱措定であり、なおかつ脱措定された上でもなおかつ保存される主体の唯一性に主体の主体性を求めているのです。

「＜語ること＞の主体は記号ないし徴しを与えるのではない。そうではなく、＜語ること＞の主体はみずから徴しと化し、他人への忠誠のうちに消え去るのだ。」（127頁）

　他者への責任を受動性によって引き受けた主体は、主体性としては、記号（言葉）を与えるのではなく、自らが言葉となって消え去る、ということはどのようなことなのでしょう。

「複合性なき一者に逢着する解離。それが語ることにおける受動性であり意味することなのだ。語ることにおける受動性ないし意味すること、それは皮膚を貫く剥奪であり、この剥奪は致命傷に、さらには死にさえもさらされる剥奪である。可傷性として存在すること、それが語ることにおける受動性ないし意味することなのだ。」（128頁）

　レヴィナスの言う新しい意味は「語ること」の意味であり、対話の際に主体が脱措定されて他者に対する責任を負うことが持つ意味ということでした。だから語る主体は他人の身代わりとなって主体としては消えていくのでした。

９）中間まとめ

　『外の主体』の解読から始めたレヴィナス論ですが、やっと『全体性と無限』および『存在の彼方へ』の言語論についての整理にたどり着きました。でもまだ二つの主著のトータルなイメージについては描き出せていません。しかしぜんぜん理解できなかった二つの著書についても何とか攻略の手がかりを得たように思います。3月の座談会までにはトータルなイメージについて解読するつもりです。

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Author: admin Published: 2007/5/24 Read 4937 times

レヴィナスの言語論（下）

第三章 レヴィナスの『存在の彼方へ』における言語論

１）存在の営みとしての時間的経過