はじめに
第1章　知覚環境の諸相について
　1）動物と環境の相互関係　2）媒質、物質、面　3）面の生態学的法則　4）生活体にとって意味のある環境
第2章　視知覚に関する情報について
　1）放射光と包囲光　2）刺激作用と刺激情報との関係　3）刺激の概念の再考　4）網膜像の伝統的理論　5）包囲光配列の特徴
第3章　事象と事象を知覚するための情報
　1）生態学的事象の分類　2）何を事象と考えるか　3）事象の知覚　4）自己－知覚に関する光学的情報　5）アフォーダンスの理論

はじめに

　1月11日のPC講座で、ギブソンの『生態学的視覚論』（サイエンス社）の紹介をおこなったが、とりあえず、ギブソンについての感想文のようなものを書いてみよう。

　ギブソンの本を読み始めて最初の感想は、子供の頃よく読んだ科学の本の類に再会した、というものだった。中学の頃、図書委員をしていて、中学の図書館にあった科学についての本を片っ端から読んでいたが、その時の感覚が甦ってきたのだ。もっとも、まだ論理学的な思考が出来なかったせいか、『昆虫記』は部分的にしか読めなかったし、『種の起源』も難しくて読めなかった。科学の本は大抵、それまでの通説をとりあげて、それが役に立たなくなっていることを示し、次いで、新しい説を提起してそれを実証する、というように組み立てられている。ギブソンの本も、ニュートンの時間、空間概念や、物理学的な運動論が、生態学の見地からは役に立たないことを示し、生態学的力学や、生態学的光学を提起している点で同じパターンを踏んでいるのだ。
　次にギブソンの新しい提起は、非常にわかりやすく、また、納得もできるのだが、何故そうなのか、という根拠が十分に示されていない、と感じた。個々の説明について、全くその通りだと思いつつも、何故そうなのか、という点になると何かが欠落していて、一寸不安になってくる。
　第三に、上記の点と関連すると思われるが、ギブソンはプラグマティズムの立場に立っていて、だから、ニュートンの力学は視覚という生態学的な問題を考慮する場合には役に立たない、といって、新しく生態学的光学を提起しているのだが、この役に立たない理由もあまりにも簡単で、十分考慮されていない、ということだ。逆にみれば、ギブソンの生態学的光学は、視覚についての研究に役立てばよい、ということで、プラグマティズムの立場に災いされて、それの成立根拠について究明することに意義をみいだしていない、ということになっているようだ。
　こんな感想をもったことで、とりあえず、ギブソンのプラグマティックな考え方についての異論をまとめてみようという気持ちになっている。というのも、生態学的光学や生態学的力学は結局は集合論などの数学的処理が問われてきて、私自身の手に負えないし、でもギブソンの提起はあまりにも重要なので、そのプラグマティズム的偏向から救い出してみたいのだ。なお、ギブソンのアフォーダンスを始めとする基本的な問題提起は、佐々木正人『アフォーダンス――新しい認知の理論』（岩波書店）にコンパクトにまとめられているので、この知識を前提に論じることにする。

第1章　知覚環境の諸相について

1）動物と環境の相互関係

　ギブソンの本は4部から成っている。I．知覚環境の諸相、II．視知覚に関する情報、III．視知覚、IV．画像による表現、がそれだ。ギブソンの本のテーマは、「我々がいかに見るのか」（3頁）ということであり、また「なぜ、物がそのように見えるのか」（3頁）ということだから、まずIで環境について生態学の水準での解明がなされ、次にIIで知覚に役立つ情報としての光について究明され、そしてIIIで知覚過程について述べられている。IVは補足的な部分なので、今回はとりあげないでおこう。
　さて、ギブソンによれば、環境とは知覚し、行動する生活体としての「動物の周囲の世界」（7頁）のことであり、植物は感覚器官や筋組織をもたないので、無機物と同じように扱われる。だから、ギブソンにとっての問題は、単なる環境の諸相ではなくて、動物と環境の相互関係の諸相なのだ。この点について、ギブソンは冒頭で「『動物』と『環境』という二つの語は互いに切り離すことの出来ない対となっているということが看過されがちなので、両者の相互関係について改めて考えてみることは意味がある。それぞれの語は暗に一方の語を含んでいる。動物は自分を取り巻く環境なくしてとうてい存在しえない」（8頁）と述べている。
　ところでこのように考えると、物理学的環境の概念の吟味が必要となる。

「動物と環境の相互関係は物理学やいわゆる自然科学によって説明される類のものではない。空間や時間、物質、エネルギーなどの基本的概念は当然のことながら、生活体――環境の概念、あるいは種とその生息環境の概念に導くものではない。その代わり、物理学的概念はおそらく、動物を物理的世界の中で極端に複雑なものとして考えられることになるであろう。動物は物理的世界の中の高度に組織化された部分として考えられても、それはなお一部分であり、一つの物に過ぎない。こうした考え方は、動物という対象が特殊な仕方で囲まれているということ、すなわち、ある環境が生き物を取り囲んでいる仕方は、一群の物体がある物理的な物体を取り巻いている場合とは異なっているという事実を無視している。したがって、物理的環境という用語は、我々を混乱させることになり、本書ではこの用語を用いることを出来るだけ避けることにする。
　「動物はすべて多少とも知覚者であり、行動者である。古風な用語を使うと、動物は知覚する力があり、自発的に動くものである。そして、環境の知覚者であり、環境内の行動者である。しかし、物理学の世界を知覚するわけでもないし、物理学の時間と空間の中で行動するのではない。」（8頁）

　ここでギブソンは、いわゆる物理学的世界観にもとづく環境世界についての解釈が当を得ないものであることについて述べている。環境世界についての解釈は、物理学で定義されている時間や空間や運動の概念によってはなしえない、というのだが、その説明の仕方がすこし強引だ。
　もともと物理学は、世界の事物を質量に還元し、量の相互関係を運動へと抽象し、抽象的な状態におけるその運動法則を解明したものだ。だからそれは、現実を量と運動という面から見る限りで妥当するものであり、それ以外の要素を持ち込むと理論的な処理が不可能となる。そうであるなら、物理学がギブソンの念頭においている生態学的環境の解釈に役立たないのは当たり前だ。
　例えば、ギブソンとは逆に、物理学的世界という一つの抽象世界から上向していって、生態学的環境に到る途をたどることはできないのだろうか。抽象的な時間、空間が仮定され、そこでの事物は全て質点へと還元され、それらの運動が記述される、という物理的世界から、生きものと環境との相互関係という生態学的環境世界へと上向すると、時間は生命の流れとなり、空間は万物で満たされ、運動は、生命活動や動物の活動といったものを含んだ多様なものとなる、というように。
　とまれ、ギブソンの言う環境とは、ミリメートルからメートルの範囲に含まれ、土の粒子から小石、岩、草の葉など全ての事象が環境の構成単位で、これらは入れ子状態になって全体の環境を構成している。そして、環境の文字通りの基礎は地面で、これは平らになろうとする傾向をもっている。問題は地表面における事象の変化であり、過程、変化、継起を知ることだ。その際に地上の環境の形態としてある配置の不変性と変化、あるいは変化のもとでの不変性（持続性）に注目することが必要だ。

「かなりの部分が固定しており、一部は柔軟であり、また大部分は不動で、部分的に動くことのできる環境、換言すれば、多くの面では不変だが、他の面は変化する世界、とはいっても一方の極が完全に固定し、他方の極が混沌としたというものではない、このような現実の環境世界こそ我々の研究にとって重要な事実なのである。」（15頁）

　ギブソンは、環境世界の現実をこのように述べているが、しかし、よく考えてみれば、これも一つの抽象像である。もちろん、抽象像だからダメだと言っているのではなく、ギブソンがどのような視点から現実を抽象しているかを知ることが大切だ。この問題についてはあとで触れるとして、次に、ギブソンの運動についての考えを紹介しておこう。

「環境内の物の運動は空間の物体運動とは異なった種類のものである。……事実、環境の運動はアイザック・ニュートンによって研究された運動とは程遠いので、それは単体の位置の変化よりむしろ構造の変化として、点の場所の変化より形の変化として、あるいはその言葉の一般的意味における運動というよりむしろ配置の変化と考えた方が適している。」（15頁）

　ギブソンのこのようなニュートン力学の評価の仕方にも引っかかる。ニュートンは環境世界を抽象して力学的世界に到達したのであって、たしかに環境世界とは別の世界だと言えないこともないが、しかし、それは抽象化された環境世界であり、ニュートンの法則はギブソンが念頭においている環境の運動をも支配している。もちろんニュートンの力学で、環境世界の運動の具体的な枠組を記述できないことは明らかである。しかし、ギブソンのように、もし引力や重力が「環境の運動」に程遠い、というなら、環境世界そのものの成り立ちを否定してしまうことになるだろう。もちろん、ギブソンが言いたいことはよくわかるのだか。

2）媒質、物質、面

　ギブソンは生態的光学の見地からみた環境を、動物と環境との相互関係と捉えたうえで、次に、環境を構成する基本的要素として、媒質、物質、面の三つを上げている。

「古典的物理学によれば、世界は空間内の諸物体から成っている。したがってややもすれば、我々は空間内の諸物体から成る物理的世界に住み、我々が知覚するものは空間内の対象から成る、という仮定に誘われる。しかし、この仮定は非常に疑わしい。地上環境は媒質と物質、および両者を分かつ面によって適切に記述される。」（17頁）

　ここで古典物理学による環境世界の抽象とは別の、ギブソンによる環境世界の抽象について述べておく必要があろう。先にみた動物と環境の相互作用では、ギブソンは、動物はどのようにして知覚するか、というテーマから問題に接近しようとしていたが、ここでは、視覚がどのように働くか、ということとして捉えられていることが明らかになってくる。
　視覚、つまりものを見る、という見地から、人間と環境世界との関係を考えると、それは、光の関係だ、ということになる。つまり、ギブソンの生態学的光学とは、世界を見る人間を、世界と人間との光の関係と捉えて、環境世界と人間との関係を光の関係に抽象化し、光に還元したものなのだ。
　だから、古典物理学が環境世界を質量に還元したのと同じように、ギブソンは環境世界を光に還元する。そうすると、地上環境は、媒質（光を通すもの、空気、水）と物質（といっても物理的、化学的な意味ではなく、事象とか対象といった意味）と面（光を反射する）が環境の三大要素になるのは非常に解り易い。
　逆に言えば、環境世界を動物との間の光関係に抽象することで、地上環境が媒質と物質と面とから成る、ということの正当性が出てくるので、この光関係の外では、環境世界はまた別の様相をもっている。
　空間の中に諸物体があり、そこにわれわれが住んでいて、われわれが知覚するものは空間内の対象から成る、といった考え方をギブソンは誤りとして退けている。これはある種の認識論だが、このような考え方が古典物理学に根をもつものであるというのは、ギブソンの独断のように思われる。この種の認識論は、科学技術の発達による人工機械の世界が環境世界の中に、とくに人間が住んでいる領域に侵入し、拡がっていったことを土台にしているのではなかろうか。
　というのも、人工的世界はそれ自体自然ではあるが、しかしそこには空間内に人間がつくった諸物体があり、そして、それらの空間内の対象をわれわれが認識して利用する、というような仕組みになっていて、これがギブソンが否定している認識論を生み出しているのだ。
　さて、ギブソンが環境世界を光に還元したと考えると、彼の独自の媒質概念と物質の面への注目が理解し易くなる。この二つの問題についてのギブソンの説を簡単に紹介しておこう。
　ギブソンはまず、地上の存在が大地、水、空気（個体、液体、気体）から成ることを上げ、次にそれぞれの界面が一つの面を形成していることに注目している。湖底の地層と水、水と空気、空気と大地、このうち、陸上動物にとって最後の地面が最も重要である。
　次に気体や液体は、固体がその中を動くことが出来、また光を伝達するという意味で媒質となっている。そして、光については、放射光よりも照明による包囲光を重視している。ギブソンは陸上の包囲光について次のように述べている。

「陸上の媒質（大気）はそこで光が伝達されるばかりでなく、四方に反射される領域である。すなわち、非常な速さでいろいろな面の間をあちこちとはね返り、そして一定の安定状態に達する。光は環境内の物質によってその一部が吸収されるので、絶えず光源から補われなければならない。しかし四方に反射、拡散している光束は照明と呼ばれている状態をもたらす。照明は、媒質内のどの点をとってみてもそこには包囲光があり、したがってあらゆる方向からその点に集まる光があるという意味で、媒質を『満たして』いる。後に明らかにされるように、包囲光は放射光と混同されてはならない。」（17～8頁）

　包囲光は、大気という媒質のなかで光が一定の安定状態にあるときの環境世界のどの点をも包囲している光のことであり、当然、動物や人間の眼をも包囲している。この包囲光は、環境内の各点で異なるので、大気を光に満ちた媒質と捉えることで、物理学や光学などの科学によっては明らかにされえない高次の事実が明らかになると、ギブソンは考えている。

「私がいわんとする媒質の概念を理解するならば、知覚や行動についての全く新しい考え方に達するであろう。動物が動きまわることのできる（それはまた対象も動かすことができる）環境は同時に環境内のある源からくる光や音、匂いによって満たすことができる。媒質のいずれの点も、そこは見、聞き、嗅ぐことのできる観察者にとって可能な観察点である。そしてこれらの観察点は起こり得る移動の軌跡によって相互に連続的に結ばれている。したがって、幾何学的点や線の代わりに、我々は観察点と移動の線をもつ。観察者が点から点へと動くにしたがって、感覚情報、そして聴覚情報、化学的情報などが次々に変化する。この点で媒質内の可能な各観察点それぞれは二つとない点である。したがって媒質の概念は、空間の各点は固有なものではなく、相互に等価であるとする空間の概念と同じではない。」（18頁）

　ギブソンが、動物と環境との相互関係というとき、結局はこの媒質の概念が重要だ。媒質を満たしている酸素や、包囲光や、振動や、拡散していく発散物を動物は探知するのだか、それらは動物が移動していくについて、情報はどんどん変化していく。だから「我々が知覚するものは空間内の対象から成る」といった認識論が正しければ、そのような認識しか出来ない人間は恐らく生きていけないだろう。知覚や行動はこのような認識論とは別の原理にもとづいているのではないか、ということで、ギブソンはアフォーダンスの概念を提起している。

「環境媒質の特性は呼吸を可能にし、運動することができ、見ることができるように照明で満たすことができ、また振動や拡散する発散物を検知することを可能にしている。さらにそれは物質であり、上・下という絶対的関係軸を有する。こうした自然が提供するもの、またこれらの可能性ないしは機会のすべて、私はそれをアフォーダンスと名づけたいと思うが、それは不変的なものである。これらの諸特性は動物の進化の歴史を通して全く変わることなく保たれている。」（19~20頁）

　ギブソンは、環境が動物に提供するものをアフォーダンスと名づけている。これは不変的なもので、動物が利用するかどうかには関係ないものとされ、動物は知覚によってこれを検知するのだ。

3）面の生態学的法則

　大気や水を媒質と捉え、それが包囲光に満たされたものだと考えると、環境はそこにある物質よりも、それらがもっている面が重要なものとなる。

「媒質は面によって環境物質から分離されている。物質が持続する限り、その面も持続する。すべての面は私が意味するところのある一定の配置を有し、その配置もまた持続する傾向がある。配置の持続性は面の変化に対する抵抗力に依存する。もし物質が気体に変化すると、その物質はもはや存在しなくなり、面もその配置とともになくなってしまう。このような言説は環境を記述する新しい方法である。」（23～4頁）

　物質を面で捉える捉え方は、面の配置が包囲光の配置を決めることに基づいているが、他にもいくつかの重要な事柄がある。ギブソンは物資を面で捉えることの重要性について次のように述べている。

「媒質、物質、と面の三つの組の中でどうして面がそれほど重要なのか、面は活動のほとんどがそこで行われている場所である。面は光が反射し、吸収される所であって、物質の内部はそうではない。面は動物に触れるものであり、内部は触れられない。面は化学反応が主として生ずる場所である。面は物質が蒸発し、または媒質に拡散する場所である。そしてまた面は物質の振動が媒質に伝達される場所である。」（25頁）

　このギブソンの提起は、十分に納得できるものである。ギブソンはこの考えにもとづいて、面の生態学的法則そいして、9つの定式を与えているので、それを紹介しよう。

「1．存続するすべての物質は面をもち、また、すべての面は配置を有する。
　2．いかなる面も、物質の粘性に依存して、変形に対する抵抗を有する。
　3．いかなる面も、物質の凝集性に依存して、崩壊（分解）に対する抵抗を有する。
　4．いかなる面も、物質の構成要素に依存して、特有の肌理（きめ）をもつ、肌理には一般に配置の肌理と色素状の肌理がある。
　5．いかなる面も、特有の形、または大きさの規模の配置を有する。
　6．面はおそらく光の中または陰で、強弱はあっても照明されている。
　7．照明されている面は投射される照明を多少とも吸収し得る。
　8．面は、物質に依存して、特定の反射率をもつ。
　9．面は、物質に依存して、波長の異なる光の比反射率において特定の分布を有する。
この特性は、分布の差は異なる色を生ぜしめるという意味で、私が面の色とよんでいるものである。」（25頁）

　それぞれの定式について、ギブソンは解説しているが、それについてはふれないでおき、あと物質面の性質として上げられている7つの様態を項目だけ示しておこう。
　1．発光する面は、照明されている面と区別される。
　2．強く照明されている面と弱い照明下の面がある。
　3．容量のある面と、シートやフィルムの面は区別される。
　4．不透明な面と反透明な面。
　5．滑らかな面と粗い面、そして光沢あるものとないもの。
　6．等質な面と種々なものが凝集した面。
　7．堅い、中程度、柔らかい面。

4）生活体にとって意味のある環境

　環境について、これまで述べてきたことにもとづいて、ギブソンは、次に環境の意味について考察している。

「物理的実在の世界は意味のある事物から成り立っているものではないが、生態学的実在の世界は、私が述べようとしているように、深い意味をもつ事物から成っている。我々が知覚したものが物理学や数学の存在であったとすれば、意味はこれらの学問領域に付与されねばならないであろう。しかし、知覚するものが環境科学の存在であるならば、その意味は新たに見出され得るものである。」（35頁）

　ギブソンの言う「意味」とは、動物にとっての意味であるが、これは主観的なものでなく、環境世界にもともと備わっていて、動物はこれを知覚によって見出すものとされている。このように考えると、幾何学で扱われていた平面や空間の概念に代わる新たな面の幾何学が必要になる。

「まず初めに、生活環境の配置と私がいっているものを記述する際に使用される用語と幾何学で用いられている用語の違いを考察しよう。面と媒質は生態学的用語であり、平面と空間はほとんど同じ意味をもつ幾何学の用語であるが、両者の違いに注意しなければならない。平面は色をもたないが面には色がある。平面は透明で、抽象的なものであるが、面は一般的に不透明で、実体のあるものである。2つの平面の交叉による線は、2つの平らな面が接合してできる縁や隅と同じではない。私は生態学的用語を明確に定義しようと思う。以下に述べる用語法は、面の配置の理論、いうなれば知覚と行動の研究にふさわしい一種の応用幾何学の初めての試みである。」（35頁）

　ギブソンは従来の抽象的幾何学に代わる面の幾何学を構成する基本的な用語の定義を行っているが、ここではそれらの用語だけを上げておこう。
　地面、開けた環境、囲い、遊離対象、付着対象、部分的囲い、中空の対象、場所、シート、割れ目、棒、繊維、二面角、切断縁、境界、湾曲した凸面体、湾曲した凹面体、等々。
　ギブソンが上げた面の幾何学のこれらの用語を見ただけでも、これらが意味にあふれている事がわかる。とりあえず、環境は動物に何を与えるか、というテーマでギブソンが、これらの用語について説明しているところから、地面がアフォードするいくつかの例を示しておこう。
　環境は限られた空地でのみ移動をアフォードする。
　路は移動を妨害する地形の特徴の間を、場所から場所へと歩行移動することをアフォードする。
　移動を妨害するものは、障害物、一般の妨害物、水際、崖ぶち等である。
　踏み段は下りていける場所で崖ぶちとは区別される。
　斜面は地形の特徴の一つであり、平坦な地面との角度およびその肌理によって、歩行移動をアフォードしたり、しなかったりする。
　だいたいこんな感じで、ギブソンは、面が動物に与える意味について次々と上げていっている。そのうえで、一観察者の環境とすべての観察者の環境が同一のものかどうか、という問題について考察している。
　その際ギブソンは、各観察者の環境は、唯一のものである、という考え方を反駁することによって自説を展開している。この唯一のものとする考え方は、観察者が静止していると仮定した上のもので、現実には、動物や人間は常に移動している。だから、動物は同時に同じ場所に居ることはできないが、どの個体もあらゆる場所に立つことができるわけだから、「生息地が持続する実体的な配置を有する限り、そこに生息している動物はすべて、等しくその場所を探索する機会をもっている。この意味で、環境は、一観察者を囲むと同じように、すべての観察者を取り囲んでいる」（46頁）とギブソンは述べている。
　動物の知覚と行動という見地から環境についての科学を打ち立てようとするギブソンは、環境を個体を取り囲んでいるものと考え、それがすべての観察者を取り囲んでいることを示すことで、環境がもつ意味を動物が知覚し行動するという考え方の正当性を示そうとしている。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 19530 times