はじめに――解題にかえて
第1章　ヘーゲルの切り拓いた地平
　1）懐疑論の批判　2）現象する知、意識の形態　3）独自の意識論　4）外的対象は意識の契機　5）意識の経験　6）新しい真の対象
第2章　感覚的確信の弁証法
　1）唯物論から出発　2）観念論への転回　3）意識の運動
第3章　意識の弁証法の転倒性
　1）ソシュールを手がかりに　2）意識の両極の実在性　3）意識の弁証法の成立根拠
第4章　本質論の転倒
　1）論理学有論の概要　2）本質論への移行　3）同一性　4）区別と矛盾
第5章　概念の弁証法
　1）概念論の概要　2）意識の外の対象がもつ仮象
第6章　概念論の転倒
　1）普遍的概念　2）特殊性と個別性　3）概念論の批判

第2章　感覚的確信の弁証法

1）唯物論から出発

　ヘーゲルによれば、感覚的確信とは最初にあらわれる知の現象形態であり、それは直接的な知、あるいは存在するものの知だとされている。この感覚的確信は具体的でかつ最も豊かな認識であるかのように思われるが、実際には最も抽象的で最も貧しい真理であることをこの現象形態自身が示している。つまり、その真理は事物の有しか含んでいない。

「事物が有るから有る。事物が有るというこのことは、感覚知にとり本質的なことである。この純粋有もしくはこの単純な直接態が真理なのである。同じように、この確信は、関係としても、直接的な（無媒介の）純粋な関係である。意識は自我であって、それ以上の何ものでもなく、純粋にこのひとである。個別的なひとが純粋のこのもの、つまり個別的なものを知るのである。」（80頁）

　ヘーゲルは感覚的確信について、つまり存在するものの知という事態について、意識の現象形態として捉えていくが、その際に、自我と対象との関係として意識を規定し、そしてこの意識が感覚的確信のレベルにある形態について、このように述べている。事物がある、ということは、個別的なひとが個別的なものを知る、ということなのだと。そしてこの形態の内容について次のように解明している。

「この確信においては、一方は単純な直接的存在者として、つまり実在として、対象として、措定されているが、他方は、その場合、それ自体で有るのではなく、もう一方によって有るような、非本質的なもの、媒介されたものとして措定されており、自我、知であって、これは対象を、対象が在るからこそ知っているが、自らは有りもしなければ、有ることもできない。だが対象、真理、実在は現に有る。対象は、知られているかいないに関係なく、現に有る。対象は、知られなくとも、そのままでいる。だが知は、対象がなければ存在しない。」（80～1頁）

　ここでヘーゲルは非常に唯物論的なことを語っている。対象は知られなくとも存在しており、他方、対象についての知は、対象がなければ存在しない。
　このように語ったヘーゲルは、しかし感覚的確信の吟味、つまり感覚的確信の弁証法を展開する際にはこの立場から移行していく。というのも、対象が感覚的確信自身によってそうだとされているものと一致しているかどうかを考察するにあたって、「対象について、それが真に在る通りを反省し、追考すべきではなく、感覚的確信が自分でもっている通りの対象を考察するだけにしておくべきである」（87頁）と述べているからである。このようにすることでヘーゲルは対象そのものではなく、対象についての知を考察することを対象の考察とすりかえているのである。

2）観念論への転回

　ヘーゲルによれば、感覚的確信のうちにある対象とは「このもの」であり「ここ」と「いま」であるという。そして言語のもつ特性に注意を促している。つまり感覚的なものも「ここ」とか「いま」とかいった言語で言い表す他はないのだから、感覚的確信としての思い込みとは別に一般的なことをも語っていることになるのだと。

「われわれの見るところでは、言葉の方が思い込みより一層真なるものである。言葉のなかでわれわれは自ら直接、われわれの思い込みにそむく。そして一般的なものが感覚的確信の真理であり、言葉はこの真理を言い表すだけであるから、われわれが思い込んでいるような感覚的存在を言い表しうるなどということは、到底ありえない。」（82頁）

　ヘーゲルの言いたいことは、こういうことだ。例えば「ここに木がある」と感性によって感じた人が自らの感覚的確信を言い表したとしよう。そのとき、言い表されていることは「ここ」に「木」が「ある」という一般的なことであり、そこでは確信によって思い込まれている例えば木の具体的イメージなどは何ら言い表されていない。感覚的確信にもとづいて言い表されたこの「ここに木がある」という意識の形態に注目すれば、それは思い込みと一般的なものとの二重物となっていて、この形態を第三者から見れば、一般的なものの方が真になってしまう。
　そこでヘーゲルはあくまでも感覚的確信にこだわり、それをいだいている人の立場から考えてみる。第三者から見れば一般的なものの方が真になってしまうが、この一般的に言い表されたものとは、もともとの対象のことであった。「知は対象がなければ存在しない」と考えられていたのである。ところが感覚的確信が対象を捉えてこれを意識の形態へと表出すると、対象は一般的なものとして表現されてしまう。感覚的確信は一般的なものの反対であるから今度はひっくり返って前には非本質的なものとされた方へと向かう。

「感覚的確信の真理は、私の（思い込みの）対象としての対象のなかに、つまり思い込みのなかに在る。対象は、私がこれを知るから、有る。こうして感覚的確信は、なるほど対象から追い払われてはいるが、そのために廃棄されたわけではなく、自我のなかに押しもどされただけである。」（83頁）

　感覚的確信の第一歩は唯物論だったが、それを言い表すと、対象自体が一般的なものとして表現されてしまい、その結果確信は私の思い込みの方に残され、「私がこれを知るから、有る」という自我の方へと移転する。ところがこの自我も「ここ」や「いま」と同じく一般的なものである。

「こうして感覚的確信は、自らの本質が対象のなかにも自我のなかにもないことを経験し、直接態なるものが、対象の直接態でも自我の直接態でもないことを経験する。」（84頁）

　これがヘーゲルの落としどころであり、ここから次に感覚的確信が「示される」という別の問題に移っている。そこで詳しくは後で述べるが、これまでのところでヘーゲルがなした事柄は言語によって示される概念が発話者の主観的、具体的意味と一般的観念との二重物であるという事実を利用して、感覚的確信という意識形態を外から分析したことの帰結だった。でもそうするなら、言語で表現される概念が何故二重物となるか、ということについて、言語に則して明らかにすることが問われてくると思われる。ということで、とりあえず、ヘーゲルの次の展開を追ってみよう。

3）意識の運動

　感覚的確信の真が対象にも自我にもないとすれば、それはどこにあるのか、という問題を設定したうえで、ヘーゲルはそれが第三者に「示される」という形態であると考えている。

「いまが、このいまが示される。いま、それは示されるときには、もはや存在することを止めてしまう。現にあるいまは、示されたいまとは別のものである。いまとは、現にあるとき、既にもはやないような、正にそういうものであることをわれわれは知る。われわれに示されるいま、それはあったものである。こういうのがいまの真理である。そういういまは有の真理をもっていない。それでも、いまが在ったということは真である。だがあったものは、実際にいかなる実在でもない。あったものは現に、在るのではない。問題になっていたのは『有る』である。」（85頁）

　さきには言語の特性から、感覚的確信のうちにある「いま」が実は一般的なものとされている、という矛盾が指摘されていたが、今度は時間と空間のうちで感覚的確信が「われわれ」に示されるケースが考察されている。そうすると感覚的確信のうち本質的な問題となっているのは「いま」でも「ここ」でもなく「有る」だ、ということが指摘されている。次にヘーゲルは「示す」ということを一つの運動として捉えてその経過について次のように述べている。すこし長いが、肝心なところなので引用しておこう。

「（1）私はいまを指摘する。いまは真であると主張されている。が、私は、そのいまをあったものまたは廃棄されたものとして、示す。つまり私は初めの真理を廃棄する。次に（2）私は、いまがあったということ、廃棄されていることを、いまの第二の真理として主張する。だが
　（3）あったものは現にあるのではない。私はあったもの、廃棄されたもの、第二の真理を廃棄し、そうすることによって、いまの否定を否定する。
　こうして、いまは現にあるという最初の主張に帰る。だから、いまといまを示すことがどんな性質かといえば、いまもいまを示すことも、共に直接的（無媒介）な単純なものではなく、いろいろな契機を自分にもっている一つの運動だ、ということになる。このものは定立されるけれども、定立されるのは、むしろ、それとは別のものである。言いかえると、このものは廃棄される。この他有つまり初めのものの廃棄は、それ自身また廃棄され、こうして初めのこのものに帰る。だが自己に帰った初めのものは、初めにあったもの、つまり直接的なものとそのまま全く同じであるのではない。それはほかでもなく、自己に帰ったものである。つまり、それは、他有において、なお自らが在るものであり続けるような単純なものであり、絶対に多くのいまであるような一つのいまである。これが真のいまであり、多くのいまを、いくつかの時間を、そのなかにもっている単純な一日としての、いまである。このようないま、或る時間は、また多くの分であり、このいまは同じように多くのいまである、等々である。示すことはそれ自身運動である。この運動は、いまが真に何であるかを、つまり、今が一つの結果であることを、言いかえると、包括された今の多様態であることを、言い表す。示すということは、いまが一般的なものであることを経験することである。」（85～6頁）

　このようなことが言えるのも、対象としての「いま」が意識の外にあるものではなく、感覚的確信という意識形態のうちにある「いま」だからである。この「いま」が真であると主張されたとしても、そのときには「いま」はもうないのだから、最初の真理は否定され、こうして「いま」があった、ということを第二の真理として主張するが、しかしあったものは現にあるものではないから第二の真理をも廃棄し、「いま」の否定を否定して「いま」は現にあるという最初の主張に帰る。こうして「いま」は最初の直接的なものから、この運動を通して、媒介されたもの、多くの形で使われる一般的なものとして自己に帰っている。
　ここでヘーゲルは、自らの論理学の有論で展開している有－無－成の弁証法を適用しているが、しかし、ここで言えることは、意識のうちにとり込まれた対象に関してであって、意識の外にある対象については手つかずのままである。
　意識の外の対象と意識のうちで確立されていく真理との関係については、ヘーゲルは絶対知のところでふれているが、これについてはマルクスが『経済学・哲学手稿』で批判を加えている。それでこの問題に関しては、今回は概念論の検討の際にとりあげよう。次に両者を意識の契機として意識のうちにとり込んだ上で展開されている意識の弁証法そのものが検討されるべきである。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3250 times

哲学の旅第8回 ヘーゲル弁証法の転倒 第2章

第2章 感覚的確信の弁証法

1）唯物論から出発

2）観念論への転回

3）意識の運動

哲学の旅第8回　ヘーゲル弁証法の転倒　第2章

第2章　感覚的確信の弁証法