第1章　廣松体験
　1）プリコラージュ　2）認識論的主観形式　3）関係と項　4）物象化と意志支配　5）対話の権力作用　6）無の弁証法
第2章　認識論的主観主義
　1）認識論的主観主義の自己否定　2）能知的主体の自己形成
第3章　四肢構造論
　1）観念論の採用　2）新しい認識論の前提　3）精神世界の現象にむかう　4）"主体"の共同主観的自己形成　5）四肢構造論の問題点
第4章　関係と項
　1）関係と反照　2）関係における観念論的な実在性　3）言語モデルは物象化的錯視の産物　4）まとめ

第4章　関係と項

1）関係と反照

　廣松氏によれば、四肢構造とは簡単には「フェノメナルな世界は "所与" がそれ以上の或る者として『誰か』としての或る者に対してある」（45頁）と言える。肉化の論理からすれば、所与はそれ以上の或るものが、肉化したものであり、或る者には「誰か」が肉化したものだから、このテーゼでよいということになる。しかし反照の論理にたてば、所与の二重性も或る者の二重性も、関係のうちでしか現象しないことになる。関係以前に明らかにされた二組の二重性をもとに四肢構造を組み立てるならば、関係の一次性は事実上否定されてしまう。
　ここで反照の論理をはじめて論理的に説いたヘーゲルに帰ってみよう。ヘーゲルは意識について次のように述べている。「意識一般とは、自我の或る対象――内的であれ、外的であれ――への関係である。」（『哲学入門』岩波文庫、14頁）
　ここでヘーゲルが或る対象について、内的と言っているのは、自我の自我への関係、つまり、自己意識のことであり、外的と言っているものは、対自然、対他者のことだ。このヘーゲルの見地からすれば、廣松氏のフェノメナルな世界自体が意識一般であり、これ自体が自我とある対象との関係だ、ということになり、フェノメノンは意識内容となる。ところが廣松氏は、フェノメナルな世界のなかに対象と主体を見出そうとしている。いったん意識世界として閉じられた領域のうちには主体も客体も見出し得ない。というのも、それは自我の或る対象への関係において成立している主体の意識なのだから。
　ところが廣松氏は、フェノメノンを「フェノメノンがフェノメノンとしてあるのは、差し当たり、誰かに対してである」（『世界』29頁）というように、あたかも意識に外的な所与のようにあつかっている。そうではなかろう。誰かに対してあり、誰かがいだく意識内容がフェノメノンなのだから、それが更に誰かに対してあると見るのは錯覚である。廣松氏は、自らが定義づけた意識世界としてのフェノメノンの内に対象と主体を発見しようとする余り、フェノメノンを意識に外的な所与として取り扱わざるをえなかったのだろう。もともと、対象も主体も発見し得ない意識世界にそれを発見しようとし、意識内部の対象的な要素と主体的な要素との存在構造として定式化したものが四肢構造論だとすれば、この理論は、意識内容のうちに対象的なものと主体的なものを発見しようとするその前提において誤っていると見なさざるを得ない。そしてこの前提における誤りは、廣松氏の関係論を展開不能にしている。

2）関係における観念論的な実在性

　廣松氏は『存在と意味』第3篇第2章第2節で関係態について論じている。

「関係性とは『相待的依他起生性』であり、関係とは『一者――他者』の相互的（ein-ander）区別化的統一態であって、しかも一者と他者の『あいだ』に互いに他者が自分の『かくある』存在条件をなすごとき相待性が存立することの謂いである。このように誌すと『一者』と『他者』という関係『項』が『関係』に先立って存在するかのように誤解される惧れなしとしない。……われわれとしては、『項』が自存するのではなく、『関係態』の分節項としてのみ『一者――他者』が分立するのであり、『関係項』としてのみ甫めて存在するという存在規定に徴して『関係が項に先立つ』という言い方をしているのである。」（479～480頁）

　廣松氏は、「関係に先立って自存する項」として了解されているものを実体と捉え、この実体概念を批判するために、関係の一次性とか関係が項に先立つと主張しているのだが、そうであれば、実体なる概念がどうのようにして人間の頭の中に生成されるかを明らかにすべきではなかろうか。廣松氏の場合、この方法を採らず、実体という概念が生じているが、本当は関係が項に先立っていて、項とは実は関係の結節なのだといった、認識改革運動を実践するにとどまっている。
　関係をどう捉えるか、ということをあきらかにしていくために、まず先哲の説を引こう。

「両極は、一本の実在的な線の感性的に現存する両極である。しかしこれらの極は、極としては、感性的な力学的な実在性を持たず、観念的な実在性を持つ。これらの極は分離することが全く不可能である。」（ヘーゲル『エンチクロペディー』河出書房社、253頁）
　ヘーゲルは磁石を例に、関係にあっては両極は、極としては鉄という質をもたず、磁力という観念的な実在性を持つ、と見ている。他方で、マルクスは関係ということの観念性について、次のように述べている。
　「諸関係というものは、総じて、それらが互いに関係しあっている諸主体から区別されて確定されねばならないとされる場合には、ただ思考されることが出来るだけだからだ。」（『資本論草稿集』4巻116頁）

　互いに関係しあっている諸主体は、感性的なものである。しかし、これら諸主体がとり結ぶ関係それ自体を確定しようとすれば、それは思考によってしか確定し得ない観念的なものなのだ、とマルクスは述べている。感性的な諸主体が関係のなかで超感性的な現象形態を受け取り、諸主体が形態規定されて、感性的なもののままで、別のものの化身とされる、という後の価値形態論での関係論の出発点がここにある。関係の項は、二重性をもつが、この二重性のあり方は、意識一般における二重性や言語の二重性として捉えられている従来の二重性とは異なっている。というよりも、従来の哲学や言語学で確定されている意識や言語の二重性が、関係の論理からは説かれていず、単なる思考産物にとどまっていたのではなかろうか。
　そうだとすると、マルクスの価値形態論から関係知の方法を抽出し、これを言語や意識に適用して、ソシュールのシニフィアン、シニフィエ説や意識の二重性についてのヘーゲルの理解などを超克していくことが問われているのだ。

3）言語モデルは物象化的錯視の産物

　ところが廣松氏は、自己の四肢構造論を言語モデルから発想している。

「私の四肢的構造論というのは、マルクスとつなげて受けとって下さる方は、『資本論』のあの有名な価値形態論をモデルにしているのだろうとおっしゃる。あるいはヘーゲルまで溯って、『精神現象学』の構造から汲み取ったものだろうとおっしゃる。第三者的に分析すれば、私の潜在意識にそういうことがあったかも知れないとは思います。ですけど、自分の表層意識で申しますと、四肢的構造ということを考えるようになったのは、むしろ言語モデルなんですね。普通の認識論というのは、言語の問題はあまり議論しなかったわけですが、私は始めっから言語の問題にこだわっていて、言語による認識の媒介性とか拘束性とかいう場面を考えていたわけです。それで自分なりに四肢構造という範式が出てきた。これはその後の段階で役割論と結びついて、認識論的な場面だけじゃなくて実践的な場面の問題も四肢構造論でとらえ返すことになるんですけれども、そういう下地ができたところで振り返ってみると、価値形態論がまさにそうなっているじゃないか、あるいはヘーゲルの『精神現象学』の構制がそうなっているじゃないか、という具合に、あとで気がついたという感じなんですね。」（『現代思想の境位』43～44頁）

　廣松氏の四肢構造論を読んで見て納得いかなかったことは、記号や言語や意識の二重性を例証にして、フェノメノンの二重性や主体の二重性を説いていることだった。何故廣松氏は、記号や言語や意識に則してその二重性を明らかにしていくという作業を放棄して、この二重性を単なる与件としているのか、これが、ずっと疑問であった。いま明らかとなったのは、廣松氏は言語記号の二重性からヒントを得て、四肢構造論を発想したということであり、それである以上、四肢構造論と言語記号の二重性とは同型なものとして捉えられている、ということだ。
　でも、廣松氏が受け取っている言語記号の二重性が、物象化的錯視によるものだという危険性はないのか。物象化的錯視を批判するための四肢構造論の土台に言語記号の二重性を置くのはよいとして、この二重性が物象化的錯視の産物ではない、と言う保障はどこにあるのか。
　実のところ、どこにもその保障はありえない。げんに、言語を対象化された意識の形態と捉え、言語記号による名付けが、指示対象としてある意識から独立した対象物を概念の化身とすることで、概念が対象物そのものの属性に見える、という言語のフェティシズムを解明すれば、イデアールなものが、レアールなものに肉化するという廣松氏の二重性理解は、この言語のフェティシズムの枠内でしか成立しないことになる。イデアールなものは人間の意識が作り出したものであり、それがレアールなものに肉化しているように見えるのは、人間が言語でレアールなものに名付けを行うことから生じるフェティシズムにもとづいている。レアールなものがイデアールなものの化身とされるのは、言語による名付けという関係のなかにおいてであって、レアールなものはこの関係の外ではイデアールのものとは別のものにとどまる。

4）まとめ

　以上、述べてきた事柄をまとめてみよう。
　廣松氏は、フェノメノンの二要因、二肢的な構造的統一ということを自存している言語記号の二重性から導いていて、関係態から導き出せていない。従ってそれは、廣松氏自作の先験的構成物にしかならない。そして廣松氏がフェノメノンの二要因を関係態から導出できない理由は、関係の一次性を主張し、項を関係規定の結節たる函数的同一態としてしか見ていず、それを感性的かつ超感性的な二重物とは捉えていないからだ。ではどうすればよかったのか。
　廣松氏は主観－客観図式を批判するに当り、それは物象化的錯視で本当は共同主観的なものだ、と主張する代わりに、主観－客観図式が人々の頭の中にどのようにして生み出されるかを明らかにすべきであった。同様に、実体や項を関係の一次性として関係に解消するのではなく、実体概念がどのようにして人々の頭の中に生み出されるかを示すべきだった。廣松氏は、何故この作業に取り組めなかったのか。それは、彼が認識論を展開するに当り、最初から言語記号の二重性、意識の二重性を前提にしているからだ。言語記号や意識が何故二重性をもつか、ということが関係態の分析から明らかにされるべきだったにもかかわらず、廣松氏は、逆にこれらの二重性を所与のものとして受け取り、ここから項の二重性を説き、そして、関係態のモデルとしての四肢構造論を、主観がもつ認識論的形式の超克と称しながら、その実、主観的形式として構成したのだ。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3044 times

哲学の旅 廣松哲学への疑問 第4章

第4章 関係と項

1）関係と反照

2）関係における観念論的な実在性

3）言語モデルは物象化的錯視の産物

4）まとめ

哲学の旅　廣松哲学への疑問　第4章

第4章　関係と項