協同組合宣言起草委員会　2000.6.5

はじめに
第1章　商品とは何か
　1）商品の使用価値について
　2）お金（貨幣）について
　3）商品から貨幣が生れる
　（1）財の商品化とは　（2）商品化の裏面にある共同行為
第2章　商品の価値形態と貨幣
　1）商品の貨幣性－価値形態の秘密－
　（1）市場経済とは何か　（2）商品とはなにか　（3）商品の社会性　（4）鏡のたとえ
　2）価値形態と貨幣
　（1）商品の価値形態の発展　（2）商品世界での統一的秩序　（3）秩序形成における困難　（4）意志支配の条件　（5）抽象化の二つの様式　（6）存在の様式と思考の論理の不一致　（7）判断形式の特質
　3）商品・貨幣はなくせるか
　（1）物象化と物神性　（2）商品の共同行為　（3）本能的共同行為　（4）商品・貨幣の廃絶とは　（5）新たな文化圏とネットワークの意味
第3章　文化知の方法
　1）科学知の問題性
　2）科学知批判の方向性
　3）文化知のイメージ
　4）関係の捉え方
　5）価値形態の解読
　6）価値形態の秘密と謎
　7）価値形態論の方法の抽出
　8）文化知の方法

第2章　商品の価値形態と貨幣

1）商品の貨幣性－価値形態の秘密－

（1）市場経済とは何か

　経済学について何も知らなくとも、今日の市場経済では財の生産が商品の生産としてなされ、財が商品として交換されていることは知られています。この市場経済のシステムでは、社会が必要としている諸々の財の生産が資本家の私事となっており、そこでは資本家は、労働者を雇って市場から得た原料を加工し、商品を生産して市場に出します。他方、労働者は働くことと引き換えに得た賃金で生活のために必要な財として市場で商品を買い、これを消費することによって生活し、次の日の労働にたえる生命を維持します。資本家と労働者以外にも、種々のタイプの生産者のシステムがありますが、市場経済を支えているシステムの中心は、資本家による商品生産です。

　さて市場に帰ってみると、そこにある商品は全て、誰か個人あるいは部分集団の所有物です。社会が成り立つためには、人々がくらしを続けることができなければならず、そのためには財を往きかえさせることが必要です。この財を社会の中で往きかえさせるシステムが市場であることは誰でも知っていますが、ここでは私有物である商品が往きかえしあっているのです。私有物からなる社会で、人々が合意によって自分や他人のモノを社会に往きかえさせることが可能でしょうか。少し考えただけで、この課題は困難なものであることがわかります。というのは、人々には私有物が他人の必要に値するかどうかの判断を下せないからです。実際、市場経済の現実は人々が合意して商品の価格を決定しているわけではありません。価格をつける人々は競争を考慮に入れざる得ません。

　ここで市場について、一つの仮説を立ててみましょう。市場経済は人々の合意によって動かされているわけではないのですから、商品というモノが人間の意志からは自由に勝手に動いており、主体である人間は逆にこの商品の動きに自分の意志を支配されている、という仮説です。

　この仮説は特別変わったものではありません。今日大多数の人々はこのことをハダで感じているし、経済学説もこの見地を受け入れているものがほとんどです。とはいえ、この仮説を証明することはなかなか困難です。

（2）商品とはなにか

　商品が動いていくとき、つまり商品交換が為されるとき、商品は貨幣と交換されます。ある商品の生産者が別の財を得ようとすれば、自分の商品をまず貨幣と交換し（販売）、次にこの貨幣で自分の欲する商品と交換（購買）すればよいことは誰でも知っています。貨幣はあらゆる商品を買うことが出来、あらゆる商品は自分がいくらの貨幣に相当するかということを価格で示しています。ここでは商品は私有物ですが、それが価格を持つことによって、その商品が社会の中で往きかえしている財としての持ち分を示すことになっています。逆に言えば、商品の価格は私有物のままで、それを社会が必要としている財の一部分へと転化しているのです。こんなことがどうして可能になったのでしょうか。

　貨幣で商品が買えるということの基礎には、ある商品と別の商品とが同じ質のものであるということがあります。先に見たように、貨幣は私有物である商品の社会に通用する値（つまり商品価値）を示すものでした。商品価値は貨幣によって価格として示されなければなりませんが、そうなるのも商品が社会に通用するものであるからです。商品が社会に通用する、という点であらゆる商品は共通ですから、任意の二つの商品の比較は可能です。
　1台のテレビ＝2着のスーツ
　たとえ価格が同じものであっても、市場ではテレビとスーツとを直接に交換することはできません。しかし、テレビとスーツという異なるもの（異なる使用価値）が共に相手を同等なものとして示しているこの関係の中に、市場の原理があります。

　テレビを販売している電気商とスーツを販売している洋服商とが協議して、1台のテレビが2着のスーツに値することを取り決めたのであれば、テレビ＝スーツという関係は成立しません。何故ならば、この協議の過程ではモノがでしゃばることはないからです。ところが、テレビ＝スーツという関係にあってはモノが主役であり、モノとモノとが関係しあっているのです。ですからこの関係は、1台のテレビが自分の社会に通用する値は2着のスーツに等しいと主張していることを示しています。この関係の中で、テレビは電波を受信する電子機器としてのあり方（使用価値）の他に、新たに2着のスーツによって自己の社会性を表示（価値形態）します。

　テレビは二つの形態を持つに到っています。一つはその自然的な形態（使用価値）であり、もう一つは社会に通用する形態です。自然的な形態については、テレビの映像を始めて見た人は驚くかも知れませんが、それは科学と技術の産物であり、その原理は明確です。ところが、テレビが2着のスーツに等しい、という社会的な形態の方は、とらえどころがありません。そして、このとらえどころのないもののうちに市場の原理が含まれているのです。

（3）商品の社会性

　そこでもう少し、1台のテレビ＝2着のスーツという関係にこだわってみましょう。テレビがスーツと同値である、というこの関係で、テレビはテレビでなければなりませんが、スーツの方は別にスーツでなくともよい、ということはすぐわかります。この関係でテレビが自分の社会的な値を表現したいのですから、10足の靴でもかまわなかったのです。

　テレビはスーツででも靴ででも自分の社会性を表現できますから、1台のテレビ＝2着のスーツという関係で、スーツはスーツでありながら、それとは別のものへととり代えられていることになります。その別のものとは社会性を示すあるものです。

　他方テレビの方は、テレビでありながら社会に通用しようとすれば、スーツと同じだ、という関係をとりますから、この関係でテレビの社会性はスーツだということになります。

　テレビもスーツも、人間の労働の産物です。どちらも労働生産物としては共通ですから、テレビとスーツの共通性を労働だと見ることには特別の訓練はいりません。ところが、双方の労働は私的労働であり、それがそのままでは社会に通用しません。

　そこで、モノとモノが主体となって社会的関係を結ぶという場面が生まれました。人々の知恵ではどうしても、私的な財を社会に通用させることができませんでしたが、モノとモノとが主体になって関係し合うと、この難題が解決されたのでした。テレビとスーツという二つの私有物が1台のテレビ＝2着のスーツ、という関係をもつことによって、お互いの私有性を保存したまま社会性を獲得したのでした。

　では、どのようにしてでしょうか。テレビはA氏の所有物ですが、それがB氏の所有物であるスーツと同じものだ、と主張することによって、スーツにテレビの社会性を表現するモノとしての新しい役割を与えつつ、同時に自分の社会性を表現することによってです。

　テレビはスーツである、という主張によって、テレビを製造した労働はスーツを製造した労働によって隠されてしまします。他方、スーツを製造した労働はテレビの社会性へと転化されています。この関係では、双方を製造した労働が相互に反射しあって、かえってきたものは労働の社会性だけだ、というようになっています。

　例えば今仮に、1台のテレビが社会という鏡の前に立って、自分は社会にとって何なのか？問うたとします。すると鏡の中は1台のテレビの姿は見えず、そこには2着のスーツが見える、といった関係を思い浮かべるとよいでしょう。ここでは2着のスーツは社会性そのものであって、スーツであるということは社会性を担う素材であるにすぎず、靴でもシャツでもよかったのです。

　市場の原理とは、この商品の社会性にあります。そしてこの商品の社会性の完成されたものが貨幣なのです。

（4）鏡のたとえ

　1台のテレビが社会という鏡の前に立ったとき、鏡に写し出されたものは2着のスーツでした。このたとえについて補足してみましょう。

　前回述べたように、1台のテレビは自分が社会にとって何であるかと問う立場（相対的価値形態）にあり、鏡の中に呼び出された2着のスーツは、スーツという誰かの私有物でありながら、この関係の中では社会を代表して、1台のテレビの意味を示すもの（等価形態）となっています。

　ここでもっとわかりやすい例を引きましょう。今、A、B二人の見ず知らずの人がいるとしましょう。Aが法律に触れる行為をしてBの顔を見ると、Bの表情はAの行為に対する社会の判断を表していることでしょう。ここでは個人Bが個人Bのままで、その社会の法律を代表する役割を引き受けることになっています。個別の具体的な人格が、法律という一般的・抽象的なものの化身となっています（社会関係による自然物の形態規定）。ここではAは、自分の行為を社会という鏡に映したこととなり、そのとき個人Bが写像となり、その表情によってAの行為に対する社会の判断を下したのでした。

　商品の価値形態も同じことです。ただ商品の世界では、表示されるものは社会に通用する財の持ち分です。

2）価値形態と貨幣

（1）商品の価値形態の発展

　さて、ただ単に1台のテレビ＝2着のスーツという関係（簡単な価値形態）だけしかないとすれば、それは深い意味を獲得できなかったかもしれません。だが、商品世界では、1台のテレビは自分の社会性を、あらゆる商品で表示することができます。

　1台のテレビ＝2着のスーツ
　　　　　　　＝10足の靴
　　　　　　　＝2トンの鉄
　　　　　　　＝300Kgの卵
　　　　　　　＝……

　1台のテレビ＝2着のスーツ（簡単な価値形態）に比べ、この拡大された価値形態では鏡の役割を果しているスーツとか靴とかの素材は何であってもよいことが示されています。逆に言えば、等価形態にあるどの素材でも、個別のもの（私のもの）でありながら、一般的なもの（社会）を表現することになります。こうして、ここに到ると、スーツが洋服としての役割の他に、もう一つの役割、テレビの社会性を表現することができる社会の代表としての役割を果していることが判明します。

（2）商品世界での統一的秩序

　こうして商品の社会性とは何か、ということが示されはしましたが、しかしまだ商品は完成されてはいません。というのも、このかたちではスーツと靴とは関係しあうことができないからです。ところが、このかたちはそこに別の形を含んでいます。

　　2着のスーツ＝1台のテレビ
　　10足の靴　＝1台のテレビ
　　2トンの鉄　＝1台のテレビ
　　300Kgの卵　＝1台のテレビ
　　……　　　＝1台のテレビ

　先の拡大された価値形態をひっくり返したこの一般的価値形態は、あらゆる商品が単一の商品テレビを鏡とする場合です。ここではテレビとスーツの役割も当然取り替えられています。先にはスーツが鏡でしたが、今はテレビが鏡となり、スーツの社会性を表現することになります。

　ところで、先のかたちではテレビの社会性が様々な商品を鏡として表現されました。そので鏡となっている色々な商品の素材そのものの（使用価値）は、この場合自分を主張しておらず、ただ社会的なものの担い手であるにすぎないことが示されていました。今度のかたちでは鏡となっているものは、ただ一つの商品です。

　いまやテレビそれ自身が、あらゆる商品の社会性を代表するものとなりました。こうなると商品世界に一つの統一的な秩序が形成されることになります。というのも、ここではスーツと靴はそれぞれテレビと関係していますから、テレビを仲立ちにして、いまやスーツと靴とは無関係のものではなく、単一のシステムに組み込まれています。

（3）秩序形成における困難

　今ここではテレビが唯一の鏡となっています。このかたちが示していることは、テレビなら他の全ての商品を買うことができる、ということです。このようにテレビは商品の社会性の化身となり、あらゆる商品を代表する類となります。そこで、あらゆる商品がこの特権的な商品に成り上がろうとするでしょう。

　1台のテレビ＝2着のスーツ
　　　　　　　＝10足の靴
　　　　　　　＝……
　2着のスーツ＝1台のテレビ
　　　　　　　＝10足の靴
　　　　　　　＝……
　10足の靴　　＝1台のテレビ
　　　　　　　＝2着のスーツ
　　　　　　　＝……

　テレビもスーツも靴も、というように、あらゆる商品が唯一の鏡になろうと試みたとき、そこに出現する世界は前とは別世界になります。テレビは鏡のつもりですが、スーツや靴も鏡になろうとすれば、いずれも鏡にはなれず、こうしてテレビにとっては一般的価値形態は夢想となります。この結果、現実にはテレビが全ての商品を鏡とするかたちに逆転してしまいます。

　この事態はスーツにも靴にも起きますから、ここで見出される別世界とは、バラバラの商品圏であり、せっかく形成された統一的秩序はいまでは解体されてしまっています。

　商品の社会関係にはこの4つのタイプしかありません。この4つのタイプのうち、商品世界が統一的な秩序を形成し得るのは、3番目のかたち（一般的等価形態）だけであることが分かりました。ところが3番目のかたちを実現するためには、すべての商品が単一の商品を鏡に選ぶという共同行為がなされなければなりません。商品はどうのようにしてこの共同行為を実現するのでしょうか。

（4）意志支配の条件

　前に「商品というモノが人間の意志からは自由に勝手に動いており、主体である人間は逆にこの商品の動きに自分の意志を支配されている」という仮説をたてました。この仮説の証明を試みてみましょう。

　人間は思考し、判断することによって意志を形成します。だから人間の意志を支配できるような存在は、それ自身が思考と判断という機能をもつものでなければなりません。

　人間の思考が対象を理解しようとするとき、まず対象を分析し、対象を抽象的なものへと分割します。上手、下手は別にして抽象的なものを組み立てて総合し、対象を思考のうちで獲得します。人間が意志を形成するために対象についての判断を行おうとするとき、その前提には抽象化と綜合化があります。

　商品も人間の意志を支配することができるためには、抽象し、判断することができなければなりません。

　1台のテレビ＝2着のスーツの例にかえりましょう。ここでテレビはスーツと関係することによって、スーツにその衣類としての機能とは別の、社会性を代表するものとしての役割を負わせて、自分の社会性（価値）をスーツで表現したのでした。

　テレビとスーツはもともと異なるものですが、この関係はテレビがスーツという異なるもののなかに、自分との同質性を発見していることを示しています。テレビはこの関係によって、テレビとかスーツとかいった物の自然的な性質を捨象し、双方を社会的なモノへと還元しているのです。

（5）抽象化の二つの様式

　人間の思考が対象を抽象するとき、色々なものの間の相違を捨てて、共通な性質を取り出そうとします。この場合、全体を分割して分析していますから、抽象化といっても、分析的抽象化を行っていることになります。

　商品の場合も対象の抽象的な把握をしていることがわかりましたが、しかし商品が行う抽象化は、思考が行う分析的抽象とは異なっています。というのも、商品は共通性という抽象的なものを表示するときに、物の性質を分割して表示するのではなく、逆に、異なったものが関係しあうことを通して、共通な性質を浮かび上がらせるからでした。だから、商品が行う抽象化は関係しあうこと、綜合することにもとづいており、事態抽象なのです。

　この事態抽象は人間の思考が行える抽象とは異なり、また思考がいくら努力してみたところで実行できない抽象のあり方ですので、思考は商品が抽象していることを理解することができません。しかし、1台のテレビ＝2着のスーツという関係では、テレビもスーツも消去されて、そこには商品の社会性が表されているだけだ、ということを悟れば、商品が行っている抽象を了解することはできます。

（6）存在の様式と思考の論理の不一致

　従来の哲学は存在の様式と思考の論理との同一性、ということを大前提にしていました。いま明らかとなったのは、私たちの身近にある商品が行っている抽象化が思考の行う抽象化とは異なっている、ということでした。存在の様式と思考の論理との間には違いもあることが判明したのでした。

　このことが判明すれば、観念論にしろ唯物論にしろ、その命脈が絶たれることになります。哲学と同様に、存在の様式と思考の論理との同一性という大前提に立っている近代科学も、その立脚点が揺らぐこととなります。

　哲学の大前提に疑問を投げかけた思想は随分多くあったに違いありません。だが近代の幕開けは合理主義の哲学の勝利に帰着し、哲学の大前提は科学によって基礎づけられることとなりました。

　そして現代では、科学批判が流行し、ニューサイエンスが一定の影響力を持ち、密教のたぐいが復活してきました。しかし、それらは「信」や「行」の世界にとどまり、哲学や科学を止揚した知の形態を確立する方向性を示せていません。

　なぜでしょうか。それは私たち自身が、商品や貨幣や資本にしばられて生活をしていることと深く関わっています。現代の先覚者たちは、この商品の世界から思考と生活の両面で飛び出すことを通して、新たな思想を語ってきました。これはこれで重要な試みでしたが、しかし、それでは哲学と科学に対するアンチテーゼの提出にとどまり、結局は一つの哲学を開示することにしかなりませんでした。商品が行っている事態抽象はおそらく、自然界のあらゆるところで行われていることでしょう。ところが商品によって、どのようにして意志を支配されているか、ということがわからなければ、商品が行う抽象化は思考の領域には入ってきません。他方で科学技術の発達は、自然科学を自然界における事態抽象の存在ということに突き当てていますが、商品に意志支配されていることの自覚がないところで、自然科学のための新たな世界観を樹立することなど、木にて魚を求めるようなものです。

　少し脱線しましたが、商品による意志支配といった問題が、これまで哲学や科学によって解明されてこなかったことの要因として理解されれば、と考えています。なお、商品の分析はすでにマルクスが『資本論』で行ったのですが、その根本的な内容となっている価値形態論は、後世の学者たちには決して理解できないものでした。しかし、商品の不経済性ということが明らかとなっている今日、恐らく価値形態論は新しい文化としての知の土台として多くの人々によって理解されることとなるでしょう。

（7）判断形式の特質

　話を商品に戻しましょう。商品にある種の抽象化がそなわっていることは了解したとして、次に問題になるのはそれがどのように判断をするか、ということです。抽象化の能力があるだけでは意識を支配できても、意志を支配することはできません。判断が示されることによってはじめて、人間の意志が発動されることになります。

　この点では、商品は極めて巧妙に立ちまわります。テレビは自分の社会性が2着のスーツであると主張しているのですが、この判断の形式は、テレビが社会的なものそれ自体を示すのではなくて、一定分量の物でこれを示すことを特徴としています。

　そこで人間は不可避的に錯覚に陥ります。テレビの社会性は等価形態にあるスーツの自然的な性質であるかのように見えるのです。

　判断の形式がこのようなものですから、人間は商品の本質とは何か、とか、それがどのようにして抽象しあっているか、といったことは何も知らなくとも判断の内容だけははっきりと理解できます。

　こうして、商品が抽象し、判断することのできる存在であることが示され、人間の意志を支配しうる存在であることが証明されました。ところが人々は、このことを認めません。というのも、商品による意志支配ということについて人間はそれを意志支配とは意識しないからです。人々の意識のうちではあいかわらず価値がテレビやスーツといった自然物がもつ性質として受け止められます。次には、このいわゆる商品の物神性について明らかにしましょう。

3）商品・貨幣はなくせるか

（1）物象化と物神性

　テレビやスーツは、お互いに商品として関係しあうやいなや、それらは抽象し、判断を行って、人間の意志を支配しました。そこではテレビやスーツはただの物ではなく、人々の社会的関係がそれにとりついたモノ（物象）となったのでした。

　今日の社会では、人々は社会の財の生産と分配について意識的に行うことができません。人々は財の社会的・経済的運営を、商品や貨幣や資本に任せています。人々は意識することなく物をモノ（物象）に転化させ、モノに意志を支配されるシステムで、今日の社会を形成してきたのでした。

　人格が物象化し、物象が人格化した世界、これが今日の経済システムです。1台のテレビ＝2着のスーツという関係で、テレビとスーツが社会の財に占める社会的関係値が表現されていますが、その社会的関係値が、スーツという物の量で示されるところに商品の秘密があり、物象化の原理があります。

　これだけならまだ理解しやすいのですが、この物象化が物神性をともなっているので、事態は混迷してきます。テレビは等価形態にあるスーツでその社会的関係値（価値）を表しているのですが、この価値がスーツの現物形態（使用価値）で示されるものですから、価値が等価形態にあるスーツという自然物にもとからそなわっているかのように見えます。

　平たく言えば、1台のテレビ＝2着のスーツ、という関係は、テレビを持っている人はスーツを得ようとしても、スーツを持つ人の同意がなければ交換することは出来ません。ところがスーツを持っている人は、テレビを持っている人に呼びかけられたわけですから、無条件にテレビを交換で得ることができます。だから、交換の可能性、物を買う力はテレビにではなくてスーツの方にあります。この物を買う力は、テレビの働きかけによって社会関係が生まれた結果発生したものですが、しかし、人々にはスーツに自然にそなわる力に見えるのでした。商品が行う綜合による抽象化を人々には理解できませんから、そこで働く社会的な力を自然物の力だと錯覚する他はないのでした。商品のもつ社会的な力を単なる自然物の力だと錯覚していまえば、そこには自然力への順応があるだけで意志支配が見えてきません。従って物神性から抜け出す道は、物象化が意志支配のシステムであることを把握することからはじまります。

（2）商品の共同行為

　商品が人間の意志を支配していることが明らかになれば、商品が統一的秩序を形成するために、どのようにして共同行為を実現するか、ということも見えてきます。

　商品が統一的秩序を形成しうるのは、全ての商品が単一の商品でその社会性を表現するときでした。前回見たように、商品が抽象し、判断することによって、人はその価値を知り、商品の価格を決めることができました。ここでは商品世界に統一的秩序をつくるために、全ての商品所有者が、単一の商品で自分の商品の価格を表現することをおこなえばよいのです。

　この共同行為が貨幣を形成する行為に他なりません。人間は商品に意志を支配されて、貨幣を形成するための社会的共同行為を行ったのでした。では、この共同行為は、人間の意識のうえにはどのようなものとなってあらわれてくるでしょうか。

　人間はいたるところで、自然法則によってしばられていますが、しかし、このことを人々は意志が支配されているとは考えません。人々がそう考える場合は、他人の意志に支配されたときのみです。商品の場合はどうなるでしょうか。この場合、商品は人間の意識にとっては単なる物としてあらわれていますから、それはある種の自然物とみなされてしまいます。それゆえ、商品による意志支配は、人間にとっては意志支配されているとは自覚されず、自然法則にしばられているのと同じように観念されてしまいます。

（3）本能的共同行為

　人は商品に価格をつけますが、そのとき商品に意志を支配されているとは考えませんでした。ここで問題なのは、価格をつける、という行為の裏に、貨幣を形成する共同行為がかくされている、ということです。何故ならば、価格をつける、ということは、商品の社会性を貨幣で表現することに他なりませんが、そのとき、商品所有者たちは単一の商品（貨幣）で自分たちの商品の価値を表現する、という共同行為に参加しているのです。

　商品所有者は、もしその気になれば、貨幣以外の商品によっても、自分の商品の社会性を表現することが出来ます。しかし、そうしてもそれは一般的ではなく、社会的に認められないが故に、生産物を商品にしようとすれば、貨幣を形成する共同行為に加わらざるを得ません。人々の意識のうちでは貨幣がすでに存在しているから、それで価値を表現せざるをえない、というように観念されていますが、これは実は逆で、価格をつける行為が、貨幣を形成する行為を実現しているのです。

　価格をつける行為は意識にのぼりますが、貨幣を形成する行為の方は、そうはなりません。前者の意志支配は、判断形式が一つのモノで示されていますが、後者の意志支配は概念の支配であり、判断形式の奥にかくされているものだからです。
　こうして、貨幣を形成する行為は、商品所有者にとっては、無意識のうちに行われる本能的共同行為となります。

（4）商品・貨幣の廃絶とは

　貨幣が商品所有者たちが無意識のうちに行う本能的共同行為によって形成されるとすれば、商品や貨幣を、政治的、法律的、行政的方法で干渉することによって、これらを廃絶しようとしたソ連共産党の試みが何故成功しなかったか、ということも明確となります。

　そもそも本能的共同行為は意識にのぼらないものです。従って、それを意識や意志で統制することには無理があります。本能的になされてしまう行為を廃絶しようとすれば、迂回して、そのような行為が引き起こされる前提条件をなくすことが必要です。

　商品、貨幣、資本は社会の生産力を引き上げる、という点では旧来の生産システムに比べれば非常に効果的なものでした。ところが、その効率性は価値の生産という面でのことにすぎず、価値を増殖するという目的のために使用価値を生産する、というこのシステムは、今日、本質的なところでゆきずまっています。つまり、地球のエコシステムの再生産という見地からすれば、このシステムは資源の収奪と循環システムの破壊と無駄の拡大再生産を導き、不経済このうえないものとなっているのです。現代の資本主義の経済性は部分的な経済性であり、価値の世界の外部では不経済をもたらし、トータルとしては不経済となったのです。

　しかし、このことが理解されたとしても、人々は意志支配から抜け出せません。意志支配から抜け出すためには、商品のシステムに代わるより高度なシステムが手の届くところになければなりません。

　無意識のうちになされる本能的な共同行為を無用とするこのシステムはそれ自体共同行為でなければなりません。その手がかりは、今日どのようなものとして形成されているのでしょうか。

（5）新たな文化圏とネットワークの意味

　今日誰でも商品・貨幣のシステムから抜け出す方法を知っています。それは、生産物を商品にせず、自給自足の生活に移行すればよいのです。ところが、この行為は個人的なものにとどまり、全般的に波及させられません。もし、全般的に波及させようと意図すれば、新たな意識的共同行為を成立させなければなりませんが、これが意外に難しいのです。

　しかし、資本主義によるエコシステムの破壊が、どうしようもない地点にまで行き着いてしまったことによって、現在、新たな意識的共同行為の形成をめざし無数の運動がくりひろげられています。

　これらの運動はみな商品・貨幣・資本の価値観に代わる新たな価値観をもち、それぞれ特有のネットワークを形成しています。それゆえ、それらはそれぞれが文化圏を形成していると見なすことが出来ます。

　そこで出てくる困難は、新しい価値観の多元性です。一つの共同行為が求められているのに、価値観が多種多様なのです。資本主義の価値観は多様性があったにしても、みな、商品・貨幣・資本といった諸関係に意志を支配されている、という点では一元的でした。そのため、今日の社会で人々は本能的に一元性を求めます。ここでは多元主義の承認は単なるコトバの上だけのものとなります。

　新しい価値観といえども、それは必ず一元性を求めます。従って、新たな意識的共同行為を形成しようとするとき、その意図にかかわらずこの試みが実現しない、ということになりかねません。そこで問題になるのは、この一元性を中和し、綜合できる場が成立しうるかどうか、ということです。

　その場は新たな諸文化圏の重力場としては、すでに実現しています。この重力場が新たな意識的共同行為の萌芽としての役割を果せるのではないでしょうか。このことが判明すれば、価値観における一元性は新たな次元においては統合化されていることになります。ネットワークがもっているこの裏の意味が、いま自らを開示しようとしています。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2493 times

協同組合運動研究会の術語集 第2章 商品の価値形態と貨幣

第2章 商品の価値形態と貨幣