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柄谷行人編著『可能なるコミュニズム』をめぐって

柄谷理論と綱領問題　1999．12．23

　柄谷行人さんをアソシエ21関西集会の基調講演者の一人としてお招きすることが決まるまで、柄谷さんが最近書いたものについては、全然目を通していませんでした。関西事務局のメンバーと打ち合わせに来て下さる、ということで、急遽、精読してみました。
　以前に、柄谷さんの著作については、マルクスの価値形態論に言及されている部分についてきちんと研究したことがありました。自分に理解できていないことを解ったように説明してしまう学者が多い中で、柄谷さんは、あくまでも解らないことを明確にした上で問題を追求している、という非常にさわやかな印象を受けました。

　価値形態論については、私も、随分長い間こだわっていて、宇野弘蔵の問題提起にひきずられて、宇野・久留間論争をかじって以来30年近くたちました。80年代後半になってやっと、商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為によるということを、マルクスは言いたかったのだということがわかり、この地平から、政治権力を奪取することからしか、商品、貨幣、資本を廃絶する社会革命は始まらないという、従来のマルクス・レーニン主義の革命理論は、政治の力で本能的共同行為をなくそうとする背理をかかえこんでいることを知り、この理論とは別の、もう一つの社会変革の理論が必要だと悟りました。（「緊急の課題」参照）

　このもう一つの社会変革の実践的担い手は協同組合運動しかありえない、という直感的な判断にもとづいて、協同組合運動と協同組合主義の側に身を置きながら、もう一つの社会変革の理論を模索してきました。幸いにも、ソ連邦の崩壊以前に先の見解に到達していましたので、ソ連邦の崩壊に気を取られることもなく、協同組合運動の可能性について追求することが出来ました。

　協同組合運動の可能性については、オーエンやフーリエやクロポトキンやブーバーなどの文献に当っても核心的な内容は見出せません。困っていたときに友人から薦められたのが、レイドロウ報告でした。これは、国際協同組合同盟の1980年の世界大会で、レイドロウ博士がまとめた報告ですが、この報告で、モンドラゴンをはじめとする生産協同組合が大きく評価されていることを知り、生活クラブのワーカーズ・コレクティブの試みも、この報告に触発されたものであることもわかってきて、このレイドロウ報告の延長線上に、もう一つの社会変革の理論を作り上げることが出来るのではないかと考えるようになりました。（『西暦2000年における協同組合』日本経済評論社）

　そして、90年代の早い時期に、賃労働者が資本家の企業に働きに行かず、「もう一つの働き方」で生活していくことが出来れば，資本の剰余価値の生産にストップをかけることが出来ることに気づき、この地平から、もう一つの社会変革の理論を組み立ててみました。（『共産主義』21号参照）そのあと、モンドラゴン協同組合群の媒介者であったアリスメンディアリエタ神父が、生産協同組合の組合員に資本家企業に負けないだけの投資を行う事を闘争として提起していることを知り、もう一つの社会変革の理論が具体的な戦術として展開されていたこと、この戦術が実現されたからこそ、モンドラゴン協同組合群が、生産協同組合としては世界で初めて、一国における有数の大企業にまで成長出来たのだと考えるようになりました。

　90年代に入ってのソ連邦の崩壊のあと、世間ではマルクス離れが一気に進んでいったようでした。市場と民主主義が手放しでもてはやされるなかで、私は、何とか価値形態論でマルクスが発信しているメッセージを世間に広めようとしました。これを広めることが出来れば、ソ連邦の崩壊の根本要因が理解されると同時に、市場と民主主義の限界もまた明らかにされるからでした。

　そこで、価値形態論をなるべく平易に説明しようと努力してみたのでした。しかし、どうもうまく行かない。他方で、もう一つの社会変革の理論を21世紀の社会運動の綱領（党の綱領としてではなく運動の綱領）としてまとめ上げるという懸案の課題も煮詰まるようで煮詰まりません。それで、有償で学校を開き、1年間の約束で講義をすることにしました。98年にPC（政治・文化）講座を開講したのです。思想を売る立場に自分を置くことで、やっと、価値形態論でのマルクスのメッセージを広めていく方法に気づきました。仮に文化知の方法と呼んでいますが、マルクスが価値形態の解読に用いた方法を抽出し、それでもって、言語や社会や科学といった、人間の社会関係を解明していくこと、これを実践として継続することが、その回答でした。（『ASSB』7巻5号参照）

　綱領については、PC講座の延長に綱領研究会を発足させ、2000年中には草案を世間に公開できるように、ということで取り組んでいますが、信用論の研究で随分時間をとられています。
　思わず筆が滑ってしまいましたが、綱領研究会を継続していて頭を悩ませていた時に、柄谷さんとの出会いがあったのです。『批評空間』22号の座談会と『情況』7月号に出たアソシエ21設立総会での講演を一読して、柄谷さんが社会運動の綱領的内容を提起していることが解りました。そして、打ち合わせの時、LETSが面白いと『批評空間』22号の西部論文を薦められましたが、後日、これを研究すると、LETSは、信用制度のオルタナティブとして存在していることが判明したのです。こうして、私が80年代末からずっと追求してきたもう一つの社会変革の理論の中核を占めるべき脱物象化の運動論が、私の頭の中で完結したのでした。

　アソシエ21は「新たな世紀へ批判的知性の協働を！」と呼びかけています。しかし、協働を呼びかけるためには、ある程度の共通の叩き台が必要です。私は、従来自身で追求してきた「もう一つの働き方」に柄谷さんの消費論と、西部さんが紹介しているLETSとを組み合わせると、21世紀の社会運動の実践的なプログラム（昔風に言えば、行動綱領）が成立すると考えています。

　88年12月に「緊急の課題」と題する文書を作成してから11年目にしてやっと、課題は、解決される見通しが立ちました。とりあえず、21世紀の社会運動の綱領の骨子について、手短にまとめることにします。アソシエ21での協働に大いに期待しています。

Date: 2006/1/5
Section: この15年間をふりかえって文献目録
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