　ひきこもりの主要な原因を社会病理に求め、これを解決していこう、というニュースタート事務局関西の基本的な方向性は、これまで十分に理解されているとはいえない。というのも、社会病理の理解が様々であるし、また、これを解決していく方法についてもまだ十全な理解がなされてないからだ。そこで、今回から、社会病理とは何か、そしてそれをどう解決していくかについて、試論をまとめてみることにした。問題を解明していくためのいつものやり方として、まず先行する説に学ぶことから始めていく。

第1章　斉藤環『社会的ひきこもり』に学ぶ

1）はじめに

　10年間で200例という自身の臨床経験にもとづいて、斉藤環は「社会的ひきこもり」についての理論的解明と実践的な対応策について明らかにした。『社会的ひきこもり』（PHP新書）がそれだ。この本を最初に読んだのは、私が「ひきこもり」をカミングアウトしている人に出会い、彼と短期間ではあったが一緒に活動していた頃だった。そのときは第2部実践編に注目し、なるほどと関心させられたりもした。
　3年後のいま、再びこの本を読み返してみた。すると今度は第1部理論編について興味がわいてきた。私はいま、W.Co.サポートセンターにかかわることで、ひきこもりをもたらす社会病理をどう解決するか、という点に関心があるが、この問題を解明していくための第一歩として、斉藤のこの本をとりあげてみたい。

2）「社会的引きこもり」

　社会的引きこもりについて、斉藤は「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」（25頁）という定義を与えている。これは、ニュースタートも、若干の補足（友だちがいない）を付けて採用しており、非常に妥当なものだ。
　この定義を示すにあたって、斉藤は四つの事例をあげたあと、ひきこもっていく過程は実にさまざまだが、いくつかの共通点があるとしている。ひとつは、もともと内向的で、家庭では手のかからない子で、ほとんど反抗したこともなく、強いて言えば几帳面すぎる、という事例が多いが、しかし、必ず一定の性格と結びついているわけではない。もう一つは、圧倒的に男性が多く、両親ともに高学歴で中流以上の家庭に多く、仕事熱心で養育に無関心な父親と過敏で過干渉気味の母親という組み合わせがめずらしくない。（男性が圧倒的という点に関しては、ニュースタートは疑問視している。）
　といっても、ひきこもりが、単に一過性のもので、5年くらいで自然に回復してしまえば、たいした問題ではないが、しかし、斉藤はひきこもりにはそこからますます抜け出せなくなる、という悪循環がともなっている点に危険性をみている。
　つまり、予防や治療が十分に可能であるにもかかわらず、その受け皿が出来ていないために、悪循環を解消できていないわけだ。そこで斉藤は、この受け皿づくりの提案をしていくのだが、この提案の背後には、引きこもりを一つの病理システムとして捉えるという理論がある。
　もともと自然に解決することがほとんどないひきこもりは「個人の病理だけでは説明ができません。社会、家族を巻き込んだ、一つの病理システムとして理解する必要が、どうしてもあります。専門家は、この病理システムの解消に向けて努力すべきなのですが、この程度の理解すら、まだ一定のコンセンサスに達していないのが現状です。」（24頁）
　さて、斉藤は、先の定義を与えたあと、定義の説明に移っている。「20代後半まで」というのは、問題が「思春期の問題である」ことを強調したいがためであり、「6ヶ月以上」というのは、あまり短くすると、周囲の家族などの過剰反応を呼ぶし、また、あまり長いと対応が遅れてしまう。
　次に、症状については、第一次的な症状が「ひきこもり状態」であり、対人恐怖症状などのさまざまな症状は、このひきこもり状態が続くことで生じていると斉藤はみている。
　最後に、斉藤は、社会的ひきこもりが、脳そのものに実質的な原因のある障害や精神病によるものとは区別して、心に原因があるとし、「事例の年齢にかかわりなく、いわゆる思春期心性に深く根ざした問題です。つまり、人格発達の途上における一種の『未熟さ』ゆえに起こってくる問題であるとみることができます。」（30頁）と述べ、思春期に独特の葛藤のパターンを何年も抱き続けていることが多いとし、その根拠として、次の所感を挙げている。

「※不登校、家庭内暴力、脅迫症状、対人恐怖症状などの、思春期心性と深く結びついた症状を『社会的ひきこもり』に伴うことが多い。
　※ひきこもりが長期化する背景には、視野の狭さ、かたくなさなどといった思春期独特の考え方や、自己愛的な構えがあることが多い。
　※本人はみずからの置かれた状況を客観的に捉えるだけの余裕がなく、したがって治療を拒否することがほとんどである。
　※長期にわたる事例でも慢性化による症状の安定化が起こりにくく、つねに新たな傷口がひらいていくように、葛藤が葛藤を生む状態が続く。
　※本人の精神的な成長を促するような治療態度と家族を含む環境の調整によって治療がすすむことが多い。」（31頁）

　以上が、斉藤が述べている「社会的ひきこもり」の概要である。

3）症状と経過

　斉藤は1989年に「社会的ひきこもり」と見られる患者から一定の条件をみたす80例を抽出し、症状と経過についての調査を行っている。それにもとづいて、無気力や、対人恐怖症や、強迫症状や、不眠と昼夜逆転や、退行や、家庭内暴力や、被害関係念慮や、抑鬱気分や、希死念慮と自殺企図などの症状に、ひきこもりの患者がどのような特色をもっているかを分析している。
　個々の症状については、直接斉藤の本に当たっていただくとして、ここでは「社会的ひきこもり」の特性についての斉藤の見解を紹介しておこう。

「ひきこもる人たちの多くは、こうした生活をみずから望んで続けているわけではありません。ひきこもり状態から抜け出したいと、誰よりも強く願いながら、それがどうしてもできないのです。」（35頁）

　何年も自室にこもったままでいる当事者に対し、周囲の人たちは「怠けている」とか「無気力だ」とかいった感覚をもってしまうが、当事者にとっては、好き好んでひきこもっているわけではなく、出ようとして出られないことで、非常なストレスと劣等感をいだいでいるというのだ。

「ひきこもりの青年たちが安穏に怠惰な生活を送っているというのは明らかな誤解です。彼らは、周囲の家族以上に、社会参加できない焦りや絶望感に何度も襲われながら、日々を過ごしているというのが実情なのです。社会の中にしかるべき位置がないということは、それほどまでに本人を追いつめられた気分にさせるものです。」（34頁）

　このいたたまれない自己に対する自責の念が、いわゆる精神病の症状をともないながらも、精神病の症状とは異なる点であると斉藤は見ている。つまり、ひきこもりの当事者達には判断力が正常に保たれていて、葛藤の内容も「うつ病」の場合は、「何もかも手遅れで、取り返しがつかない」と考えているのに、ひきこもりの場合は「一日も早く、何としてでもやり直したい」ということが多いという。しかし、あまりにも余裕がないので、こうした考えが希望に結びつかず、焦燥感や絶望感にしかつながらない、という不幸をかかえることになっている、というのだ。

「ひきこもりが、さまざまな意味でわが国のもっとも平均的な家庭にみられるという事実は、この問題が現代日本の社会病理と深い関わりを持つことの傍証でもあるでしょう。おそらくそれは『青少年の無気力化』といった、一種素朴な問題意識では掬い取れない病理性ではないかという、漠然とした予感もあります。」（57頁）

　斉藤は「社会的ひきこもり」をこのように捉えることで、それが個人の問題ではなく、病理システムとして、家族及び社会も含めた病理であることの傍証としている。その上で、「心因」ということについて、次のように述べている。

「ある種の心因性の疾患は、その心因となる体験の後、何年間も症状が持続します。しかしそれらは多くの場合、体験と症状のつながりが、はっきりとは意識されていない場合が多いのです。記憶の底に封じ込めてしまったはずの辛い体験が、無意識を通じて症状をひきおこすというのが、さまざまな神経症のパターンです。これに対してひきこもりの事例では、きっかけとなった体験に関する記憶が、鮮明に保たれていることがほとんどです。」（60頁）

　この点については、あとで、さまざまな精神疾患についての比較がなされているのでそれにゆだねるとして、最後に、悪循環のシステムについて紹介しておこう。

「ひきこもりが、単一の心因にもとづいて起こる障害ではないためでしょう。それは原因において複合的であると同時に、外傷が外傷を生み出していくような、一つの悪循環のシステムであろうと考えられます。たしかに、発端は成績の低下、友人との不和、いじめらた体験などにあるでしょう。しかし、このためにひとたびひきこもってしまうと、対人関係によって補われるはずの治癒の機会が奪かれてしまいます。そう、外傷やストレスは他人から与えられるものですが、同時に、他人からの援助なくして、外傷からの回復もありえないのです。ひきこもりの自然治癒が難しいのも、他人との有意義な接点がないことが原因の一つと考えられます。」（60～1頁）

　斉藤によれば、ひきこもってしまうこと自体が、外傷にひとしい影響を持ってしまっていて、そこにとどまり続ける限り、外傷を受けつづけてしまう、という悪循環に入り込むことになる、というのだ。

4）さまざまな精神疾患

　斉藤は、さまざまな精神疾患に伴うひきこもりを考察するにあたり、精神障害についての分類を行っている。

「精神科の病気は、その原因によって三つに分けられます。すなわち、『心因性』『内因性』『外因性』というものです。
　『心因性』の疾患は、さまざまな心の問題が原因となって引き起こされます。ショックやストレス、あるいは子どものころの心の傷などから起こる病気です。したがって脳の機能そのものには異常がみられず、検査によって診断することが出来ません。『神経症』や『ヒステリー』『人格障害』などは心因性の疾患です。
　『内因性』の疾患は、おそらく脳の機能の何らかの異常が原因となって引き起こされると考えられます。しかしその機能の異常は、やはり検査ではみつけることができません。いわゆる『精神病』、すなわち、スキゾフレニア（統合失調症）やそううつ病は、内因性の疾患です。
　『外因性』の疾患は、器質性疾患ともいわれます。脳神経系の実質的な異常があり、それが脳の機能に障害をもたらし、それによって起こる疾患です。これらは脳のCTスキャンやMRI、脳波などの検査によって診断できます。てんかん精神発達遅滞、自閉症などは外因性の疾患とされています。
　『社会的ひきこもり』は、以上の分類を用いるなら、心因性の疾患ということになります。」（63～4頁）

　斉藤はこのように分類したあと、ひきこもりをもたらす精神障害をとりあげ、社会的ひきこもりとの違いを論じている。とりあげられた病名は、スキゾフレニア（統合失調症）、ステューデント・アパシー、回避性人格障害、境界性人格障害、思春期妄想症、うつ病、分裂病質人格障害、循環性気分障害、であるが、ここでは専門的になるので紹介はひかえておこう。

5）社会的ひきこもりは病気か

　斉藤は、社会的ひきこもり自体を「病的である」ときめつける点については慎重であるが、ひきこもりの長期化がもたらすさまざまな病理に対しては、対処法を講じて、診断と治療のシステム整備を並行してすすめていく必要を認めている。そのため、これを「従来の精神医学の中に位置づける」試みをしている。
　といっても、この試みは、1992年に行われた精神科医へのアンケート調査によるもので、斉藤自身の考え方の傍証とされている。それを要約すると次のようになる。
　診断分類については、従来の分類では不十分だとする見解が多く、また治療の必要を認める回答も多かった。さらに、社会復帰への見通しについても、さまざまなサポートの必要性が出されている。あとひきこもりの国際比較がなされているが、存在様式のちかいがあるようだ。

6）ひきこもりシステム

　社会的ひきこもりがなぜ起こるのか、そのメカニズムの考察に移るにあたり、斉藤は「無気力」の考察から始めている。というのも、ひきこもりを無気力と見る見方が一般的だが、斉藤はそうは見ず、無為ではあっても無気力ではないとみなしているからだ。
　他の精神疾患でも、病気が逆行して無気力になる、という事例はあまりなく、あるとすれば、長期間の入院や薬物の作用による人工的な産物ではないかと斉藤は述べている。ひここもりは、やっても無駄だから、ではなく、動いた方がよいに決まっているからこそ身動きがとれない、という状態だから、無気力と表現できないのだ。
　次に個人の病理と捉える考え方の検討に移っている。斉藤自身もひきこもりを心因症と考えているわけだから、個人の病理と捉えると、心の傷についての精神分析による治療という方法が出てくるが、しかし、斉藤は次のように述べて、精神分析には手に負えないことを明らかにしている。

「治療意欲の不安定な社会的ひきこもり事例に対して、精神分析を行うことは困難であるからです。また社会的ひきこもりの問題は、個人の病理を分析する立場からは、その全体像を理解することが難しい。そこには家族や社会の病理が深く巻き込まれており、基本的に個人を対象とする精神分析が、このような病理を扱いきれないのは当然のことです。
　ひきこもり問題の特異性を個人の病理として捉えようとする限り、その理解と対策は、ごく表面的なものに終わってしまうでしょう。……ひきこもり問題は、たとえそのはじまりが個人の病理にあったとしても、経過とともに必ず家族を巻き込んでいきます。これによって事態はいっそうこじれ、病理性が深まります。それだけではありません。そこにはさらにわが国の社会的な病理性が反映されることになります。」（96頁）

　このように考える斉藤は、「いかに本人を治療するか」ということよりも、「いかに有効に治療的介入を行うか」という点に比重をかけて対策をとる必要があると述べている。
　ひきこもりが個人の病理ではないとすれば、それは一体何なのか、斉藤はこれを「対人関係における悪循環」ととらえ、これを「ひきこもりシステム」として解明しようとしている。
　先にも指摘されているように、ひきこもりには、ひきこもること自体が外傷を与えつづけて、ひきこもりを安定化させていく、という悪循環がみられる。これを対人関係という視点からみると、「(1)個人、(2)家族、(3)社会」という三つの領域での悪循環が起きていることになる。

「ひきこもりの事例の場合、この『個人と家族』『個人と社会』などの回路が、完全に塞がれてしまっていることが多いのです。したがって、さしあたっては家族の協力が頼みの綱なのです。実際、家族の理解ある対応によって立ち直る事例も数多くあります。しかしほとんどの場合には、家族との間にも悪循環がありますから、事態はいっそうこじれてしまいます。
　困ったことに、こうした悪循環は、まるで一つの独立したシステムのように、こじれればこじれるほど安定してしまいます。そしてひとたび、安定したシステムとして作動をはじめると、少しばかりの治療努力では、こうした悪循環を止めることが難しくなるのです。
　私はこの悪循環を『ひきこもりシステム』と仮に名付け、このシステムをいかに解消するか、それを治療上の基本方針としています。」（99頁）

　このように、社会的ひきこもりを「ひきこもりシステム」と捉える斉藤の考えは極めて示唆に富んでいる。そして、このように捉えることで、斉藤が本人の治療というより、治療的介入という考えを持ち出してくる意味もよくわかる。というのは、ひきこもりシステムを解消するには、当事者と家族、及び、社会の関係を変えていく、という課題がたちあらわれるからだ。

7）システムの解消

　ひきこもりシステムを明確にするために、斉藤は、「健常なシステム」をモデル化し、図に描いている。それは、個人、家族、社会という三つの円が、一点で接点をもっているもので、この接点とは、コミュニケーションがある、という意味だ。これに対して「ひこもこりシステム」は、接点がなくなり、三つの円はそれぞれ接点をもつことなく、コミュニケーションがもてない状態だ。
　このように図式化すると、「ひきこもりシステム」の解消は、三つの円が接点をもつ「健常なシステム」を実現することであり、具体的には本人と家族、及び、社会との間のコミュニケーションを回復することだ、ということになる。ところで、この場合のコミュニケーションは、単に話し合いをしている、ということではない。相互的な理解がなされる状態があるかどうかが肝心なのだ。
　斉藤は、社会的ひきこもりのひきこもり状態は、アルコール中毒などの嗜癖と似ているとし、アルコール中毒の治療の例をあげて、次のように述べている。

「こうした悪循環をとどめるのが、通常であれば家族や他人との関わりなのです。現代ではアルコール依存症などの嗜癖患者が、自分の力だけで立ち直ろうとする努力は、ほとんど無意味とされています。それは『自分の靴紐を引っ張って自分の体を持ち上げようとする』努力にたとえられます（G・ベイトソン）。嗜癖患者の治療には、家族の指導と自助グループへの参加という組み合わせがもっとも一般的なコースになりつつあります。つまり、家族や他人との関わりです。悪循環の源が自分自身にあるのなら、他人の介入を受入れつつ『治療』を進めることが、どうしても必要であること。この『常識』は、社会的ひきこもり事例の治療にも当てはめることができるでしょう。彼らがひきこもり状態を抜け出せないのは、まず第一に、こうした『他人からの介入』を何よりも嫌うためでもあります。逆にいえば、他人との関わりを受入れる決意を十分にかためた事例は、ほぼ例外なく社会復帰が可能になるのです。この臨床的事実からも、この問題が個人病理の視点からだけでは到底対応しきれないことがわかります。」（103～4頁）

　三つの円が接点をもたないひきこもりシステムの解消は、まず本人との間の接点をつくるよう努力することであり、これは当然本人にとっては「他人からの介入」ということになる。そして、この「他人からの介入」を本人が受入れることを決意するなら、事実上、円と円との間の接点が出来たことになる。そこで問われるのは、コミュニケーションの質である。

「家族からの一方的な刺激は、それが一方的であるがゆえに、コミュニケーションとしては成立していません。家族の言葉はまったく本人には届かず、ただ家族の不安や不満、焦燥感だけが本人を窮地へと追いつめていくのです。
　ひきこもりという行動にも、なんらかのメッセージがこめられていることは明らかです。早い段階で、そのメッセージをしっかり受け取ることができれば、それだけで改善に向かうこともあり得ます。また長期化した場合でも、本人の気持ちを共感とともに理解することができれば、こうした悪循環は防ぎ得たでしょう。メッセージを受け取ること、共感とともに理解すること、これらのことは、家族間に深いコミュニケーションがあって、はじめて可能になるのです。そして、こうした深いコミュニケーションだけが、家族間の悪循環をとどめる力を持っているのです。」（105～6頁）

　家族との間のコミュニケーションが回復したとして、あと残るのは、社会とのコミュニケーションの問題である。

8）家族システムと社会システム

　ひきこもっている本人と家族との間のコミュニケーションの再生、という問題は、実際上は非常に困難であるが、問題自体はわかりやすい。これに対して、家族と社会のコミュニケーション、ということで斉藤はどのような事態を想定しているのだろうか。これは単に家族が社会の一員として、社会参加している、ということではない。

「私が三つのシステム間の乖離を強調するのは、『ひきこもり』の問題に関して接点が失われている、という意味なのです。そう、表向きはきちんと社会生活を営んでいる家族でも、ことわが子のひきこもり状態については、態度を閉ざしてしまいがちです。つまり世間体を気にして隠そうとしたり、誰にも相談せずに内々に解決してしまおうという姿勢が見られるのです。このような『抱え込み』の姿勢が、思春期問題の解決を著しく遅らせてしまうことは、珍しくありません。そして、私が家族と社会システムの乖離として強調しておきたいのは、まさにこの『抱え込み』の問題にほかならないのです。」（107頁）

　家族がひきこもりを抱え込んでしまうことで、家族は社会生活をしていながら、ひきこもり問題に関しては、社会システムから乖離している、と斉藤は見ている。この家族の抱え込みによる社会システムからの乖離は、家族内でおこっているひきこもり、という悪循環と同じように、家族を社会からひきこもらせてしまうというわけだ。「社会との関わりを欲しつつも、あるいは欲するがゆえに、抱え込まざるをえない」（107～8頁）という事態のなかに、斉藤は現代日本の社会病理を見ているようだ。

9）ひきこもりと社会病理

　そこで、斉藤が何をもって社会病理とみなしているかについて、この本の実践編で書かれている内容を紹介してみよう。
　まず、学校と社会とで、対人関係のありようがかなり異なっている、とし、次のように述べている。

「その違いとは、一言で言うなら、『役割意識の違い』ということになります。『社会人』には、自らのさまざまな可能性を断念して、組織内で期待される一定の役割を引き受けることが義務づけられます。この『断念し、引き受けること』こそ、わが国の教育システムにおいてはけっして学習できない行為なのです。」（205頁）

　斉藤は今日の教育システムの欠陥について、「去勢を否認させる方向に作用」していることと捉えている。つまり、万能であることをあきらめることに逆らうように、子どもたちに「誰もが無限の可能性を秘めている」という幻想を強要している、というのだ。
　そして、そのような教育システムによって押し付けられる「去勢否認の強制」がもたらすものが「システムに従順であっても、システムに真っ向から反対しても、それが同じ結果をもたらす」（209頁）と斉藤はみている。

「去勢否認の誘惑は、それを受入れても拒んでも、その誘惑へと引き寄せられる仕組みになっているのです。あえて言いますが、典型的な偏差値エリートと、一部の『登校拒否』児たちは、不適応のあり方において共通しています。その共通性とは、『価値観の狭さ』と『自己中心性』です。」（209～10頁）

　このように、まず教育システムの問題をとりあげた斉藤は、ひきこもりを去勢否認の犠牲者と捉え、そしてひきこもりの側から、この社会の問題点を見る、という視角から、次のように述べている。

「ひきこもる若者たちの多くは、かって学校で強要された『平等幻想』を呪詛してやみません。ここに彼らの『去勢否認への抵抗』の痕跡を認めることは、さほど難しくないでしょう。ひきこもる若者たちこそは、まさに強制された『強制否認』の犠牲者として、終わらない思春期に呪縛されているのではないか。私にはそのように思えてなりません。
　ここで『ひきこもり』の側から社会をみるなら、私は（『この国』ならぬ）この時代においてはいまだ『自由』が正しく認識されていないのではないか、という実感を持っています。ひきこもり状態とは、一切の社会的束縛を免れているという点からみて、きわめて自由な立場とみることもできます。しかるに、もっとも自由な立場の人間が、もっとも不自由な状況に甘んじている。私はこの一点に、いまだ本来的な意味での『自由』を享受し損ねている、この時代の病理を感じます。『自由であること』それ自体が葛藤の原因となるような時代を『思春期の時代』とかりに呼びうるなら、『社会的ひきこもり』とはまさに、そのような時代を象徴するような病理ではないでしょうか。」（210頁）

　斉藤の社会病理についての捉え方は、単純化すれば、この時代が「思春期の時代」である、というところにあり、自由があることそれ自体が葛藤の原因となる、ということが、その社会病理の実質とされている。これはこれで、社会批評として成立しうる見解であることには間違いないが、しかしひるがえって、このような社会病理の捉え方で、斉藤自身が提起している「ひきこもりシステムの解消」という治療的介入の実践的な指針が導き出せるか、というと極めて疑問である。このような疑問を呈したうえで、ひとまずこの稿を閉じるとしよう。

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Author: admin Published: 2003/10/4 Read 3591 times

社会病理の解決を求めて 第1章

序文

第1章 斉藤環『社会的ひきこもり』に学ぶ