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本論　ライプニッツを旅する　実体論の研究（第2回）

序章　今なぜライプニッツ

1）形而上学

　形而上学という言葉を聞いたことがありますか。わたしなどは、アリストテレスが始めたもので、自然学や論理学といった個別の学が扱えない諸問題を扱う学と教えられました。その名もメタフィジカといってフィジカ（自然学）を越えたものと呼ばれています。

　近代科学やマルクス主義の台頭とともに、形而上学は死んだものとみなされ、わたしたちが若かった時分には、侮蔑用語のひとつで、お前は形而上学者だ、というように言って、その学問が何の役にも立たないものだということの証明をした気分になったものでした。当時は個別の諸学を越える学問などは、存立の余地がないと考えられていたのです。

　でもいま考えてみれば、個別の学問が前提にしている諸問題というものがあって、形而上学はこれの解明を課題としていたのですね。自然科学は引力の法則を適用して、地球上の物体が落下するときのスピードを計算できますが、なぜ万有引力が存在するか、といった問いは立てません。こんなことを考えることは科学の課題ではないと考えられていたのです。

　形而上学は哲学の一分野ですが、わたしは20世紀の哲学者たちが、形而上学者を自称して自らの哲学を構築したという例を知りません。実存主義とか構造主義とかが、人間や社会について考察していますが、自らを形而上学と位置づけているわけではありません。多分形而上学という言葉の本来の意味はメタ自然学という意味なのでしょう。そして今日の自然科学は途方もなく専門化していて、哲学者が口を挟めるようなものではなくなっています。この意味でメタフィジカは存立の余地がなくなっているのでしょう。

2）ライプニッツとの出会い

　ところが先日必要に迫られてライプニッツの『形而上学叙説』（岩波文庫）を読む機会がありました。そして、形而上学も捨てたものではないと感じたのです。わたしは90年代初めに、マルクスの価値形態論を応用すれば、言語や社会や宗教といった、従来の社会科学では解明しつくせてはいない諸問題を解明できると考えて、これに文化知と名づけ、この知の定式化をめざしていろいろと努力をしていきました。然し15年近くなってもまだ決め手をつかめないままでした。関係というものを把握することが課題なのですが、関係の一般理論を構築する手がかりを得られなかったのです。でもライプニッツにはその手がかりが潜んでいたのです。

　周知のように、ライプニッツは万能の天才であらゆる学問を究めていました。そして彼の形而上学は、わたしの見るところ、メタ自然学とメタ論理学にとどまらず、メタ社会学やメタ心理学としての意義を持っていたのです。というのも、その中心にメタ関係学がおかれていたからでした。

3）実体

　実体という言葉は日常用語では、個物に含まれているある変わらないもの、といった意味ですが、この言葉はもともとは形而上学上の概念としてアリストテレスによって導入されたものでした。哲学者によって様々ですが、個物の背景にあるそれを成り立たせている何か恒常的で普遍的なものという考えでは一致していて、それが何かということになるとみな違うのです。スピノザが実体として認められるのは神だけだ、と考えて、実体を神にだけに求めたのは有名な話です。

　ヘーゲルはスピノザの実体を主体として捉えて、スピノザが神と捉えたものを人間の精神活動と捉え返して『精神現象学』を書いたといわれています。ヘーゲルにあっては、人間の意識はだんだん高まっていって、最後は絶対精神と名づけられた神に到達するのでした。

　ヘーゲル以前の哲学者であったライプニッツはもちろんヘーゲルのことを知る由もありません。しかし、デカルトとスピノザの実体論を批判的に検討することによって打ち立てられたライプニッツの実体論は、ヘーゲルには理解できなかったもののようですが、ヘーゲルとは別の学問的成果を収めています。というのも、ヘーゲルはデカルトの自己意識論を継承していますが、ライプニッツはそれとはまったく逆の自己意識論を提起していたからです。ということで、ライプニッツを旅するにあたり、まずデカルトの地平から出発することにしましょう。ヘーゲルは、デカルト哲学について、一千年の迂回の後に、哲学を新しい土台の上に立てたと評していますが、このことの意味を知ることからはじめなければならないのです。

第1章　デカルトの地平

1）デカルトの平明さ

「同一の問題については、真実な意見は一つしかありえない」

「私は考える、ゆえに私はある」

　デカルトの哲学は、もちろんわかりにくい部分もありますが、全体が平明な言葉で語られており、特にその主要な命題はわかりやすいものです。それはそれまでの哲学に対する次のような批判を提起していることと無縁ではありません。

「哲学については次のことだけいっておこう。それが幾代もの間に現れた、最もすぐれた精神をもつ人々によって研究されてきたにもかかわらず、いまだに、論争の余地のない、したがって疑いを入れる余地のないような事がらが、何一つ哲学には存しないのを見て、私は自分がほかの人々よりうまくやれるなどという自負心をもちえなかったということ。そして同一の問題については、真実な意見は一つしかありえないはずであるのに、事実はまことに多くのちがった意見がおこなわれ、それがそれぞれ学識ある人々によって主張されているのを見て、私は、真実らしくあるにすぎぬ事がらのすべてを、ほとんど偽なるものとみなしたということ。」（『世界の名著』第22巻、中央公論社、169頁）

　デカルトは『世界論』と題する著作で自然学についての新しい知見を述べましたが、それを出版する前に、ガリレオの本がローマ教会によって禁書とされ、拘禁されたということを知って、この本の出版をひかえ、代わりに自伝的な形の『方法序説』を出版しましたが、そこで従来の哲学について、このように評しているのです。

　ここで述べられている命題は「同一の問題については、真実な意見は一つしかありえない」というもので、数学や自然科学ではおなじみのものです。デカルトはこの基準を哲学に持ち込むことによって従来の哲学を批判しましたが、しかし哲学を無用なものとして否定したのではなく、他の諸学が哲学から原理を借りてこざるを得ないことについては認めていました。そこで書物の学問を捨てて、世間自身を書物とし、ある日「自分自身をも研究しよう」という見地に立ち、そして、「全ては疑いうる」という、後に『省察』で詳しく展開されることになる懐疑の方法でもって、確実なものを捜し求め、ついに「私は考える、ゆえに私はある」（188頁）という有名なテーゼに到達したのでした。

　同じ問題についてはひとつの意見しかありえないという考えがわかりやすい、という理由は、この前提の上に立つ自然科学と技術の発展がすさまじく、現代社会の誰もがその恩恵から逃れられないという現実に根ざしたもののようですが、しかし、デカルトのこの解が、一義的かどうかはわからない、と思われます。それでデカルトのこの解を疑うことからはじめましょう。その前にはデカルトを正確に理解しておくことが問われます。

2）デカルトの方法

　先の『方法序説』では、自らが採用している方法について、次の四つの規則を挙げています。

　「第一は、私が明証的に真であると認めたうえでなくてはいかなるものをも真として受け入れないこと。いいかえれば、注意深く速断と偏見とを避けること。そして、私がそれを疑ういかなる理由ももたないほど、明晰にかつ判明に、私の精神に現れるもの以外の何ものをも、私の判断のうちにとり入れないこと。

　第二、私が吟味する問題のおのおのを、できるかぎり多くの、しかもその問題を最もよく解くために必要なだけの数の、小部分に分かつこと。

　第三、私の思想を順序に従って導くこと。最も単純で最も認識しやすいものからはじめて、少しずつ、いわば階段を踏んで、最も複雑なものの認識にまでのぼってゆき、かつ自然のままでは前後の順序をもたぬものの間にさえも順序を想定して進むこと。

　最後には、何ものも見落とすことがなかったと確信しうるほどに、完全な枚挙と、全体にわたる通覧とを、あらゆる場合に行うこと。」（177頁）

　これはいわゆる科学の方法といわれるものの原初的なものです。対象について分析して、分割できないところまで進み、そしてそこから反転して、だんだんと複雑なものを組み立てていく。その際速断と偏見を避けることが不可欠です。

3）デカルトの神

　デカルトは「私が考える、ゆえに私はある」という自ら打ち立てた哲学の原理の上に諸学を構想しようとしているのですが、その際に実体についてどう考えるかという問題に突き当たります。

「私は一つの実体であって、その本質あるいは本性はただ、考えるということ以外の何ものでもなく、存在するためになんらの場所をも要せず、いかなる物質的なものにも依存しない、ということ。したがって、この『私』というもの、すなわち、私をして私たらしめるところの『精神』は、物体から全然分かたれているものであり、さらにまた、精神は物体よりも認識しやすいものであり、たとえ物体が存在せぬとしても、精神は、それがあるところのものであることをやめないであろう、ということ。」（188―189頁）

　このようにデカルトは私という存在の実体を、考えるということに求め、それを精神と規定しました。デカルトの精神は物体（身体）から完全に切り離されたものとして捉えられていますが、次にはこの精神について考察することを迫られます。そこでデカルトは、疑う私は完全な精神ではないというように問題を立てて次のように述べています。

「私が疑っているということ、したがって私の存在はあらゆる点で完全なのではないということ〔というのは、疑うよりも認識することのほうが、より大なる完全性であることを、私は明晰に見るから〕を反省し、私は私自身より完全な何ものかを考えることをいったいどこから学んだのであるか、を探求することに向かった。そして私は、それが、現実に私より完全であるところのなんらかの存在者から、でなければならぬということを明証的に知った。」（189頁）

　このようにデカルトは、私という精神の持つ不完全さ、ここから完全なものとしての存在者である神の存在を位置づけたのでした。この後デカルトは幾何学の例を引きながら神の存在証明が幾何学的真理と同等だと述べています。その上でこの神の存在証明に納得できない人々は「彼らの精神を、感覚的事物よりうえに高めることがけっしてない」（192頁）ことに求めています。彼らは想像することによってしか考えておらず、感覚で捕らえられる物質的諸物ならこの想像という思考の働きで捉えられるにしても、神や精神の観念は感覚のうちにはないとデカルトは述べています。

　さてデカルトの基本的な考え方を『方法序説』から引用してきましたが、その他の考えについては、より簡潔に纏め上げられている『哲学の原理』によることにしましょう。

4）実体論の展開

　『哲学の原理』にはデカルトが仏訳者にあてた手紙があり、それが序文代わりにされています。そこから内容的には重複しますが、印象的なところを拾っておくことから始めましょう。まず原理の二つの条件についての説明です。

「（哲学は）そのような第一原因の、すなわち原理の、探求ということからはじめなくてはならないこと。これらの原理が二つの条件をそなえなければならないこと。その一つは、それらがきわめて明晰できわめて明証的であって、人間精神がそれらを注意深く考察しようと心がけるかぎり、その真理性を疑いえないほどであるということ。もう一つは、他の事物の認識がそれら原理に依存しており、したがって、原理のほうは他の事物をまたずに知られうるが、逆に、他の事物のほうは原理なくては知られえないということ。つづいて、それら原理から、それに依存する事物の認識を演繹するに努めることになるわけですが、それはこの演繹の全過程のうちに、きわめて明白なもの以外の何ものもない、というふうにすすめられねばならぬこと。」（315―316頁）

　次にこれまでの哲学者たちに対する批判です。これは先の二つの条件と関連しているのですが、デカルトは「彼らがみな、自分たちも完全には知っていない事がらを原理として想定している」（320頁）と述べています。さて、『哲学の原理』の実体論に注目してみましょう。

　デカルトは実体という言葉に「存在するために他のいかなるものをも必要としない、というふうに存在するもの」（354頁）という伝統的な定義を与えています。そうすると神と被造物とでは共に実体という名称をつけても意味が異なってしまうことに注意を促しています。そして、被造物の実体については、物体的実体と精神的実体との二つが認められますが、これらは存在するためには神の協力だけしか必要としない、という意味で共通なものとして考えられています。

　ところが、実体は存在するものであるということだけだから直接気づくわけにはゆかず、属性から判断していくしかないといっています。

　「われわれが実体を容易に認めるのは、それのなんらかの属性からであり、無にはなんの属性も、なんの特性または性質もない、という共通概念によってである。すなわちある属性が現存していると知ることから、われわれは、その属性を帰属させることの出来る、ある存在する事物、すなわち実体もまた、必然的に現存しているにちがいない、と結論するのである。」（354－355頁）

　これも非常に解りやすい説明ですね。ある存在物の属性は様々ですが、それらの属性を知ることで判明するその担い手が実体とされているのです。このように述べたあと、デカルトは実体には主要属性があるとしています。

「確かに実体は、どのような属性からも認識されるが、しかし、おのおのの実体には一つの主要な固有性があって、これが当の実体の本性ならびに本質を構成しており、他の固有性はすべてこれに帰属せしめられるのである。すなわち、長さ･幅･深さにおける延長が、物体的実体の本性を構成し、思惟が、思惟する実体の本性を構成している。」（355頁）

　このようにデカルトは、物体に属する他の全ての属性は、延長を前提とし、延長を持つものの何らかの様態だとし、そして精神の中に見出される他のすべてのものは様々な思惟様態だと考えるのです。その上で、思惟する被造物実体の観念と、物体的実体の観念、さらには神について、明晰判明な観念を持つことが出来ると述べています。さて、次にデカルトによる様態、性質、属性といった言葉の説明を引用しておきましょう。それをみれば、デカルトの世界の大体のイメージが描けるでしょう。

「われわれが『様態』という語で意味するところは、別の個所で『属性』もしくは『性質』という語で意味するところとまったく同じである。しかし、これらによって実体が影響をこうむったり、変化を受けたりすると考えられる場合には、それらは『様態』とよばれ、また、この変化によって実体がしかじかと称せられうると考えられる場合には、それらは『性質』とよばれ、そして最後に、いっそう一般的に、それらがたんに実体に内在するとのみみなされる場合には、それらは『属性』とよばれるのである。したがって、神においてはいかなる変化も考えられないゆえに、われわれは神のなかにはもともと様態や性質はなく、ただ属性があるだけだ、という。そして被造物においても、たとえば、存在し持続する事物における存在や持続のように、それらの事物のなかでけっして多様なあり方をしないものは、性質もしくは様態といわれるべきではなくて、属性といわれるべきなのである。」（356頁）

　デカルトはこの後論理学の内容に立ち入っていますが、この辺で一旦打ち切って、後はデカルトの運動論を紹介しておきましょう。

「ところで、運動〔即ち、場所的運動のことである。というのは、これ以外の運動は私には考えられないし、したがってまた私は、自然のうちにこれ以外の運動を想定すべきであるとも思わないから〕、この運動というのは、通常の意味にとると、『ある物体が一つの場所から他の場所へ移りゆく作用』に他ならない。」（382頁）

　このように、デカルトは、物体の運動を場所的移動のみに限定しています。

　以上で『哲学の原理』は終わりましょう。

第2章　デカルトによる革命とは

デカルトの思想のポイントは、先に見たように、「同一の問題については、真実な意見は一つしかありえない」ということと、「われ思う、ゆえにわれあり」ということにありました。この考えに対しては同時代人からも、反論がありました。例えばヴィーコは次のようにのべています。

「幾何学的方法の力によって引き出された自然学のことがらは単に真らしいだけのことであり、また幾何学から確かに方法は得ているにしても、証明を得ているわけではないのである。われわれが幾何学的ことがらを証明するのは、われわれが（それらを）作っているからである。もしかりに、われわれが自然学的ことがらを証明できるとしたら、われわれは（それらを）作っていることになってしまうであろう。」（『学問の方法』40―41頁）

　またパスカルは「無益にして不確実なるデカルト」などいくつかの箴言を書いています。さらにスピノザにあっては、人間が自己を自由な存在と考えているのは人間の偏見に過ぎない、とみなされています。そしてライプニッツは「(モナド同士の作用を通して)私たちは反省行為にまで高められる。この反省行為が私たちと呼ばれるものについて省察させ、そして私たちの中にこれがあるとかあれがあるとか考慮することについて省察させる。」（『単子論』30節）と述べることによって、デカルトの自我論とは逆の自我論を述べたのでした。

　今日では近代的自我を最初に定式化した哲学者としてあげられているデカルトですが、ジャン＝フランソワ・ルヴェルのように、パスカルのデカルト批判をそのまま採用して『無益にして不確実なデカルト』（未来社、1991）といった本を書く人もいます。ルヴェルによれば、デカルトの哲学は中世のスコラ哲学を継承した内容が多く、同時代の他の人々のほうがずっと開明的だったと述べています。

　実際にニュートンの『プリンキピア』が出ると、デカルト学派も解体して行ったようで余り人気はなかったのです。ところが１９世紀半ばになるとデカルトは再評価されてきます。わたしはこのことの意味を明確にする必要があると思います。デカルトの革命性はこのことと関わっているのです。

　資本主義の発達とともに生み出される近代人の自己意識は文字通り、「われ思うゆえにわれあり」です。だからデカルトの自己意識論は、この近代人の自己意識を先駆的に叙述したのでした。ここにデカルトの革命性があり、またその限りで批判のための重要な対象でもあるのです。

第3章　酒井潔『世界と自我』を読む

はじめに

　ライプニッツには『形而上学叙説』や『単子論』などの著作がありますが、そこで自らの哲学を体系的に説いているわけではありません。これ以外にも膨大な書簡があり、翻訳された著作集は10巻を数えます。したがって今からこの大海を一人で旅するのは無理なので水先案内人を立てることにしましょう。そんなに大勢はいないライプニッツ研究家の中から二人を選びました。一人は酒井潔さんでもう一人は後で取り上げるミッシェル・セールさんです。

1）ライプニッツの「力」の概念

　酒井はまずライプニッツの「力」という概念に注目しています。そしてこの概念について次のように述べています。

「ライプニッツの形而上学が常にそこから出発し、その上に構築され、そしてその体系の究極においてそこへと収斂しているものは『力』という概念である。およそ事物が存在するとはどのようなことか。存在するものをまさに存在せしめているものは何か。これは『実体』の実体性という問題設定である。ライプニッツは、実体が実体として存在しうるのは、それが活動への『力』をもつゆえである、と明確に主張する。･･････『力』によって働くものだけが、分割されえぬ単純実体、つまり『モナド』なのである。自己活動者のモナドのみが形而上学的にみた真の実在である。これに対し、延長だけから成る物体や物質はモナドの総和でしかなく、それ自身『実体』ではありえない。このような実体の根本体制、即ちそれを欠けば実体モナドはもはや実体ではないといわれるようなもの、それが力なのである。」（『世界と自我』創文社、3頁）

　ライプニッツは『形而上学叙説』で、実体を作用するものと捉えていますが、これはもちろん「力」の作用であり、実体モナドが力を持つものとして規定されているのです。ところでこの力について、ライプニッツは、原始的力と派生的力の二つに区分しています。

「『原始的力』なる概念は、ライプニッツ自身の言葉にもあるように、何よりも『形而上学的』な概念である、という点である。これに対して『派生的力』は『力学的』な概念である。『原始的力』は場所的運動などではなく、『実体』をそもそも実体として成り立たしめる基本的な構造というべきであろう。」（8―9頁）

　ここで述べられている「原始的な力」について、酒井はライプニッツから引用した上で次のように説明しています。

「『アリストテレスはこれ（実体形相＝精神）を第一エンテレケイアと呼んでいるが、私はこれを、より明快になると思うので、原始的力と呼ぶことにする。この力はたんなる作用や、或いは可能態の完成だけでなく、さらに根源的活動性というものを含んでいるのである』つまり『力』は、可能態としての能力でもなく、またこの能力を現実態へもとらすべくこれに後から付け加わる作用といったものでもない。『力』とは、自らの本性の内に既にその現実的活動の始源を含むような『原始的力』なのである。この『原始的力』の概念こそ、ライプニッツの思索が、実体の内にその現実的活動への衝動ないし傾向として潜在的に含まれる『力』という見方から、かかる『力』の現実的活動それ自体へ着目する立場へ進んだことを示すものであろう。モナドの実体性は＜力を潜在的に含むこと＞ないし＜能力を含むこと＞よりは、むしろ＜現実的活動そのものとしての力＞、或いはその『根源的活動性』として理解されてくるようになる。」（36―37頁）

　このような原始的力を想定することで、世界において、多が一に集中させられるという形で精神の存在様式があることを記述できるし、また、その精神が、個体としてあることを提示できるというように酒井は考えています。

「『世界』は何よりも実体モナドの共在的秩序なのであり、しかも、モナドのアプリオリな体制は、それ自体多様的で拡散的な世界即ち他のモナドが、各モナドの内に『集中』している、という構造になっている。このように観念の多でなく、まさに実体の多である世界の『集中』として再び精神がみられるとき、精神はもはや『主観』にとどまるものではなく、『個体』として考えられねばならぬ。世界を自らの内に或る一定の仕方で含み、そのことによって世界を代表すること、これが個体の個体たるゆえんであり、また、個体としての精神即ち『自我』の意味である。つまり、モナドの実質は、さしあたり＜世界を認識する主観＞として取り出されるが、しかし『世界』――実体としてのモナドの秩序――の意味と構造を考察したうえで、今度はこの『世界』の方からモナドへの関わりをみるとき、モナドは世界を自らの内にいわば担うことによって、個体としての『自我』という概念に徹底されてくるのである。」（18頁）

　このような世界における精神（実体モナド）の把握から、世界と自我との関係についてのライプニッツ特有の理解がなされることになります。

「ライプニッツにおいて、世界と自我は、空間的場所的な外と内の対立でもなければ、意識の外と内の区別でもなく、かえってこれらの対立や差違の克服としての脱自的な関係において捉えられている。しかも、その関わりは、『世界』と『自我』にとって経験的偶然的な状態ではなく、それによってそもそも『世界』も『自我』もそのようなものとして可能になるための、アプリオリな構造である、といえよう。『自我』というモナドは『主観』の性格を含むことによって『世界』を認識し、これを自らの内に映す者である。」（19頁）

　ここでわたしは酒井が「脱自的な関係」と名づけているものに注目しています。脱自的な関係として捉えられるとき、そこにおける「自」は実は関係の極なのではないでしょうか。自我としてある実体モナドは、他の実体モナドと無数の関係を結ぶことで、一でありながら、脱自的には多としてあり、そしてそこに世界が映し出されることこそ、関係における形態規定の帰結ではないでしょうか。

2）一＝多の脱自的構造

　まえで先走って、一＝多の構造を形態規定の帰結として捉えてみました。酒井が次のように述べるとき、これはまさに形態規定のもたらす構造そのもののように思います。

「ところで、この場合注意する必要があるのは、『一』や『多』の概念がどのような性格を持つかという点である。『一』はいうまでもなくモナドの一性であり、既述のように、数量的な意味ではない。『一』は第一義的には、モナド主観が自らの内に対象の多を統一する働きなのである。……また『多』ということもライプニッツにおいて積極的な意義をもつ。『多』はたんなる数量的論理的な仕方でも、また＜一の否定＞といった消極的な意味でも考えられていない。『多』は個性的な諸実体や諸現象の呈する『多様性』なのである。」（47頁）

　ここで酒井は、多を「個性的な諸実体や諸現象の呈する多様性」と述べていますが、形態規定について考慮すれば、このような解釈とは別の解釈が可能です。つまり、一つの実体モナド（自我）は多くのモナドと関係することで、それぞれの多様な関係において、多様に形態規定され、自我は個人としての人間であるという質を失わないままで、多様な社会的質のそれぞれ多様な化身とされることで、一＝多となっているのです。

「＜一における多の統一＞、＜モナドの自己展開＞としての『知覚』は、＜自発性＞のモチーフにそいつつさらに練磨されて、『表出』という性格を獲得する。『一般的に知覚は一における多の表出である』。」（62頁）

「知覚を感覚に帰着させるロックに対し、ライプニッツでは、知覚はまさに表出でなければならない。ライプニッツにとって知覚とはモナド主観の能動であり、外界から感覚的印象を迎え入れるというような受動的なものではない。しかしロックでは、精神は自発的ではなく、むしろ受容性として性格づけられよう。」(63-64頁)

　多は、他の諸実体の多ではなく、一としてある自我が多様に形態規定されることで、それ自体が持つ多ですから、自我がこの多を知覚するときは、対象を認識する、という構図ではなく、一が多を表出する、という形になります。

「モナドは知覚さるべき内容を先験的に内包しており、外から"対象の印銘"を受け取る必要はない。つまりモナドはそもそも『窓』など要しないのである。だが無窓性の真意はハイデッガーも指摘するようにこれだけにはつきぬ。即ち、モナドには空間的な意味では内も外もないのである。モナド主観の客観への対し方は、部屋の内とそれを取り巻く外界の区別ではない。この意味においてモナド主観は既に世界へ脱自的に出ているということができよう。」(67頁)

　モナドの無窓性とは、関係によって形態規定された一つの単純実体モナド（自我）がそれ自身新しく多様な質の化身とされてしまうのだから、対象が出入りする戸や窓は一切不要であり、外と内の区別もつけられない、ということになるのは当然の帰結です。この事態はまさしく、「宇宙の鏡」とイメージできます。

「この『宇宙の鏡』は、我々が普通"鏡"という言葉から連想するような静的受動的性格のものとは異なる。透明な鏡の前に物を置くと、その物の像が映るというような日常的観念にとどまる限り、ライプニッツの『鏡』概念の正しい理解は不可能である。彼の場合、宇宙を映す鏡は、モナドの自発的活動に他ならない。Spiegelはむしろspiegelnである。鏡が『活ける』とか『永遠な』鏡だと言われるのは、世界を映し出すことがモナドの純粋な自発性の働きであることを示している。また『原理』では＜モナドが活ける鏡であること＞とは、より直裁に、モナドに内的活動がそなわっていることである、と言いかえられている。……この鏡の概念にもまた、知覚や表出の概念ではつくされぬ固有の意味があるはずである。」(72頁)

　この鏡は、後にアダム・スミスが『道徳情操論』で、人間は他人を自分を映す鏡としてもつことではじめて人間となると述べていることと同じものです。この場合、他者が、この関係においては形態規定されて、人類の化身とされていることを理解することが要です。

「かくして、すべてのモナドはこの＜映すと同時に映される＞関連の中へ織り入れられている。モナド間のかかる関係、秩序は各モナドにとって偶然的でなく、必然的でアプリオリな構造である。我々は既に、モナドには空間的な意味での内と外の区別はないことを知っている。しかし、モナドが世界へ脱自的に出ていることは、ただ空間的差違の否定ということだけにはとどまらないのではないか。モナド主観が、他の諸モナド、世界と＜映し･映される＞構造のただ中に、先験的に出ていること、これがモナド主観の脱自性のもつ、より積極的な意味ではないだろうか。」(73頁)

　モナド（関係の極）の脱自性は一つの極である自我が、多様なものの化身とされている、ということを理解することで初めて合理的に説明できるように思われます。脱自とは「自」の外に出るのではなく、「自」自体が他の多様な質を持つこととして理解されるべきでしょう。

3）世界と空間

　世界を構成するものをモナド、つまりは精神として捉えられた人間（自我）と捉えると、その関係は、物を質点に還元してその上に立てられる自然学の世界とは異なる世界となります。

「ライプニッツにおいて、世界を構成する者はモナドである。そして『世界』と呼ばれるものは共在するモナド間の連関や秩序にほかならぬ。だから、もし俗見や感覚的表象に従って、世界を何か拡がっているものとか、或いは様々な物がその中に入っている容れもの、または空間や場所というように解するなら、我々は大きな誤りに陥る。延長的空間が実体として先にあって、しかるのちに、その中に、あたかも箱の中に石が入っているような意味で、事物が含まれているというのではない。世界は空間とは異なるのである。世界は実体モナドの共存する関係または秩序であるのに対し、空間――個々の実体モナドからいわば抽象されてそれだけで自存する空間――とは(実体に対応せぬ)想像的仮象的な現象でしかない。」(89―90頁)

　何が実で何が虚か、という観点から見ると、ライプニッツは丁度ニュートンとは逆になっています。ニュートンが実とみなしたものが、ライプニッツにあっては、「想像的仮象的な現象」という虚的なものなのですね。確かに、人間の精神を実と考えれば、人間を物質の塊と捉えてその運動法則を定式化しても、それは虚の世界の事柄とならざるを得ません。

「『空間』とは何か。或いは『空間』とは何でないか。ライプニッツの議論の骨子は、延長空間を――実体としてであれ、その属性としてであれ――、諸事物から独立自存する実在とみなすことへの批判である。……今結論を先取りすれば、『空間』という語で我々が解すべきものは、むしろ事物の共在の秩序、或いは事物のとる位置の秩序なのである。」(90―91頁)

　ニュートンの絶対空間の定義は「それの本性として、どのような外的事物とも関係なく、常に同じ形状を保ち、不動不変のままのもの」（『世界の名著』26巻、65頁）というものですが、これは現実の世界に存在する物質的なものを思考の抽象作用によって捨象した結果としての残りものですね。そして今度はこの残りものの中に現実に存在している物質的なものを入れていこうとするのですが、これは思考が行うことではあっても、現実の世界がそのように形成されているわけではないし、そのような構造をもっているわけでもありません。ライプニッツはこのことに気付いていたのでしょう。

「モナドに対して、ニュートンの絶対空間は観念性を示すのみであろう。モナド的諸実体とそれら相互の実在的関係の世界は、延長空間の幾何学的な必然性と合理性とによる束縛を拒絶する。現象(物体)の世界と異なり、実体の世界は精神的実在の世界であり、これはまた充足理由律と自由の支配する形而上学の領域である。このように延長ないし絶対空間の実在性を認めぬことにより、ライプニッツは実体の世界を無差別的必然性の枠から解放しようとする。別の言い方をすれば、幾何学的必然性の及ぶ範囲をあくまで物体＝現象の内側に限界づけることによって、ライプニッツは、形而上学の対象としての自由で個体的な実在の領域を確保することができるのである。」(96―97頁)

　ニュートンの自然学は、思惟抽象の世界を開示しました。そしてこの世界において、科学と技術が発達し、近代社会を創出したのでした。ライプニッツによってこの世界が観念的なものだと言われても、今日の人々は理解不能でしょう。というのも、この思惟抽象の元に開かれた世界こそが現実的だと思い込んできたのですから。でもこの思惟抽象の世界で、人々が法則性や必然性の枠に縛られて、本当の意味での自由を獲得しえていないことも事実でした。ひょっとして、資本主義と市場経済の発達によって形成された、経済的服従に基づいた政治的自由という今日の人間の条件の元では、この思惟抽象の世界が現実的だと思われてしまうのでしょう。

「ライプニッツによれば本来『空間』なる術語のもとで考えられるべきものは、そのようにいかなる(現実的な)事物からも切り離されて自存しうるような絶対的な空間ではなく、まさに『諸事物の秩序』なのである。それは、事物を捨象したものではなく、むしろ事物の存在に依存しており、ゆえに『純粋に相対的』なものである。したがって『もし被造物が全く存在しないとすれば、そこには時間も場所もなく、またそれゆえ現実の空間もないことになろう』だからまた、それにもかかわらず我々がこの着想を忘れて、何か独立した実体として空間を表象するなら、そのような"空間"は『観念的』で『抽象的』でしかない。」(105頁)

　確かに思惟抽象の産物である空間は、諸事物から独立自存する実在であるかのようにみえますが、空間を諸事物の秩序としてではなく、そのような独立自存する実在とみなしていることによって、今日の環境破壊も見えなくされてしまっていると思われます。有明海・諫早湾の干拓事業も、もし、単なる空間としてではなく、それを諸事物の秩序として捉える事が出来ていれば、誰が堰を作るという蛮勇を発揮できるでしょうか。

「＜諸事物の秩序＞は事物の現実的存在をまず前提にしてこれから経験的に形成されてくるものではなく、むしろ逆に、事物の現実的存在に先立ち、かかる共在としての存在自体をそもそも可能にするような、そういう諸事物のアプリオリな構造であり、秩序なのである。『世界』(或いは正しい意味で『空間』)とよばれる『秩序』、『関係』とは、実体即ちモナドが予めその内へ織り入れられているような純粋構造を意味するのである。かかる意味において、『関係』(即ち共在の先験的な秩序)は関係の『項』(即ち諸事物、モナド)と同時であるか、或いはこれに先行するといえよう。『関係』ないし『秩序』としての『世界』概念はこのように経験的ではなく、先験的な観念なのである。この点は、ライプニッツの『世界』概念を理解するうえで大へん重要な前提である。」(107頁)

　今日の人々は、思惟抽象によって定立された絶対空間の中に、順次事物を挿入していくと言う思考上の操作を、恰も現実世界の構造であるかのように思い込んでしまいます。しかし、よく考えれば、思惟抽象を働かす以前に世界は既にあり、そして合理的な思惟抽象によって形成された近代の自然科学は、既にある現実世界からすれば、観念の産物です。ということは、形而上学の課題は、思惟抽象によって構成された自然科学の前提条件そのものとしてある現実世界、諸事物の関係としてある秩序について解明することであり、そのような新しい知が求められている、ということになります。

4）関係の極（モナド）をどう捉えるか

　関係自体は超感性的で思考によって捉えられるだけですから、それをどこかの場所に固定は出来ません。しかし、極は自然物に担われていますから、極の存在は特定できます。それが位置にほかなりません。

「モナドは拡がりは持たぬが、『位置』を持つ。『位置』はモナドの存在の仕方を示す重要な概念である。ライプニッツによれば、事物が存在するとは、物体が空間の中に含まれる、或いは空間の中に場所を占めることと同一ではない。むしろ、事物（モナド）は何よりもまず他の事物との関係において存在する、と解するべきである。そして或る事物（A)が他の事物（B)へ何らかの関係を有することが、取りも直さず、事物（A）が事物（B）に対して或る『位置』をとることなのである。……モナドは、つまり、自然学的（原子論的）点としてのアトムでもなく、数学的な点や空間中の点でもない。それは力を内に含んだ自己活動的な点である。……また空間との関わりでいえば、『位置』は空間や場所を前提として決まってくるものではなく、かえって逆に、諸事物が相互にとる位置の秩序のほうがより先なるものであり、これが結果的に我々によっていわゆる延長的空間として受けとられる。）（111―112頁）

　極の担い手の自然物は物体（含む身体）ですが、極の極性は物体ではなく、多様な関係によって形態規定された多様な質の化身です。だから、位置は、酒井が述べているように「数学的な点や空間中の点」ではなく、「自己活動的な点」だということになります。

「このように見ると、『位置』は一方では実体モナドの関係秩序として実体に属す概念でありながら、同時に他方ではまた延長がそこから派生する基礎でもあることがわかる。つまり、『位置』というこの概念は非物体的モナド（実体）と物体的延長（現象）の双方に関わっているといえる。……ライプニッツにおいては、『物体』は分割されるだけの現象として実体の外にいわば放置されるのではなく、『位置』ということを媒介としてやはり何らかの仕方で実体につながっていると見るべきであろう。」（112―113頁）

　自然物が形態規定された多様な質の化身となっていることがわかれば、ここでの酒井の解釈を合理的に受け入れることが出来ます。

「ライプニッツ自らによる『物体』の定義を引いておこう。『物体とは諸実体の総和である。そしてそれは本来的にいえば実体ではない。したがって、物体の中には至る所に、不可分的、不生成的、そして不滅的な、何かしら精神に応ずるようなものをもつ諸実体が存在しているはずである』。物体は実体ではなく、『現象』または『抽象』であると言われるのである。この場合『現象』とは実体に対応する実在的現象ではなく、実体に対応せぬ想像的現象という否定的な意味である。ただし、想像的現象といっても、物体の場合はまったくの仮象であるとはライプニッツは考えていない。物体はそれがそこから合成される単純実体(『真の統一』)に根ざしていて、その限りにおいて或る実体的なところをもつとされるのである。…･･ライプニッツによれば、現象としてでなく、真に実体であり、実在性をもつといえるのは、内に『真の統一』を実現している『モナド』だけである。そしてモナドの＜一において多を統一する＞この自発的活動は精神に対応する性格を持つ。」(114―115頁)

　物体についてのこのような規定は、形而上学としての規定であり自然学での物体の捉え方とは異なる点に注意しておくべきでしょう。

「ライプニッツは、物体＝現象の『連続的な量』に対し、実体には『不連続な量』だけが属すると言う。したがって、モナド世界は、互いに不連続な単純モナドの多から構成されている。モナドのこの『多』とは無限ではあるが、決まった数だけあるといういわゆる実定多であると見てよい。何となれば、もともと『モナド』＝『単純実体』の定義から明らかなように、モナドはもはやそれ以上分割されえず、最初から現実に存在するだけの数のモナドとして一拠に創造されているからである。それゆえかかるモナドの世界の構造を＜整数的な構造＞と言うことができるだろう。つまり、物体が、それ自身どこまで分轄されて行っても決して終わることのないという意味で、不定的な多を含むのに比し、実体モナドの世界においてはあらゆる可能な分割は既に終了していると考えられる。」(118頁)

　続の把握も、自然学で解明できる限界を出たところでの考察がなされています。このような連続についての概念が、数学の新しい展開を可能にしたのでしょうが、専門家ではない私には判明できません。

「世界は、一つ一つの部分が互いに現実的に外的に、つまり整数の場合のように、区別されることができるような、そういう全体である。或いは、相互に非連続的に並ぶ単純実体が、(表出を遂行しながら)あい関係し合うことによって織りなす全体的秩序、これが問われるべき世界の構造なのである。

　これに反し、物体とは、不定的に分かちうる現象的ないし観念的な全体としての連続(体)である。そしてそこにこそ連続の合成のアポリアもひそんでいたのである。」(119頁)

　これは世界を関係の総体と捉え、その多くの関係の多くの極を単純実体と捉えたときの世界像であり、この形而上学的世界は、自然学的物体の世界（関係の極として形態規定を受ける当の自然物）とセットになっているということなのでしょう。ということで、酒井の中間まとめを引用しておきましょう。

「(1)『延長』という、現象にすぎないものを、実体化するような行き方への批判。絶対空間や連続量が延長を本性とする以上、これを実体と呼ぶことはできない。

(2)拡がりではなく、精神的なものだけが、実体性を主張できるものである。

(3)実在的に、より根底的なものは、全体的で一なるもの（全一性）ではなく、むしろ部分としての多である。つまり世界の実在性は個々の単純実体のそれにこそ基づけられる。

(4)一つ一つのモナドはそれ自身完結した個性的存在者であって、不定的に分割される多ではない。世界はこのような自己完結的な単純実体が不連続的に並んでいるという構造である。」(122―123頁)

　私はこれにひとつ付け加えたい。＜「自己完結的な単純実体が不連続的に並んで」いながら、それぞれが関係し合い、お互いに形態規定しあって、一＝多という脱自的な世界が形成される＞と。

5）関係の形而上学

　いよいよ関係の一般理論の素材となるような、ライプニッツの関係の形而上学の検討に入ります。ここでは酒井とともに、もう一人の案内人、ミッシェル・セールにも登場してもらいましょう。酒井は質の連鎖についてライプニッツが述べている事柄について、次のようにコメントしています。

「『こうして自然の存在者の全秩序は必然的にただひとつの連鎖を形成する。この連鎖においては、様々の異なった諸種が、ちょうど同じ数の〔鎖の〕輪のように、互いにつながりあっている。そのため、感覚や想像力にとっては、どこで或る一つの種が始まり、または終わるのかというその点を正確に示すことが、不可能なほどである』……ライプニッツは、量的な意味の連続は、これを現象と見て実体モナドの世界から追放したが、他方、異なった形相をもつ諸モナドの無限の連鎖という、この質的な意味での連続をば積極的に肯定し、モナド世界の構造を示す根本原理として強調するのである、と。換言するなら、ライプニッツにおいて『連続』の概念は、拡がりの連続と不連続、可分的不定多と不可分的定数多というレベルの問題にだけ限定される概念ではない。むしろ、『連続』は、（そのような量的な連続からの或る類比を介しつつ）実体モナド間の連関を根拠づける一層広い実在的概念に移しかえられる。そしてこれにより『連続』はたんに数学的幾何学的のみならず、形而上学的な存在論的な概念としての新しい積極的な内容を含むことになるのである。」(124頁)

　形態規定により、極が多様な質の化身とされる、あるいはモナド同士がお互いに映しあうことで、お互いを関係で表現されている質の化身とさせあっている、というように考えると、この質の連鎖や連続の観念も理解しやすくなります。

「世界の秩序とは、自発的モナドの表出によって形成される多様な関係の全体である。モナドは他のモナドを自らのうちに映し出すが、同時にまた他のモナドのうちにも映されている。かかる映し･映される志向的な関係こそが、どのモナドもその中に織り入れられている世界の秩序として承認されねばならぬものである。これに比し、物体＝現象の秩序は能動･受動という因果関係だが、これは実体＝モナドには適用できない。このことは既に何度も強調したとおりである。『表出』活動を遂行するモナドには内も外もない。モナドはむしろ表出の映し･映される関係の中に、アプリオリに、脱空間的に、それゆえまた脱自的な仕方で出てきている。」（133頁）

　自然学が対象とする世界は、物体＝現象の力学的・化学的因果関係の秩序ですが、これを形而上学的に捉えると、窓のないモナドが無数の関係のなかにお互いに表出しあうという世界が現れてきます。

「『関係』がたんに主観によって構成されたものとしてではなく、実体モナドと少なくとも同等の実在性を主張しうるものとして考えられている点である。」（135頁）

　形而上学によって捉えられたモナドの関係は、単に主観的なものではなくて、実在的なものと考えていくと、つい、人類の認知の歴史において、社会関係についての認知が、極（個人）についての認知より先行していたのではないか、という仮説にたどりつきます。原始人の神とは、人々の社会関係についての認知の産物であり、当時の人々は、極としての個々人が、類の化身とされている、ということについてよくわかっていたのではないでしょうか。もしそうだとすれば、実体モナドの極性が、個体性（身体）の認識に先行していたのであり、それは個体性よりも実在的なものとして認知されていたのではないでしょうか。そしてここから逆に、個体性は類体として認知されていたように思われます。

「『関係』の実在性は、『項』たる物のそれの中へ解消されるようなものではない。『関係』は主観に相対的な像ではなく、実在的なのである。･……かかる関係の実在性にも関連して、ライプニッツはさらに、関係が、項の変化に伴って変化したり消滅するような可変的なものでなく――それは日常の見かけにすぎぬ――、常に不変であることを明確に主張する。」（136―137頁）

　酒井はここで項を身体を持つ個人という意味で捉えていますが、これは同時に関係の極としてあり、そして、この極は類の化身として形態規定されているとすれば、項の変化に伴って変化したりはしない、不変なものだったということになります。

「ライプニッツにおける『関係』概念の固有な性格を明らかにしようとする我々にとって見過ごせぬもう一つの点は、『関係』が多くの異なったレベルの諸関係を含む多重的なものとして考えられていることである。ロックのような立場では、『関係とは、ただ二つの物の間にのみ存する』と説くが、ライプニッツはそうは考えず、多くの事物の間にさまざまな仕方で張り渡され、もって事物が一つの全体にまとめられ統一されうるようなものとして『関係』を捉えている。」(138―139頁)

　ひとつの極が多くの関係を担っている、という多重関係論は、文化の解明にとっての不可欠の方法で、文化知の基本的前提です。

6）予定調和

　多が一に集中される、という点についてはすでに見てきた。ところでミシェル・セールは『ライプニッツのシステム』（朝日出版社、1985）で、酒井とは別の視角から問題を取り上げています。セールの文章は引用しにくいので、この本に収められている論文「数学的な方法で証明された実体間の交通」の要約から始めましょう。

　セールは、ライプニッツの予定調和が、ふたつのモナドが他のモナドと関係を結ぶ際にそれぞれが神との関係というふたつの関係を想定していると見ている。二つのモナドの関係以外にそれぞれが神と関係している、というこの迂回路について、モナドが二つの場合は余分なもののようです。しかしセールはモナドの数が増えると、迂回路のあるほうが、諸関係の数における経済性が数学的に証明されています。

「実体の複数性が与えられるやいなや、この多数性において完全な関係を成り立たせるには、予定〔調和〕説が数的に最も経済的な解決法だということが、結合法によって証明されるのである。」(196頁)

　予定調和については、とっつきにくい考え方ですが、ライプニッツにあっては、迂回によってモナドに映し出される神とはモナドを生成させる力であるわけですから、自然学とは逆の発想が必要だとセールは見ています。

「空間的な観点から見た外観は神による操作という、それ自身延長を持たない操作に基礎を置いている。従って、予定調和を場所およびその場所に固有な線と図式によって説明しなければならないというのは全く逆で、実際には現象的な関係としての場所の方が、諸モナドが予定調和において神と取り結ぶ本質顕在的な関係によって、還元され、説明され、確固とした基盤を与えられているのである。ところで、この関係は、諸モナドが神の内にあるそのあり方が分割することも計測することも不可能な精神的な場所の中にあるごとくなのだから、直接的＝無媒介的であり、共‐現前的である。現象的な空間性の背後では、すなわち複数の引かれた線からなる想像上の図表の背後では、大きさも分割も位置も距離も欠如したところで、つまり、場所というものが無いところで、実在的な本質顕在化の作用が働いているのである。」(202頁)

　セールの考えに触発されて、予定調和を形態規定の働きと捉えると、私にとってライプニッツが非常に身近な存在になってきました。

　セールは、自然学で捉えられる現象を常識とは逆に、想像の領域ととらえ、形而上学で捉えられる予定調和を実在とみなしています。そのことの証明として、ここでは、この実在から現象がどのように導かれるかについて証明しているのです。これはまた、別の形では次のようにも説明されています。

「なぜライプニッツが無差別に神は調和の原因であるといったり、調和は神の発現である、もしくは調和とは神そのものにほかならないとか述べているのかを厳密に説明するものである。両者いずれの場合にも、問題となっているのは長さがゼロの複数の辺－周関係を持った、いたるところに現前する頂点－中心である。同じ思考構造が前者(神)にも後者(調和)にも有効なのだ。こうしてわれわれは、想像の領域から実在の領域へ、空間からその条件へ、幾何学から形而上学へと移行したのである。従って、実在の世界においては、直感することの困難な普遍的交通の図式は、もともと、時間というものがなく、位置もなく大きさがゼロで距離もゼロ、そして分割も不可能という条件でおこなわれる神的な操作＝本質顕現化の作用によってのみ構成されている。」(205－206頁)

　セールはモナドがもつ多様な質を、長さがゼロの辺を持つ多角形のイメージで捉えていますが、そうではなく、ライプニッツの「調和」を形態規定と捉えるともっと解りやすいと思われます。ゼロの辺ではなくてそれはモナドの多重性として捉えられるからです。ところでセールは次のように述べています。

「予定調和は想像の領域における最短距離の解決法であるばかりでなく、また実在性の領域においてそれが最も単純な構成であるというばかりでなく、諸交通路の単純性とは無の交通路のことであるという数学的理由によって、予定調和は根本的な起源と同形であり、神による創造そのものなのである。無からの数学的モデルは、いかなる要素にも基づかない構成である。」(208頁)

　セールはここで、「神による創造」と述べていますが、これを逆転させればどうでしょうか。つまり、人間の社会を神を創造する関係として捉える試みです。もともと原始人が人間を個としてではなく類という関係として捉えてこれを神と見たとすれば、人が神を創造したのです。つまり、人と人との社会関係における形態規定が神を創造したのですが、しかし、人々には、神が世界を創造した、というように逆転してみえるのではないでしょうか。

7）形態規定論へ

　さて、再び酒井の案内に戻りましょう。

「ライプニッツは、自らの『一』において『多』を表出するモナドだけを実体として承認する。モナド――それは他のすべてのモナドを表出し、このことによって他の全てのモナドに関係する――が形成する無限に多様な関係の全体、これが世界である。実体モナドの関係は現象＝物体の場合と異なり、多様である。そして、世界における関係を多様なものとして強調する見方は、『実体』を、延長にではなく、精神的なものの方にこそ認めようとするライプニッツの基本態度に、じつは根差している。」（143頁）

　先ほどの仮説を続けましょう。原始人が個としての極よりも、極が形態規定されて類の化身とされている、という事態をまず認知し、それを神と名づけたとしたら、そして、形態規定が、人の社会関係が創造した神を、逆に神が世界を創造したかのごとき観念を人々に与えるとすれば、哲学史を新たな観点から読み解くことが可能となります。

　古代ギリシャの哲学は、神が創造したとされている世界の諸現象についての認識が自然学として深められるとともに、創造の領域は、神話に代わって形而上学によって解明されるようになりました。中世に入ると神学という形で形而上学の神学への隷属が起きてきますが、近世にあっては、関係の極としてある人間が主体として発見されました。以降は、極の極性は忘却され、もっぱら極を担う自然的質についての研究と、それがもつ対象についての意識のあり方が主要テーマとされたのでした。

　関係の極がもつ極性については、マルクスが『資本論』の価値形態論で解明しましたが、それは誰にも理解されなかったようでした。でも、マルクスの価値形態論を関係の極についての解明と捉えると、関係の形而上学を打ち立てる必要性が出てきます。

「ライプニッツは次のように言う。『これらの表出〔関係〕に共通なことは、表出する側の諸条件をよく考察しさえすれば、それに対応する表出さるべき事物の諸特質の認識に我々は至ることができるということである。したがって、表出するものが表出されたものに似ている必要は明らかになく、〔ただ〕何らかのアナロギアが保たれていれば、それで〔表出関係の成立には〕十分なのである』ここに示されている＜表出するものと表出されるものとは似ている必要はなく、何らかの仕方での対応があればよい＞というライプニッツのテーゼは、けだし非常に重要である。表出の関係において、一方の事物は他の事物と『似ている』つまり類や種を同じくする『類似』という意味で似ているのではない。表出とは、一方と他方の間に『対応』が成立することである。そしてこの場合ライプニッツが『アナロギア』という言葉で意図しているものも、類似ではなく、対応なのである。表出によって成立する関係が類似ではなく、対応であり、対比として考えられねばならないというこの主張は、ライプニッツの思想全体を通して中心的な意味と役割を持ち、以後の諸著作においても繰り返し表明されている。」（145―146頁）

　関係における表出は、ライプニッツなら、モナドは宇宙の鏡であり神の鏡でもあるということですが、形態規定の考えからすれば、モナド同士がお互いに相手を類の化身とさせあうことです。そして、ライプニッツがアナロギアといい対応と考えたのは、関係を成立させている社会的実体としてある同一性のことになります。とすれば形態規定の考え方からすれば、単純モナドは社会的実体の極であり、実体そのものは超感性的で関係のうちで極を類の化身として、ライプニッツ流に言えば、神を表出させる予定調和の働きとして考えていく、ということではないでしょうか。つまりはライプニッツの神とは、モナドを極として成立している社会的実体のことであり、類的存在としての人間社会を形成する力と読むことができるのではないでしょうか。

Date: 2006/4/19
Section: ライプニッツを旅する
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本論 ライプニッツを旅する 実体論の研究（第2回）

本論 ライプニッツを旅する 実体論の研究（第2回）

序章 今なぜライプニッツ

1）形而上学

2）ライプニッツとの出会い

3）実体

第1章 デカルトの地平

1）デカルトの平明さ

2）デカルトの方法

3）デカルトの神

4）実体論の展開

第2章 デカルトによる革命とは

第3章 酒井潔『世界と自我』を読む

はじめに

1）ライプニッツの「力」の概念

2）一＝多の脱自的構造

3）世界と空間

4）関係の極（モナド）をどう捉えるか

5）関係の形而上学

6）予定調和

7）形態規定論へ

本論　ライプニッツを旅する　実体論の研究（第2回）

本論　ライプニッツを旅する　実体論の研究（第2回）

序章　今なぜライプニッツ

第1章　デカルトの地平

第2章　デカルトによる革命とは

第3章　酒井潔『世界と自我』を読む