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哲学の旅第10回　外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読　第3章

序章　研究の視点
　（1）『精神現象学』の位置（2）関係論としての二つの弁証法（3）研究の範囲
第1章　感覚的確信
　（1）意識形態の移行（2）否定弁証法の適用（3）「外の主体の弁証法」の展開
第2章　知覚
　（1）物を主体とした知の構成（2）反照論の展開（3）物と自我の二重性（4）悟性への移行
第3章　力と悟性
　（1）無制約的一般者（2）自我と対象の力による合一（3）物の内面と現象（4）自己意識への移行
終章

第3章　力と悟性

（1）無制約的一般者

　ヘーゲルは力と悟性の章に入って、この無制約的なものと意識との関係について次のように論じている。

「無制約的なものは、いま言った制約された自分だけの有から、自己に帰ってきたものとして、生じてきたのである。これからさき、意識の真の対象となるこの無制約的一般者は、まだ意識の対象としてあるだけであって、意識はまだ概念としてのその対象の概念をつかんだわけではない。両者は本質的には区別さるべきである。意識にとっては、対象は或る他のものへの関係から自分に帰ってきており、そのため自体的には概念となっているけれども、まだ意識が自分自身で概念となっているのではない。だから意識は帰ってきた反対のなかに自分を認めてはいない。われわれにとっては、意識の運動によって、この対象が生成してきたのであるが、そのとき、意識は対象の運動のなかに編みこまれ、反照は両側面で同じものであり、両側面は一つの反照であるにすぎないという形になっている。けれども、意識はこの運動においては、対象的なものをもっているに止まり、意識そのものを、対象の内容としてもっていないから、意識にとって結果は対象的な意味のなかに置かれているはずなのに、意識はまだそこに生成したものから後ずさりしている。そのため、意識にとって実在であるのは、対象的なものとしてそこに生成したものである。」（103頁）

　ここにはヘーゲル自身による、意識論の謎ときがある。感覚的確信から知覚へと高まり、そして、対象を意識の外で構成しようとして対象自体が亡んでしまったことを知った意識は、対象を自分自身でありつつ意識に対する物として、意識を媒介にして自分に反照したものとの統一として、つまりは無制約的に一般的なものと捉えることになる。この対象が無制約的一般者となったときの意識は悟性であるが、この意識はまだ、概念としてのこの対象の概念をつかんではいない。
　そこでヘーゲルは意識の対象としてある無制約的一般者と、概念としてのその対象の概念とを区別している。つまり対象の方は自分自身でありつつ、他のものである意識と関係し、それに反照することでそれ自身概念になっているが、しかし、意識の方は自分自身で概念となっているわけではないのだ。だから、意識に反照して対象のなかに帰っていったもののうちに意識（自分）を認めていない。この無制約的一般者は意識の運動によって生成してきたものなのに、意識は外の主体である対象の運動に編み込まれてしまい、対象と自我との間の反照は両側面で異なったものであるにもかかわらず、ここでは単に対象に帰っていく一つの反照としてしか受けとめられていない。本来反照は自我に帰っていくものでもあるのに、意識はこの運動においては対象を意識しているにとどまり、意識そのものを対象の内に入れてはいないので、意識はそこに生成したものから後ずさりしているのだ。こうして悟性から自己意識への移行が予徴されているのだが、この移行はどのようにしてなされるのだろうか。

（2）自我と対象の力による合一

　とりあえずヘーゲルは、意識がまだ自己意識になってはいない段階では、対象についての意識の経験を「われわれ」が完成させることで意識を自ら概念把握する意識にしようと試みる。

「自立的に措定された素材は、そのまま、それらのものの統一に移行し、この統一は、そのまま、展開に移行する。そして展開はまた還元に帰って行く。だがこの運動こそ力と呼ばれるものである。この力の一方の契機は、つまり、自立的な素材がその存在のなかでひろがることとしての力は、力が外化することである。だが、力は力が消えているときに、自己に押しもどされた力、つまり本来の力である。だが、まず、自己に押しもどされた力は自ら外化せざるをえない。次に力は外化しながらも、自己自身のなかに有る力であると共に、自己自身のなかに在りながら、外化である。このようにわれわれが、両契機をその直接の統一のなかに維持することによって、力の概念をもつ悟性は本来概念なのである。この概念は異なった契機を異なったままにもっている。というのは、それらの契機は、力自身においては、区別されてはいないはずだからである。したがって区別は思想のうちに在るだけである。」（105頁）

　ヘーゲルは物が自分だけで在りながら、意識に対する物との統一としてあることを物が自分自身でありながら意識に反照して自分に帰っていることとして捉え、この反照の運動を力の働きとみている。だからヘーゲルがここで「この運動こそは力と呼ばれるものである」というとき、力の両契機は対象と意識なのだ。対象が意識に働きかける力は力の外化であり、意識に反照されることで対象に押しもどされる力は意識の力であって、これが本来の力である。ところが対象を運動と捉え、これを力として捉えたとき、悟性としてある意識は本来概念となってはいるのだが、しかし、力自身においては、区別はされていない。区別は思想のうちにあるだけなのに、悟性はまだ意識をその対象とはしていないのだ。では意識の運動を力と捉えることはできたが、はたしてそんな力が実在するのだろうか。「力は、もしこのように対立した仕方で現存しないならば、存在しないであろう。だが、力がこのように対立した仕方で、現存するということは、二つの契機がそれ自身同時に自立であるということである。二つの契機がたえず自立して行き、また、廃棄されて行くという運動こそ、考察されねばならないものである。一般的に明らかなことは、この運動が知覚の運動にほかならないこと、この知覚においては知覚するものであると同時に知覚されたものであるという、二つの側面が、まず、真を把捉する働きとして一であり、区別をもたないが、次には、また各々の側面が自己に帰って（反照して）いること、つまり、自分だけであるということである。ここでは両側面は力の契機である。両側面は、一つの統一のうちにあると共に、自分だけで存在する両極に対し媒介として現れるような、この統一であり、いつも両極に分裂して行きながら、そのためにはじめて両極を有らしめるような、この統一である。この運動は、前には、矛盾する概念が自分自身を亡ぼすものとなって現れたが、ここでは対象的な形式をもっており、力の運動である。その結果、無制約的に一般的なものが、非対象的なものとして、物の内なるものとして、出てくるのである。」（106頁）
　このくだりも、従来難解なところとされているが、対象と自我とを合一するものとして力が措定されていると考えると、非常にすっきりと理解できる。二つの契機とされている知覚するものは自我であり、知覚されるものは対象である。そして知覚という働きにおいては、この二つの契機が真を把捉する働きとして合一されていて区別をもたないが、次には二つの契機へと反照していく。こうして対象も自我も自立的なものだということになり、こうなると両側面は力の契機となる。このように考えると、両極を合一する力の弁証法も容易に理解できるし、知覚にあっては亡んでしまった対象としての物も、力が運動できる形式をもつことで無制約的に一般的なものが物の内なるものとして出てこれるようになっている。

「われわれが最初の一般者を、力がまだ自分だけ（自分にとってのもの）になっていないような、悟性の概念として考える限り、その第二の一般者は、いま、それ自体に自分だけで（対自的に）現れるような、力の本質である。或いは逆に、われわれが第一の一般者を、意識に対する一つの現実の対象であるはずの、直接的なものと考えるならば、第二の一般者は、感覚的に対象となる力を否定するものと、規定されていることになる。この第二の一般者は、その真の実在において、悟性の対象としてのみあるような力である。第一の一般者は自己に押しもどされた力、つまり、実体としての力であるが、第二の一般者は物の内面である。概念としての概念と同じものであるような、内面としての、内面である。
　ここにいたって物のこのような真の実在が規定されている姿は、物が意識に対して直接在ることではなく、意識が内面のものに直接関係していることであり、悟性として、二つの力のたわむれを通して、物の真の背景に眺め入ることである。悟性と物の内面という二つの極を結び合わせる媒介は、力の展開された有であり、この有は、これから後は、悟性自身にとり消え去るものである。だから、この有がつまり現象なのである。というのは、それ自身でそのまま非有であるような有は、仮象と呼ばれるからである。だが、それは仮象であるだけでなく、現象、つまり、仮象の全体なのである。全体としてのこの全体、つまり、一般者は、物の内面をなすものであり、その内面は、二つの力のたわむれが自己自身に帰る（反照する）ことである。」（110頁）

　ここの理解も力の両極を自我と対象と措定することにかかっている。力は決して物と物との間や、物と物の内面との間に働いているわけではない。対象から外化された力は自我の意識に反照されて自分自身に押しもどされてくる力へと転化していくが、力の本性が理解されていない限りで、第二の力の方が力の本質になるとヘーゲルは述べている。というのも、最初の対象も概念的な存在ではあるのだが、意識はまだそれをそのようなものとは知らず、直接的なもの、感覚的なものとしか見なしていないわけだから、この外化された力を意識が受けとめて、対象へと押しもどす力にしたとき、意識の方が対象の感覚的な存在を否定している、という限りで押しもどす力の方が本質的なのだ。
　このように対象と自我との間に意識の運動が力のたわむれとして働いているということを認めること、つまりこの意識が力として働いていること自体を対象とするのが悟性であるが、しかし悟性はまだ自覚的にはこの力を意識の力とは見ていず、それゆえに悟性はこれを対象自体の力としてしか捉えることができない。そこで悟性は力を外化して、その力が押しもどされてきている対象に実体としての力を認め、そして、悟性の対象としてのみある力を、物の内面と捉えてしまう。でもこの内面は実は意識の働きによって開示されたものだから、意識がもつ概念と同じものなのだが、まだこのことは悟性には経験できないのだ。

（3）物の内面と現象

　とはいえ、悟性の段階では、物の真の実在は、意識に対して直接対象がある、ということではなく、意識が物の内面と考えるものと関係している、ということになっていて、悟性は、対象と自我との関係において働いている意識という力の対象とのたわむれを、それを自己自身の力とは意識せずに経験するのだ。そこで今度は、両極は悟性と物の内面との間に措定されることになり、この両極で働く力によってつくり出されるものは、悟性にとっては消え去っていくような実在である。この消え去っていくような実在が現象なのだ。といっても個々の消え去っていく実在は仮象とでも言うべきものだが、この力のたわむれが次々につくり出していく仮象の全体が物の内面の現象したものなのだ。ヘーゲルはこのあと、知覚の弁証法についてくり返したのち超感覚的世界を開示している。

「絶対的に一般的なものとしてのこの内面の真理は、一般と個別の対立から純粋になり、悟性にとってのものとなった。この内面の真理のうちで、初めて、現象する世界としての感覚的世界を超えて、これから後、真の世界としての超感覚的世界が開け、消えていく此岸を超えて、永続的な彼岸が開ける。これこそ自体であるが、この自体は、最初の、それゆえそれ自身不完全な理性現象であり、また、真理にその実在を与える純粋の場にすぎない。
　そこで、これから後のわれわれの対象は、物の内面と悟性をその両極とし、現象をその媒語とする推理である。」（111頁）

　悟性が経験した消え去っていくような実在とは、感覚的世界からみてのものだった。消え去っていくような実在は無になったのではない。それは感覚的世界から超感覚的世界へと移っただけである。こうして超感覚的世界における実在をさぐっていかなければならないが、それは物の内面と悟性をその両極とし、その中間に立ちあがる現象の推移をみていくことでなしとげられよう。そこでヘーゲルは、カントの物自体は認識しえない、とするテーゼを念頭において、そのようなテーゼが成立しうる局面について描き出しておきながら、次のように述べている。

「だが内面のもの、すなわち超感覚的彼岸は生じてきたものである。現象に由来するものである。そしてこの現象が、その内面のものを媒介する。言いかえれば、現象こそは内面の本質であり、事実その彼岸を充たすものである。超感覚的なものは、真にある通りに措定されると、感覚的なものであり、知覚されたものである。だが感覚的なものと知覚されたものとの真理は、現象であることである。だから超感覚的なものは現象である、現象としてある。その場合、だから超感覚的なものは感覚的世界であり、言いかえれば、直接的感覚的な確信と知覚とに対してあるような世界である、と考えられるとすれば、この理解はさかしまである。なぜならば、現象が感覚的な知、知覚の世界であるのは、むしろそれが存在するものとして措定されているからではなく、廃棄されたものとして、言いかえれば、真に内面のものとして措定されているからである。超感覚的なものは現象ではない、と言われるのが普通であるが、そのさい、現象という言葉で理解されるのは、現象ではなく、むしろ実在的な現実でさえあるような感覚的世界である。」（112～3頁）

　ここはカントの物自体は認識しえない、というテーゼへの反論となっている。ヘーゲルによれば、物自体とは物の内面のことだが、これは現象してくるものであり、そしてこの現象は実は超感覚的なものなのだ。ところが、この超感覚的な物の内面のものの現象は実在としては、感覚的なものであり、知覚されたものである。だからカントのように、この物の内面から生じた超感覚的なものを、感覚的世界であって、感覚的確信や知覚に対応するものだと考えてしまうと、さかしまな理解に陥いることになる。というのも超感覚的な現象が感覚的な知や知覚の世界にあるのは、それが実在するものとしてではなく、廃棄されたものとして、次々に移りかわっていく物の内面としてあることにもとづいているからだ。
　つまり、カントは超感覚的なものは現象ではない、と考え、物自体をそのようなものとみなして認識しえないと判断したのであるが、この場合の現象とは実は現象のことではなく、実在的な現実としてある感覚的世界のことだったのであり、カントの言う物自体はたしかに超感覚的なものだが、それこそが現象としてたちあらわれて物の内面を開示していく、とみなすべきなのだ。このように考えてヘーゲルは物の内面をなす超感覚的な現象的世界を諸々の法則の国と捉えている。
　カントをひき合いに出してきたので、カントの名誉のために一言しておくならば、カントの物自体論の背後には、超越論的仮象論があり、それによれば、人間が対象を認識しようとするときに、対象に悟性の法則と同じものがあると考えて、悟性の法則を対象の法則とみなして対象を解明していくのだが、対象が法則をもつ、という見方は実は人間の認識に不可避的にまとわりつく仮象なのである。この見地からみれば、ヘーゲルのここでの見解は、けっしてカントの批判に成功しているとはみなせない。

（4）自己意識への移行

　さて、超感覚的世界を法則の国として捉えたヘーゲルは、そのあと自然現象に働いている力と法則について考察しているが、それについてはとりあげない。ヘーゲルは法則と力の考察から無限の概念を導き出し、この無限という絶対概念を生命の単一の本質とみなすことで生命に移行し、自己意識を導き出している。この自己意識についての規定が、カントの超越論的仮象論をのり超える新たな地平としてヘーゲル自身には意識されていたのであろう。それで最後に悟性が経験したものを「われわれ」が見る自己意識論についてみておこう。

「われわれのみるところでは、現象の内面において悟性が経験するのは、力のたわむれであるような現象それ自身ではないにしても、現象それ自身とは別のものではなく、内面の絶対に一般的な諸々の契機とそれらの運動としての力のたわむれとである。そのとき実際には悟性は自分自身を経験するだけである。知覚を超えて高まったとき、意識は、現象という媒語によって、超感覚的なものと推理的に結ばれて、現れる。この媒語を通じて意識はその背景を見るのである。二つの極、一方は純粋の内面、他方はこの純粋の内面を観る内面、この二つはいま一つに合流する。両極が極としては消えているように、両極とは別のものである媒語も、消えている。だから、内面の前にかかっていたこの幕はとり払われ、現に在るのは、内面が内面を見ることとなった。これは区別されていない同名のものを見るのである。この同名のものは、自分自身をつきはなし、区別された内面として措定するけれども、この内面にとってはまた両者が区別されていないことも直接的である。つまりそれは自己意識である。」（128頁）

　ここでヘーゲルが措定している両極は純粋の内面と、これを観る内面とである。これらはもともとは対象と自我という両極から感覚と知覚を通じて派生してきたものである。そして、悟性を力の運動と捉え、物の内面が展開されたものとしての超感覚的な現象を力のたわむれとして描き出すことで、対象と自我とは純粋の内面とこれを観る内面とに転化されたのであった。こうして、これまで駆使されてきたヘーゲルの外の主体の弁証法を意識の弁証法へと転化して行くお膳立てが整えられた。現象という超感覚的なものを媒語として中間に立てることで、対象と自我とは力の働きに媒介されてたわむれ合い、純粋の内面と自我の内面とが両極として成立することになるが、ヘーゲルはこの両極をここで合一してしまう。ヘーゲル流に言うなら、意識は物のうちに自分自身を見ていたのであり、こうして、両極を合一するということは、対象と自我とを意識のうちに意識の契機としてとり込むことを意味している。

Date: 2006/1/5
Section: 外の主体の弁証法「精神現象学」意識論の解読
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哲学の旅第10回 外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読 第3章

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第3章 力と悟性

（1）無制約的一般者

（2）自我と対象の力による合一

（3）物の内面と現象

（4）自己意識への移行

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第3章　力と悟性