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哲学の旅第10回　外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読　序章

序章　研究の視点
　（1）『精神現象学』の位置（2）関係論としての二つの弁証法（3）研究の範囲
第1章　感覚的確信
　（1）意識形態の移行（2）否定弁証法の適用（3）「外の主体の弁証法」の展開
第2章　知覚
　（1）物を主体とした知の構成（2）反照論の展開（3）物と自我の二重性（4）悟性への移行
第3章　力と悟性
　（1）無制約的一般者（2）自我と対象の力による合一（3）物の内面と現象（4）自己意識への移行
終章

序章　研究の視点

（1）『精神現象学』の位置

　従来『精神現象学』は魅力的なものだが、しかし論理の筋をたどろうとすれば、非常に難解だとされてきた。最近になると加藤尚武のように、「深淵のような混乱や動揺を抱えた完成度の低い著作」（『新版ヘーゲル精神現象学入門』有斐閣、13頁）と見る見方が支配的になりつつある。しかし、このような見方は、へーゲルが一元的な方法を採用している、という前提に立つところから生まれるものではなかろうか。
　これまでも、自然的意識としての私の意識と、「われわれ」という二つの意識が登場していることに対して色々と解釈されてきた。いまこの解釈史についてまとめる余裕はないが、一方を経験する意識とし、他方を哲学的意識（知）と見るのが通例だが、このような見方にも疑問がある。
　結論から言えば、ヘーゲルは『精神現象学』の意識論では、意識形態の移行を追及し、その論理を叙述していて、哲学的意識（知）の方にしても、まだ完成された「意識の弁証法」を展開するものとしては登場していない。さらにヘーゲル研究者を惑わせているものは、ヘーゲルがここでは『論理学』に典型的な意識を主体とした「意識の弁証法」は用いず、意識の両極である対象と自我を主体とする「外の主体の弁証法」を用いているという点だ。
　ここで「意識の弁証法」とは別の「外の主体の弁証法」という用語を登場させたので、簡単な説明を与えておこう。もともと弁証法は、「万物は流転する」という場合に典型的にあらわれてくる否定弁証法だった。これは端的に言って「規定は否定である」ということだ。ところがこれでは生成や消滅については叙述できても関係については解明しえない。ところで初期ヘーゲルは、ヘルダーリンの合一思想を摂取し、そこからさらに一歩ふみ出すことで、主体と客体との合一を関係として捉えるようになる。そして『精神現象学』の執筆に先立つ「精神哲学草稿I」（『イエーナ体系構想』法大出版会）で意識を自我と対象との関係とみなす独自の意識論に到達したのだった。この時点で、ヘーゲルは否定弁証法を土台として、関係を解明していく論理を弁証法的に展開していた。
　この過程について簡単にふれておこう。関係の論理の解明という視点は初期ヘーゲルに最初からそなわっていた。宗教をとりあげたのも関係の解明としてであり、「他者のうちに自己をみる」といった観点は早くから表明されていた。しかしこの関係の論理は、単なる否定弁証法では捉えきれず、主体と客体との合一という関係の形成過程にそくして弁証法を展開することをせまられたのだ。そこで合一させる媒介物を愛や生命と捉えていた段階では、この関係を捉える弁証法は、愛や生命として合一されている両極を主体と措定して弁証法を展開していた。合一させる媒介物ではなく、合一させられている両極に主体を見い出して展開される関係の弁証法は明確に後年のヘーゲルの弁証法とは異なっており、こうして初期ヘーゲルが多用している関係の弁証法を「外の主体の弁証法」と規定して、双方の違いを明確にすることが必要となったのだ。
　この初期ヘーゲルの「外の主体の弁証法」とは異なる「意識の弁証法」がそれと意識されて展開されたのが『大論理学』であった。そして注目すべきは、『イエーナ体系構想』で意識による合一を構想したヘーゲルは、まだ「外の主体の弁証法」を多用しており、「意識の弁証法」については未だ展開してはいない、という点である。ヘーゲルはこの時点では独自の意識論には到達したものの、まだ意識の両極である自我と対象とに主体を認める「外の主体の弁証法」を展開しており、意識を主体とする「意識の弁証法」への転換はなしとげられてはいなかったのだ。
　こうして『精神現象学』の、ヘーゲル哲学生成にとっての独自の位置が明らかとなってくる。ここでもヘーゲルは意識形態の発展過程をテーマとしながら、採用されているものは意識の対象を主体とみる「外の主体の弁証法」だった。だから、論理学という意識を主体とした「意識の弁証法」の観点から『精神現象学』の論理をたぐろうとすれば、全く理解不能となり、そこに「混乱や動揺」を見い出すことにしかならないのだ。そして哲学知としての「われわれ」も意識の経験をそれとして叙述しているだけで、「意識の弁証法」自体は展開されてはいない。つまりヘーゲルは『精神現象学』では「外の主体の弁証法」の帰結として「意識の弁証法」を展開する、という当初のもくろみを実現できず、結局は実体としてある意識を主体とみなす、という観点の移動によって学知の形成をあとづけたのだった。

（2）関係論としての二つの弁証法

　「意識の弁証法」と「外の主体の弁証法」という区分について補足的に説明しておこう。ヘーゲル弁証法を批判した文献としては、アドルノの『否定弁証法』（作品社）がある。初期ヘーゲルの「外の主体の弁証法」はアドルノが主張する否定弁証法に近い。しかしアドルノの主張は、意識が対象を捉えて作り出したイメージを、意識のうちにとり込まれてはいない対象のあるものでもって否定していく、ということだから、「意識の弁証法」の批判としては有効であるものの、積極的な論理を提案しえない、という限界をもっている。
　さらにもともと弁証法の論理は否定的であり、この意味では弁証法は否定弁証法として展開される限りで意義をもつものである。だから、ここでは否定弁証法を土台とし、関係を解明していくより発展した弁証法として、「外の主体の弁証法」と「意識の弁証法」という区分をつけたい。
　ところで「外の主体の弁証法」というときの「外の主体」は、レヴィナスから借りて来ているが、その意味はレヴィナスとは正反対である。「外の主体」はレヴィナスの対話の哲学の出発点であり、レヴィナスの場合、「外」とは対話関係にある主体と主体の外、という意味であって、主体と主体との間にある間主体的なものに主体を求めている。これが論理に先立って倫理的関係がある、というレヴィナスの主張のエッセンスである。しかし、ここで「外の主体」というとき、レヴィナスの用法は採用しない。ヘーゲル論理学の「意識の弁証法」が意識を主体としていることに対抗し、意識の外にあって両極をなしている自我と対象（自我、他我、自然）を主体とみる、という意味で用いる。ということで、二つの弁証法について概要を与えておこう。
　「意識の弁証法」とは、ヘーゲルの論理学にまとめられているものであり、自我と対象とを意識の契機とみなし、意識を主体とすることで展開されるものである。他方、「外の主体の弁証法」とは、初期ヘーゲルや『精神現象学』にみられるもので、意識の両極を主体とみなし、意識を両極の契機とみなすことで展開される。
　ヘーゲル弁証法の転倒が、「意識の弁証法」を「外の主体の弁証法」へと主体を転倒することでなしとげられるかどうかについてはいまだ結論づけることはひかえておこう。

（3）研究の範囲

　このような視点から『精神現象学』の意識論をとりあげるが、今回は力と悟性までとし、序論や緒論にも言及しない。「外の主体の弁証法」と「意識の弁証法」とを区別し、感覚から悟性へと移行していく意識の形態の移行の論理が「外の主体の弁証法」であることを示すためには、この範囲で十分だからである。さらにまた、ヘーゲルの論理への批判は一切さしひかえることにする。誤解され続けている『精神現象学』に対してヘーゲルのもともとの意図を示すことが目標だからだ。
　なお、『精神現象学』の訳文は樫山訳：河出書房新社版を採用し、原典のページを示している。

Date: 2006/1/5
Section: 外の主体の弁証法「精神現象学」意識論の解読
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哲学の旅第10回 外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読 序章

哲学の旅第10回 外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読 序章

序章 研究の視点

（1）『精神現象学』の位置

（2）関係論としての二つの弁証法

（3）研究の範囲

哲学の旅第10回　外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読　序章

哲学の旅第10回　外の主体の弁証法『精神現象学』意識論の解読　序章

序章　研究の視点