　1）はじめに
第1章　リベラルな社会と連帯
　2）リベラルな社会の構想　3）フーコー、ハーバーマス批判　4）連帯のイメージ
第2章　世界、真理、言語ゲームの変換
　5）世界と真理の在り方のちがい　6）真理は文の属性　7）ボキャブラリーを変えるための再記述の方法
第3章　言語論
　8）言語は媒体ではない　9）ディヴィドソンの解釈　10）ローティの問の架空性
第4章　文化論
　11）出来事の再記述　12）自己の偶然性

第3章　言語論

8）言語は媒体ではない

　さて、ここからは、ディヴィドソンの言語論を引き合いに出して展開されているローティの言語論の検討に入ります。もともとレヴィナスの言語論にとりかかるための予備作業として位置づけていたのはこの部分です。
　ローティは、ディヴィドソンの言語論の特徴を世界や自己に対して適合か不適合でありうる何かとして言語を考える議論とは完全に断絶しているところに求めています。そして「ディヴィドソンは言語が媒体――再現または表現する媒体――であるという考えと、はっきりと袂を分かっている」（25頁）と述べています。
　ローティはいつものように、言語についての伝統的な考え方と、それにとって代わるもう一つの考え方を紹介するところから始めています。言語を媒介と考える伝統的な考え方については、次のように述べられています。

「媒体によって何を意味しているのかということを、人間の置かれている状況に関する伝統的な描写においては、人間存在がたんなる信念や欲求の網の目ではなく、むしろそのような信念や欲求をもつ存在として描かれていたことに注目することで、説明できる。伝統的な見方によれば、このような信念や欲求をみつめ、そのなかで選択をし、使用し、それを手段として自己表現をする、といったことが自己の中心にすえられている。…かくして私たちがもっているのは、この信念と欲求がなす網の目の、一方の側に自己の本質的な核心があり、もう一方の側に実在があるという描写なのである。」（26頁）

　ローティによれば、これが伝統的な主体－客体の描写とされています。これに対して、新しい考え方は、信念と欲求を構成する媒体として、つまり自己と世界とを媒介する第三の要素として、心や意識の代わりに言語を使う試みでした。しかし、ローティは、この新しい考え方も自己と実在との間にある媒体として言語を捉えている限り、いまだに主体－客体の描写を使用しているとみています。その結果次のような問を残してしまうとローティは述べています。「そのような問とは次のようなものである。『自己と実在のあいだにある媒体は、両者を結んでいるのか、それとも離したままにしているのか』『この媒体は、主として表現の――つまり自己の内奥にある何かを分節化する――媒体とみなされるべきなのか。それとも再現の――つまり自己の外にある何かを示す――媒体とみなされるべきなのか』。観念論的な知識の理論や、想像力をめぐるロマン主義的考え方を記述する際、残念なことに、『意識』のジャーゴンから『言語』のジャーゴンへの転移が簡単に生じることが可能なのである。こうした理論に対する実在論的で道徳主義的な反動を記述する際でも、同じく容易にこの転移が可能なのだ。したっがって、ロマン主義対道徳主義、観念論対実在論といったせめぎあいは、ある特定の言語がある役割――人間という種の本性を適切に表現するという役割か、人間以外の実在の構造を適切に再現するという役割――を果すのに『適切』であるかどうかという問が有意義なのだ、という希望が存在すると考えているかぎり、ずっとつづいてゆくのである。」（27～28頁）
　レトリックの駆使に長けているローティは、従来の哲学的立場を巧みに二項対立の間のせめぎあいとして記述していきます。もう大分ローティと付き合ってきたので、この記述自体にかなり無理があることが理解し易くはなっていますが、しかしいきなりこの記述の問題点を解明していくのではなく、ローティが、二項対立の間のせめぎあい、というように描き出した従来の哲学のなかでの論争点をどのようにして新しいボキャブラリ－に代えようとしているのか、その手際を見てみることを先行させましょう。

9）ディヴィドソンの解釈

　ローティの新しいボキャブラリ－は、この二項対立のせめぎ合いから降りるという意図のもとに組み立てられています。その際ひきあいに出されるのがディヴィドソンで、かれは言語を表現や再現のための媒体とはみていない、というのです。ローティがせめぎ合いから降りるという場合、二項対立の双方がその背後にもっている「自己と実在との両者が本有的特性、つまりそこにあって発見されるのを待っている本性をもっているという考え」（28頁）を無視することによってそうするのであって、言語を媒体とみなさなければ、そうすることができる、というのです。
　ではローティは、ディヴィドソンの言語論をどのように見ているのでしょうか。

「還元主義と拡張主義の両方をさけている点で、ディヴィドソンはヴィトゲンシュタインに似ている。両哲学者とも代置するボキャブラリ－を、ジグソーパズルの小片というより、代わりに取りだした道具のようなものとして論じているのである。そのようなボキャブラリ－をパズルのピ－スとして論ずる場合、どんなボキャブラリーでも他のボキャブラリーに取り替えたり還元したりすることが可能だとか、あるいは、統合された一つの巨大なスーパーボキャブラリーのなかに他のボキャブラリーすべてと一緒に統合することが可能だ、と想定していることになる。」（28頁）

　ディヴィドソンやヴュトゲンシュタインが本当にこのように主張しているかどうか、については別の機会に調べてみることにしましょう。ローティが言いたいのは、還元主義と拡張主義の双方を避けようとするならば「『この言葉を使用することは、あの言葉を使用することを妨げているのではないか』といった問に、自らを限定すべきである。これは、私たちのいだく信念が矛盾しているかどうかについての問ではなく、私たちの使用する道具が役に立つかどうかについての問なのだ。」（29頁）ということでして、この自身の見解のよりどころを二人の先哲に求めているのです。だからここでローティが言語を「道具」だと述べているのは、メタファーであり、それもあとでみるように、ディヴィドソンの「つかのまの理論」を踏まえてのボキャブラリ－を代えていく武器としてのメタファーなのです。

「ボキャブラリ－と道具をアナロジーで結びつける、こうしたヴィトゲンシュタイン的なやり方には、－つの明白な欠点がある。職人は仕事に使う道具を取り出したりつくりだしたりする前に、自分がする必要がある仕事が何であるかを知っているのがふつうである。それとは対照的に、ガリレオ、イュイツ、またはヘ－ゲルといった人（私が用いる広い意味――つまり『事柄を一新する人』という意味――での『詩人』）は、自分がうまくやろうとすることを表す言語を開発する前に、そもそも自分のやりたいと思っていることが正確には何なのか、はっきりさせることができないのがふつうなのだ。彼の新しいボキャブラリーによって初めて、そのこと自体の目的が定式化させられるのである。」（30～31頁）

　ローティは、言語を道具にアナロジーするときの欠陥についてこのように述べていますが、面白いのは引用の後半部分ですね。ボキャブラりーの世界で事柄を一新する人には自分が新しいボキャブラリーを開発している時には、自分が何をやりたいのか正確にはわかっていない、というのです。これは多分、自分自身の気持ちを述べているのでしょうね。
　とまれ、ローティは言語を道具として捉えるメタファーによって、せめぎ合いから降りていくわけですが、その降り方を検討する前に、繰り返しになりますが、ローティの二項対立についての考え方の再記述の部分を引用しておきましょう。

「伝統的な理解では、『私たちが現在使用している言語は正しい言語なのか――それは表現や再現の媒体という役割に適したものなのか』『私たちの言語は、透明なあるいは不透明な媒体なのか』といった問には意味があることが当然視されていた。こうした問は、言語が言語以外のものに立ち向かうような関係、たとえば『世界とぴったりと合う』とか『自己の真の本性に忠実な』といった関係が存在すると想定している。この想定と一緒になっているのが、『私たちの言語』――私たちが現在話している言語、20世紀に住む教養ある人びとに使用可能なボキャブラリ――は何らかの方法によって、一つの個体つまり他の二つの個体――自己と実在――に対して確固たる関係を結ぶ第三者になっているのだ、という想定なのである。以上二つの想定とも、『意味』と呼ばれる言語以外のものが存在し、言語の役割はそれを表現することだという考えと、『事実』と呼ばれる言語以外のものが存在し、言語の役割はそれを再現することだという考えを、いったん私たちが受け容れたなら、まったくもって自然な想定なのだ。この二つの考えとも、媒体としての言語という考え方を奉っているのである。」（31～32頁）

　ここで注目したいのは、ローティが言語のフェティシズムに気付いていることです。ところが、ローティは、言語を媒体として捉えることを、このフェティシズムの原因と捉えています。だから、言語を媒体として捉えているボキャブラリ－の代りに、そうは捉えない新たなボキャブラリーを開発することで問題を解決しようとしているのです。そこでいよいよ、新しいボキャブラリーのもとになるとローティが考えているディヴィドソンの「つかの間の理論」のローティによる紹介をみてみましょう。
　ディヴィドソンは、フィールド言語学者であり、互いに異なった言語の話者たちがどのようにしてお互いに理解していけるのか、ということを研究の対象としています。だから、ディヴィドソンの言語論は身振りといった行動と切りはなされたものではありません。ローティによれば「ディヴィドソンの要点は,『互いの話を理解したいのならば、二人にとって必要なものは、発話と発話のあいだでつかのまの理論を収束させる能力がある。』だけでいい」（34頁）ということになります。この「つかのまの理論」について、ローティは、次のように説明しています。

「『碑文の巧みなる錯乱』という巧みな題をつけられた最近の論文のなかでディヴィドソンは、仲間がさしあたり発しているノイズや書き記しているものに関する『つかのまの理論』と彼が呼ぶものの考え方を発展させることにより、実体としての言語という考え方の土台を堀り崩そうとしている。この理論が、この人の行動全体についてのより大きな『つかのまの理論』――いかなる条件の下で彼女がどのように行動するかに関するー組の推量――の一部をなしていると考えてみよう。この理論は『つかぬまの』ものである。なぜなら、それは、つぶやき、つまずき、言葉の誤用、メタファー、顔面の痙攣、発作、精神病の兆候、とてつもなく愚かな行為や言葉、天才的手腕、等々といったものを考慮して、継続的に修正されていかなければならないからである。」（33頁）

　言語の異なる二人の話者の間の話し合いでは、二人の言葉は、最初はお互いにとってメタファーとしてしか現われてこないが、しかし、お互い推量し合うことによって「つかのまの理論」を収束させ合う、このような言葉を捉えるディヴィドソンの考え方からすれば、言語が世界を映し出す媒体といった考え方は最初から問題にならない、というわけです。

10）ローティの問の架空性

　レトリックの駆使に長けたローティ。その弱点は、まさに彼のレトリック使いという強みのうちに潜んでいるようです。というのも、レトリックの使い手は、しばしば自分のレトリックの説得力に酔ってしまい、現実にはありもしない事象をあるかのように描き出し、これをやっつけることで人に認められたつもりになってしまうからです。だから、ローティの言語論を検討するとすれば、まず彼が現実のものとして描き出しているロマン主義対道徳主義、観念論対実在論、というせめぎ合が、本当にあるのかどうかを調べてみることが必要になってきます。そして、このせめぎ合いが本当なら、これから降りる、というローティの方法にはリアリティがあることになりますが、しかし、せめぎ合いがローティの頭の中にあるだけのものでしたら、それはローティの単に私的な自己創造で、しかも次世代のボキャブラリーとしてはとうてい期待できないもの、ということになってしまうのです。
　そこで、ローティがたてた問を再録してみましょう。

　(1)「自己と実在のあいだにある媒体は、両者を結んでいるのか、それとも離したままにしているのか」

　(2)「この媒体は、主として表現の――つまり自己の内奥にある何かを分節化する――媒体とみなされるべきなのか。それとも再現の――つまり自己にその外にある何かを示す――媒体とみなされるべきなのか。」（27頁）

　レトリック使いのローティは、このように対立関係を描き出し、そして、いずれの問も言語を媒体と捉えているから生じているのだと思い込み、そして言語が媒体であることを否定しているとされるディヴィドソンのフィールド言語学を利用してメタファーを駆使した再記述を試みたのでした。でも私から見れば、ローティの媒体という用語についての考えが到らないものに思われ、そして、ローティがたてた問もいささか悪い意味での形而上学的なものに見えてしまいます。
　言語とは人間の社会関係に他なりません。この人間の社会関係を解明していく方法、あるいは、ローティにならってボキャブラリーと言ってもいいのですが、これはまだ哲学者によっては開発されていません。だから、世界中の哲学者が或る種の解決不能な問を自らに課している、というローティの発想には十分な根拠があります。そして、既成の問を超えたところに新しくボキャブラリーを作り出そうとするローティの試みに共感できる部分もあります。でも既成の問から降りてしまっては、一寸早まることにはならないでしょうか。むしろ、ローティが設定している問をリアリティのある問へと変形していくところにもう一つの道が開けてくるように思われます。
　(1)の問は、自然と人間、あるいは客体と主体という関係においては不可避に生じてくる問です。そして媒体とされている意識なり言語なりのありようは、ローティの言うように、二つの立場から規定されてきたとみてよいでしょう。でもこの第三のもの、媒体が実は人間の社会関係である、ということに注目すれば、媒体とは、実は関係の担い手である、ということになります。そうなると、この媒体は、意識でも言語でもいいのですが、それ自体二重物なのですね。言語は、音響心像としては指示対象と本体とを分離していますが、概念としては、両者を結びつけています。だから言語は、自然物としては分離していながら、超感性的な社会関係としては結びつけているのですね。言語がこのような二重物でないなら、ディヴィドソンの「つかのまの理論」を適用してみたところで話者の間の収束は起こり得ないでしょう。だから、言語に関しては、それが媒介するものを結んでいるか離しているかというように問うこと自体が、架空の問に他ならないことになります。
　(2)の問も人間の社会性を独自の領域として見ようとしていないところに発生する架空の問に他なりません。ローティは、せっかく「人間は言語である」と述べたパースに親近感をもちながら、パースの真意を受け取りそこねているようです。パースが言いたかったことは、人類の人間としての社会性は言語にある、と言いたかったわけで、言語は人間の社会性であると受けとめるべきだったのですね。しかも言語は対象化された意識ですから、先に見た言語の二重性は当然にも主体の内と外との二重性としてもあるわけですね。（パースの人間理解については『世界の名著』48巻166～7頁参照）
　結局、ローティは、言語が媒体であるという考えを、主体と客体との間にある何かしら道具のようなものとしか捉えていず、それが人間の社会関係を担うものとして二重物になっている、ということが解らないのですね。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3403 times

哲学の旅第6回 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を読む 第3章

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