■カント自身の思考方法の転換を、地動説をとなえたコペルニクスになぞらえた。

■『純粋理性批判』第2版序論
　カントの主張、「これまで人はわれわれのすべての認識は対象に従わなければならないと想定した。」
　――「われわれは今度は対象が認識に従わなければならないと想定することによってもっとよく前進しないかどうかを試みよう。」
　「コペルニクスは全星群が観察者の回りを回転すると想定したのでは天体の運動の説明がうまく行かなかったので、観察者を回転させ逆に星を静止させたらもっとうまく行かないかどうか試みたのである。」

■これまでの解釈

　(1)自然科学における実験的方法の哲学への導入
　数学における思考法「何者かを確実にアプリオリに知るためには、われが自己の概念に従って自らその事象の内に置き入れたものから必然的に帰結するもの以外は、何物もその事象に付加してはならない。」
　「置き入れの方法」で、哲学にアプリオリなものを持ち込むことに成功した。（時間、空間）

　(2)岩崎武雄「コペルニクスは天体の見かけ上の運動を地球上の観察者の運動によって説明したのであるが、カントもまた見かけ上、対象のもっている性質を主観の働きによって説明しようとした…。」

　(3)香川豊『カント純粋理性批判の研究』（　九大出版会 1998）
　「カントの形而上学におけるアプリオリな〈置き入れ〉とは、超越論的真理がすべての経験的認識に先行し経験的認識を可能にすることを意味しており、自然に対する普遍的主張というかたちで語られる悟性のアプリオリな行為に基ずく可能的経験一般の形式の先取に基ずいて経験が可能になるということが1ベル＝12的転回というカントの新しい思考法の本質である。」
　「カントは存在者への関わりの本質の解明という存在論の課題を、経験の可能性つまり経験を可能性ならしめる形式的諸制約の解明として遂行する。」
　空間、時間、カテゴリイ、構想力の超越論的綜合、統覚の超越論的統一というアプリオリなあ認識にもとずいて初めて経験的認識があたえられる、ということ。
　「哲学の置き入れの方法の根底には対象の対象性についての公理的　企投が考えられており」

■新しい解釈

　石川文康『カント読本』（法大出版会1989年　）『カント入門』（ちくま新書、1995年）
　従来、アプリオリな認識の保証という面から議論されてきたが「ある種の仮象すなわち純粋理性の仮象を見抜き、その原因をつきとめようとした」ことを軸にすえる。
　コペルニクス的転回、天体の見かけの運動の原因を見破ること、つまり「仮象」をみぬくこと、「だれもが客観的と見なしているものを主観的なものにすぎないと見定めれば、仮象は見破られ、その原因はつきとめられる。」
　空間と時間についての常識的な見方（　客体に属すると言う）をひっくり返した。
　先験的弁証論、アンチノミ－で仮象を批判し、空間、時間が主観にぞくすることを証明している。

■結論
　石川の解釈に立つと『純粋理性批判』がよくわかるようになる。従来、文庫本上巻の先験的分析論がカントの研究者によって中心とみなされてきたが中巻の先験的弁証論を時間、空間を主観のアプリオリな認識の形式とすることの証明と捉えると、カントが理性の法則について先験的＝超越論的上巻で述べた根拠がよくわかる。

2）　超越論的（先験的）仮象の発見

　「超越論的仮象は、仮象がすでに発見され、またその取るに足らないものであることが超越論的批判によって明らかに見抜かれても、それにもかかわらず依然として仮象たることをやめないのである。」（中、15頁）
　「超越論的弁証論において我々が取扱うのは〔人間理性にとって〕自然的な、従ってまた我々にどうしても避けることができないような錯覚である。そして、この錯覚は、もともと主観的原則に基ずくものであるに拘らず、これを客観的原則と擦りかえるのである。」（中、16頁）

＊中世にあっては、経験は錯誤をもたらすもの、とされていた。これとは逆に、カントは経験を通してしか認識はない、という立場。

＊カントと同時代のランベルトの現象論は、現象を仮象と捉えていた。

＊そもそも弁証論（弁証法）は古代ギリシャ哲学にあっても現象の仮象性をあばきだす領域とされていた。

＊カントの仮象論は、私が主張している言語のフェテシズムと－致しており、カントのようにアンチノミ－や物自体論をかざさなくとも、仮象の成立は言語の属性として語ることができる。

3）　純粋理性のアンチノミ－

正命題、「世界は時間的な始まりをもち、また空間的にも限界を有する。」
　反対命題「世界は時間的な始まりをもたないし、また空間的にも限界をもたない、即ち世界は時間的にも空間的にも無限である」

＊正反対の命題が同時に成立してしまうことを証明した。このことは何を意味するか。もし認識が世界の原則に基ずいているとすれば、－義的に決定されるはず。カントは認識が世界の原則にもとずくものではなく、主観的原則にもとずくとすることでアンチノミ－の成立を承認した。

＊ヘ－ゲルによれば、カントは矛盾を世界に認めずに主観のうちに求めた。というのも心は矛盾しても生きていけるが世界が矛盾すれば大変だとカントは考えたのだ、と。

＊カントは矛盾した認識が生まれる原因を関心に求めた。実践的関心、理論的関心、常識。

4）　純粋理性のアンチノミ－の解釈

　「要するにこれらの宇宙論的課題の解決は、もともと経験においては全く不可能なのであるから、諸君にしてもかかる対象がどのような性格をもっているかは不確実であるなどといえるわけがない。この対象はまったく諸君の脳裏にのみ、それいがいのどこにも与えられているわけではないからである。」（中、162頁）
　「空間そのものもまた時間も、それからこの他への形式とともに－切の現象も、それ自体物ではなくてまったく表象にほかならない、つまりこれらのものは、我々の心意識のそとには決して実在し得ないのである。」（169頁）
　「現象が我々の感官と可能的経験とに関係することなくそれ自体実在するということは、物自体を問題にする場合には確かに言い得るであろう。しかしここでは空間および時間は物自体の規定でなくて、我々の感性の規定にすぎない。それだから空間及び時間において存在するところのもの（現象）は、それ自体存在する何かあるもの（超越論的対象）ではなくて、単なる表象にすぎない。」（171頁）
　「こうして宇宙論的理念に存する純粋理性のアンチノミ－は解消する。このアンチノミ－は、仮象に関する弁証的対当に基ずくものであることが証明されたからである。そしてこの仮象は、物自体の条件としてのみ妥当するところの絶対的全体性という理念を現象に適用したために生じたものである。しかし現象は、表象にのみ実在し、また表象が系列をなす場合には維持的背進においてじつざいし、それ以外はどこにも存在しないのである。」（中、182～3頁）

＊人間の理性の制約、超越論的仮象によって、経験していない表示までが、経験にもとずくものであるかのように見える。

＊カントの宇宙論「－切の場所は宇宙のなかにのみあり、従って宇宙そのものは、どこにも存在しないからである。また宇宙が実在する－切のものを包摂しているのなら、宇宙はその限りにおいてほかのどんなものにも似ていないし、また似ていなくもない。宇宙のそとには宇宙と較べられるゆなほかのどんなものも存在していないからである。」（中、179頁）

＊弁証論的対当――相対立する二つの命題が共に偽であり得るような対当。

＊絶対的全体性を理性に求めてしまうが現象にこれをあてはめてはならない。

＊「アンチノミ－から生じた諸命題間の矛盾は、かかる前提に虚偽が含まれていたことを暴露し、これによって我々は感官の対象としての物の真の在りようを発見するにいたっつた次第である。」（中、P183）物自体と現象とを区別し、現象を主観のうちにあるものととらえ、認識できるものはこの現象のみで、物自体は認識しえない、ということ。

5）自然、必然性と自由

＊カントの物自体論への批判は、それが人間論とそて展開されるところから始めた方がわかりよい。とまれ、カントは、超越論的仮象

＊の必然性を明らかにした超越論的弁証論を出発点にして、自然から人間にいたるまで、全ての事柄について体系的に論じることができた。

■数学と力学
　まず世界（現象としての）は量と存在から見られ、数学と力学とのちがいについて、カントは数学の場合には表象の結びつきについて感性的条件しか入ってこないが、力学の場合表象には感性的条件だけでなく、その系列（現象は時間的継続による系列となっている）の外にあるような可想的なものの存在を認めざるをえない。（中、204～5頁）
　「力学的理念は現象の成立条件として、現象の系列のそとにあるような条件――換言すればそれ自身現象でないような条件を承認するところから、数学的アンチノミ－の結果とはまったく異なる結果が生じてくる。」（中、205頁）
　数学的にはアンチノミ－は双方偽となるが、力学の場合若干の是正によって双方とも真となりうる。

■生起するものの二つの原因、自然と自由
　「自然の原因性は、感覚界において或る状態が現制に従って、それよりも前の状態に続いて起きる場合のこれら二っの状態の結合である。」（中、206頁）
　「これに反して私が宇宙論的意味において自由というのは、或る状態をみずから始める能力のことである。したっがて自由の原因性は、自然法則に従ってこの原因性を時間的に規定するような別の原因にはもはや支配されることがない、この意味において自由は純粋な超越論的理念である。」（中、206頁）
　自発性は原因を必要としない。
　「実践的意味における自由とは、意志が感性の衝動による強制にかかわりがないということである。」（中、207頁）
　感性的意志（受動的）、動物的意志（強制）、自由な意志、「人間には感性的衝動の強制とは無関係にみずから自分自身を規定するような能力が本来具わっている。」（中、207頁）

■自然と自由のアンチノミ－、可想的原因
　現象は現象でないような根拠をもたなければならない。可想的（感覚の対象に具わっていて、それ自身は現象ではないもののこと）原因とその原因性とは現象の系列の外にある。
　「しかしその可想的原因から生じた結果は経験的条件の系列のうちにある。従ってかかる結果はその可想的原因に関しては自由であると見なされ得るが、しかしそれと同時に現象に関しては、自然必然性に従って現象から生じた結果と見なされるのである。」（中、210頁）
　「自然のなかに織り合わされている－切の全体的な結合と連関とは、例外なく妥当する法則である。それだからもし我々が現象の実在性を固執しようとするならば（現象を物自体の意味での実在であると見なすならば）自由は必然的に崩壊せざるを得なくなる」（中、210頁）

＊これはひよっとして、すばらしいことを言っているのではないのか。存在と認識の一致が真だとする常識にあっては自由は必然的に崩壊している。

6）人間の概念と物自体としての「私」

＊カントはこれまで述べたことを要約して、たんなる表象としての現象として現象を捉えると、現象の根拠として物自体という超越論的対象が存在することになるが、しかしこの物自体は、現象として人間の意識のうちに現われるという性質の他に、「－種の原因制として、――つまりその結果は現象のうちに見出されるにせよ、それ自身は現象でないような原因性」（中、212頁）を認めてもよいことになる、と述べている。

■「そこで我々は、感覚界の主体即ち感性的主体に、――第一に経験的性格を認めることにしよう、そうするとこの性格によって主体の行為は現象として、恒常不変な自然法則に従って諸他の現象と全般的に関連し、また行為の条件としてのこれらの現象から導来せられうるだろう、従ってまたこれらの現象と結合して自然秩序という唯－の系列の諸項をなすであろう、――また我々は、この同じ主体に可想的性格を認めねばならないだろう、かかる性格によってこの主体は、なるほど現象としてのこれらの行為の原因ではあるが、しかしこの可想的性格自身は現象ではない。すると我々は、第一の経験的せいかくを現象におけるかかる物｛現象としての『私』自体｝の性格と名ずけてもよいであろう。」（中、212頁）
　主体の原因性としての可想的性格は識知されない、これは人間の経験に照らして考えねばならない。CF,『判断力批判』しぜんの合目的性、（合目的性は人間の思考のことだが、あたかも自然もそうであるかの如く考えて、この概念を使う。）
　「可想的存在者は、彼が感覚界において生ぜしめる結果をみずから始めるが、しかしかかる結果を生ぜしめる行為は、彼自身において始まるのではない」（中、214頁）

■「自由と必然とは実に同一の行為について、我々がその行為を可想的原因と比較するか、それとも感性的原因と比較するかに応じて、自由或いは自然という語の完全な意味において、同時にまたいささかも矛盾することなく両立することになろう。」（中、214頁）

7）人間の理性、理性的人間論

■自然法則とは、「生起する一切のものはいずれも原因を有する」（中、214頁）「現象はかかる自然法則によって初めて自然と成りまた経験の対象たりうえる。なおこの法則は悟性の法則である。」（中、215頁））

■「人間は感覚界の現象の一つであり、その限りにおいて自然原因、即ちその原因性が経験的法則にしたがわねばならないところの原因の一つでもある。」（中、218頁）

■「全自然は、感官によってのみ人間に開顕されるが、しかし人間は自分自身を感官によるばかりでなく、また純粋な統覚によっても認識する。しかも感官の印象とは見なし得ないような行為や内的規定において自己を認識するのである。要するに人間は、一方では確かに現象的存在であるが、しかしまた他方では――即ちある種の能力に関しては、まったく可想的な対象である。」（中、218頁）
　「我々はこのような能力を悟性および理性と名ずける、とりわけ理性は、経験的条件を付せられている一切の力から区別される。」理性は理念によって対象を考察し、悟性を理念に従って規定する。（中、218頁）

■「理性は経験的に与えられたところの根拠には一歩もゆずらず、また現象としての物の秩序に従うことを肯んじない。りせいは、全く自発的に理念に従って独自の秩序を形成し、この秩序のなかへ経験的条件を適合せしめるのである。」（中、220頁）
　「我々がこの行為を実践的意味における理性と比較するならば、我々はここに自然秩序とはまったく類を異にする規制と秩序を見出すのである。」（中、222頁）
　「理性自身は現象ではない」（中、224頁）
　「理性はつねに不変である」（中、226頁）

＊このようなカントの展開に、『純粋理性批判』にひきつずき『実践理性批判』が書かれねばならなかった事情をみることができる。

8）カントの人間論

＊カントには『人間論』という別著もあるが、ここでは以上で見てきた『純粋理性批判』の人間概念にしぼって検討する。

■物自体としての人間→現象としての人間の根拠とそては経験的性格をもつ。他方、可想的性格があると考えてみよう。現象にはならないが、何かを生起する力としてある悟性や理性は物自体としての人間がもつ可想的性格である。あるいおは、悟性や理性を物自体としての人間の可想的性格と考えれば、うまく説明できる、というものがカントの人間概念。

■主体と客体との関係を主体における現象とそれ自体は認識しえない物自体、というように、客体の絶対的他者性を認めたカントが、何故、主体としての自己と物自体としてある他人との間に絶対的他者性をみとめることが出来なかったのか。これが根本問題。

＊カントは物自体としての人間の可想的性格を考えて理性の力の根拠としたが、これは結果として、物自体としての人間を理性共通項としてひとくくりにすることになってしまっている。
　もし、カントの超越論的仮象論を私ときみ、という関係に適用するなら、私の主観のうちにある現象としてのきみの概念は、物自体としてのきみから生じているように見えるということになり、理性を共通項としてひとくくりにすることが、自ら打ち立てた超越論的仮象批判の見地を捨ててしまっていることにならないか。

9〉カントからレヴィナスへ

＊レヴィナスは私――きみとの関係において、双方が絶対的他者としてあることを同一性の哲学の批判という見地から証明しようとした。しかし、カントの超越論的仮象論を、私――きみの関係にまで適用すれば、もっとわかりやすく個々人の唯－性について述べることができたのではないか。

10）カントの物自体論

　カントが物自体と現象とを区別したのは、主体と客体との関係において現われる超越論的仮象の必然性を説明するためだった。いま、つぎのような諸関係を想定してみよう。

　(1)主体（人間）と客体（自然）との関係　　　カント
　(2)主体の主観（意識）のうちの表象相互の関係　ヘ－ゲル
　(3)客体（自然）と客体（自然）との関係　　　カント現象論
　(4)主体（人間）と主体（人間）との関係
経済的関係マルクス
イデオロギ－的関係（対話）　レヴィナス

　カントの仮象論を(4)にまで導入すれば、存在と思考との相違が明らかとなり、物自体論は不要となるのではなかろうか。→文化知へ。

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