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『17歳事件の続発について』

2000.5.17　ニュースタート事務局関西　西嶋彰

　3月のニュースタート事務局関西の例会案内では『新潟や京都の事件の連続』に触れた。新潟の少女長期監禁事件、京都の小学生刺殺事件である。『京都の犯人はおとなしそうな顔つきで、つまり普通の青年のようであり、引きこもりの子の親達は却って心配になったのではないか』と話した。5月例会は、愛知の主婦刺殺事件、西日本鉄道のバスジャック事件、さらには電車内で突然金槌で殴りかかった事件などが連発した直後、しかもいずれも犯人が17歳で、近い年齢の子を持つ親達に与えたショックは大きかった。

　一昨年の酒鬼薔薇聖斗事件以来、こうした事件がおきると必ず少年法の問題が持ち出され、同時に精神異常者を野放しにしておいてよいのかと言う問題提起が出てきた。少年法の問題も、異常事件の際に犯人の精神鑑定が行われるのも、いずれも刑事罰を科する責任能力があるのかと言う共通する考え方である。片や適用年齢を引き下げ責任を追及しようとし、片や予防拘禁を強め社会的不適応者にしようとする。いずれにしろ、引きこもりの若者は『犯罪予備軍』として白い眼で見られることになる。京都や新潟、守口市での刺殺事件の後では有名週刊誌に『引きこもること自体が分裂病質を持っている現われなのです』とか『引きこもりが始まったら、とにかく早期に入院措置をとるのが望ましい』という意見が、有識者の意見の引用なのか記者の個人的意見かわからない形で、記事の結論めいた形で掲載されており、引きこもりの問題に関わっている私はショックを受けた。確かに、こうした事件の犯人は、刑事責任を問いうるのかどうかという意味で、異常者である。家族や医療関係者や警察を含め、何らかの予防的な対応ができなかったのかと考える。しかし、私がこうした事件の発生のたびに考えるのは、むしろなぜ彼らの異常な行動が生み出されたのか、いわば加害者の精神史についての疑問とそこに関わってきた家族や学校関係者の対応である。

　大学生の不登校や引きこもりの子の親たちの相談を受けていると、実にさまざまな切っ掛けで、子どもたちは不登校や引きこもりの状態に陥っている。直接的には、教師との衝突、受験の失敗、クラブ活動からの阻害、親の離婚、いじめ、就職試験の失敗、容貌コンプレックスなど、まさに十人十色である。しかし私が引きこもりの子どもたちの特徴を〈真面目でやさしく、周囲の期待に応えようとする努力家である〉と言うと、親達もまた「うちの子はまさにそうだ」とうなづく。つまり、こうした共通の特徴をもつ子どもたちが、さまざまな別の理由で躓いて、引きこもりに陥っているのである。したがって、私は引きこもりは一人一人の病気ではなく、社会因を持った〈社会的な病気〉だと考えている。

　私がこのように言うと、個人の疾病と言う観点を否定して、精神医学やその治療を否定していると短絡的に捕らえる人がいるがそうではない。精神分裂病以外の心因的な症状に対してもさまざまな薬物療法の有効性は認められているし、心理療法の効果もある。しかし、症状を発生させるメカニズムを除かなければ、抗うつ剤や精神安定剤の投与だけでは、治癒は望めないだろうと言うことである。人によっては、薬剤投与で症状を安定させながら自然治癒力に期待するという人がいる。確かに人間の自然治癒力と言うものは偉大なものである。しかし、病気を発生させるメカニズム、ここでは分かりやすくストレスと言っておくが、このストレスを取り除かない限り自然治癒力に期待することも難しい。

　私が見てきた、引きこもりや不登校の事例では、親はまず『学校に行かない』という異常事態だけで『病気』ではないかと思い始めている。もちろん、この段階でお医者さんへ行っても肉体的な異常など見つからない。親にはなぜこの子が学校へ行かないのか分けがわからない。いくら問いただしてもはっきりした答えが返ってこない。目標を持ちなさい、自立しなさい、他人に迷惑をかけないでと矢継ぎ早に責める。問い詰めれば問い詰めるほど子どもはカラに閉じこもり、友達関係も絶ち、家から一歩も出なくなる。この段階で、親は精神科や心療内科での治療を考える。良い先生に出会えれば、引きこもりを正しく捕らえ、家族の対応の仕方や集団療法の紹介などをしてくれる。もちろん、症状により薬物投与も必要かもしれない。しかし、病名をつけることに熱心な先生ほど、本人や家族にその病気の原因や治療法を説明せず、盲目的に薬への依存を押し付ける。引きこもりの社会的背景など考えずに、症状の緩和だけを目指すのだから、本質的な治癒などありえない。やがて、無気力常態化し、自分は精神病患者なのだという絶望感だけが植え付けられる。

　17歳事件に関わらず、思春期から青年期の異常犯罪の裏にはこうして作り上げられた『異常者』が少なからずいると考えている。

　若者の『異常行動』を読み解く鍵は『キレル』という言葉にあると考える。『チョームカツク。キレソー』などという、あの若者言葉である。若者言葉と言っても、キレルというのは神経が切れて爆発しそうと言う意味だから大人にもわかりやすい。若者は日常会話の中でこの「チョーむかつく、キレソー」を連発するけれど、実際にはそれほど切れていないのである。ある意味で、この言葉を発することによって『代償欲求』を満足させているところがあって、カタルシスはそれほど訪れないのである。しかし、実際にはキレナイまでも、若者はこの『キレソー』という感覚をしょっちゅう味わっている。いやみな教師からお説教を食らったとか、親から叱られたとか、仲のよくないグループからしかとされたとか。つまり、ちょっとした不快感、ストレスを感じたときにもキレソーと表現することによって、実際にキレルことを予防しているのである。

　始終、不快感やストレスと向き合っている社会である。経済的な欲求や過労などが主なストレスであった大人たちの生きてきた社会とは違い、人間関係そのものが慢性的なストレスになりキレソーになっている社会である。キレソーになったり、チョーむかつくなどとつぶやくのは、幼児や成年者ではなく反抗期以後の青年である。小学校の高学年から中学生の頃までにたいてい、子どもは反抗期を迎える。反抗期は成長のプロセスで現われてくる自立への一過程、いわば大人への反抗を通じて大人になるための腕試しをしているのである。この反抗と腕試しを通じて、子どもの頃の万能感（自分は何でもできると言うイメージ）から、自分の限界を知り人は成熟していく。キレソーとつぶやいたり、実際にしょっちゅうキレテイル子どもは、手のつけられない悪ガキかもしれないが、ある時期を過ぎると案外物分りの良い大人になってしまう。

　不登校、引きこもりの子の親に聞くと、たいてい『うちの子はおとなしく、素直な子で反抗期なんかなかった』という。なかったのではなくて、反抗期に反抗せずストレスを内向させていたのである。中学、高校と勉学に励んで、大学受験。親や社会の期待に応えようという上昇志向が優先して、反抗するヒマが与えられなかったのである。反抗のエネルギーは、受験競争に勝ち抜くエネルギーに置き換えられてしまったのである。

　体育会系という言葉がある。もちろん文化系の反対を意味する言葉なのだが、いっとき企業が求人に際してこの体育会系をもてはやしたことがある。学生運動華やかななりし頃であるが、若者はエネルギーをもてあましていて、スポーツによってこれを発散する学生は健全で、文化系のサークルに入っているのはエネルギーを持て余すから過激な学生運動に参加している確率が高いという考え方である。なるほどと考えられないでもない論理である。しかし、最近不登校の相談に乗っていると、体育会系のサークルに属している子にも不登校は発生するのである。スポーツで発散するエネルギーと、生物としての成長の中から生まれてくる自立へのエネルギー、つまり反抗のエネルギーは別物のようである。だから、受験競争に勝ち抜くために費やされたかに見える反抗のエネルギーは、実はどこかに形を変え、鬱屈して蓄積されているのであって、それが形を変えて出口を探し始めるのが、不登校や引きこもりではないか。
　良い子として社会や家庭の期待に応えるべく、受験勉強に励み、志望の大学に入ったり、卒業する寸前になって、自分が目指していたものは何だったのか見失ってしまうのである。しかも反抗期の挫折や限界認識を経ていないため、目標のないままに上昇志向に苛まれている。こうした万能感にひきづられた上昇志向は、周囲の人間を馬鹿にしながらも、やがて孤立し、なすすべを失って無力感に転じていく。そして自分自身や親を責めるが、上昇志向から解放されない限り、ひきこもりによる他人の拒絶以外に自己存在を容認していく手段を持たない。不登校や引きこもりに耐えることは閉ざされた円環の中で堂々めぐりの論理を永遠に展開しているようなものであり、無力感、脱力感だけが再生産されていく。他方で生物としてのエネルギーは大量に蓄積される。周囲の適切な対応により、社会的な適応ができていけばエネルギーはやがてバランスするが、拒絶や否定や、無関心の中で孤立すればますます引きこもりは深くなる。子どもの社会的不適応に気づかず、子どもの言い分に盲目的に従ったり、受け入れたりすることも良くない。

　社会的な病気であり、多くの仲間たちが同じ状況で悩んでおり、そこから抜け出している人もいることを知らせて上げねばならない。引きこもりを長期化させ、人間的な交流を閉じたまま、映像やゲーム世界の中の仮想現実になぞらえた欲求充足に浸ることを長期に放置すべきではない。精神的な疾患と決め付けて、薬物治療で押さえ込もうとするのも良くない。押さえ込まれた脱力感や無力感の中で、現実的な人間交流による成熟を拒否したまま、仮想現実の中で再生する万能感は、蓄積された負のエネルギーを爆発させ、白昼夢のような現実の中でキレていく。それが17歳の異常犯罪だと考える。

Date: 2006/1/5
Section: テーマ論文
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