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志願兵と徴兵忌避――20代無職の増加とその背景――

2000.2.23　ニュースタート関西事務局　西嶋彰

　志願兵と徴兵忌避者の心情には共通するものがある。志願兵とはボランティアの古い日本語訳であり、現代における徴兵忌避者とは学校を出ていわゆる社会人年齢になっても定職につかない成人無職者のことである。企業戦士という言葉が流行ったのだから、就職拒否とはまさに徴兵拒否に他ならない。本来、志願兵というのは徴兵されてもいないのに自ら望んで戦場に出向く人のことであり、戦争に刈り出されるのを拒む徴兵拒否者とは　180度違う立場なのだが、現代の企業社会においては、ある意味でどちらも反逆者なのである。もっとも、ボランティアの方は原義としての志願兵が含んでいるはずの義勇兵的熱情を持っているとは限らず、かなり昔の流行だがミリタリールックに憧れるのと同様、ミーハーな擬似志願兵も多いので、多少割引も必要だ。

　1960年以降の高度経済成長期は、日本が戦後復興を経て、世界の経済大国にのし上がるプロセスであった。オイルショックや円高などの山や谷があったが、総じて経済は右肩上がりに推移した。家電やマイカーが普及し、マイホームの夢がサラリーマン企業戦士の尻に鞭を打ち続けた。オリンピックや博覧会などのビッグイベントが続き、新幹線や高速道路、空港やベイエリア開発が行われた。確かに、世界の経済大国といわれるほど、人々の生活に豊かさの実感は伴っていないけれど、それは走りつづけて来たが故のゆとりのなさであって、30年間の経済的発展の恩恵には無縁だと、アリバイを主張できる人は殆どいるまい。それどころか、われわれ大人世代の殆どが経済戦争の成果の分配競争に参戦し、あまつさえ自分たちの子どもたちにもより多い分配を狙えるポジションに引き上げようと、受験戦争に出陣させてきたではないか。いやいや、そのことを以って他人を非難できる人など滅多にいないのだから、恥じ入ることはない。ただ、バブル崩壊から十年、時まさに世紀末年のこの期に至り、未だ千年王国の夢想から醒めず、制度疲労の社会システムの存続を望み、旧体制とも言える経済社会へと若者の徴兵を募るのは勝手としても、徴兵を拒否する若者の心情を理解できないのは些か時代錯誤の誹りを免れまい。

　言うまでもないが、社会主義の試みはことごとく潰え、世界最強の軍事大国が繁栄を誇るグローバル・キャピタリズムに社会正義はない。欧州の大半やこの日本を含め、社会民主主義的政権が市場経済の補完物として分配を調整するのは勝手だが、そもそも生産活動の世界的主流たる株式会社は、土地騰貴や株式市場を巡るカジノ・キャピタリズムに首までつかり、今や企業自らが投機対象となり、賭場の掛札として身を投げ出している。こんなご時世に、〈真面目な〉若者なら株式会社に就職しようとするのだろうか。

　ヤフーという店頭上場の会社の株価が1億円を超えた。設立出資者はもちろん、社員の持ち株も巨額の資産をもたらしたろう。こんな会社の社員はうらやましいが、今更こんな会社が新入社員を募集したからといって就職したいと思うのだろうか。いやいや、現実には就職希望者が殺到するのだろうが、この手の輩は昔も今も相変わらず沢山いて論外である。この手は、真面目に社会参加や社会貢献を考えているのではなく、分配の多寡で行く先を決めるのだから、それこそ日和見の傭兵である。キャピタルゲインを重視するなら、いっそベンチャー創業者になるか、ベンチャーキャピタルになる方が手っ取り早かろう。ナスダック・ジャパンとかマザーズとか言うまでもなく、東証一部であっても今やまともなメーカーやサービス業よりもIT関連の一部業種が平均株価を左右している。まるで、昔の仕手戦のように、上がった下がったと騒いでいるのは実体経済に何の影響もないような透明人間企業である。

　グローバル経済の進展の中で、製造業を中心に生産拠点が海外に移され日本経済の空洞化が進んだ。産業構造の転換の必要性が言われ、アメリカの後追いをしながら、ようやく光明が見えはじめたとされるデジタルエコノミーとはかくのごときものである。株式市場に健全と不健全の区別があるかどうかは知らないが、かつては勝負師といわれる人々が跋扈した株式市場が今や紳士淑女のマネーゲームサロンであり、株価指数の上がり下がりで大銀行の含み資産も大きく収縮する。経済構造は確かに転換するだろうが、これが産業構造の転換につながるのか。おそらく、まるでモナコ公国か香港・マカオのようにカジノと証券市場とホテル業は栄え、製造業は取るに足りない賎業で、逆輸入に頼るか、外国人労働者に任せるような産業構造を目指しているのだろうか。

　株式会社とはことほど左様に、価値の生産主体の座を追われ、ルーレットのチップのように投機家の間でやり取りされる擬制の指標に成り下がった以上、一部の律儀で冴えないものづくり企業や中小企業を除いての話だが、真面目な若者が人生の夢を託そうとするはずなどあるわけがない。おまけに、この風潮を嘆かわしく思う諸君には気の毒だが、誰もがハングリーであったあの頃の日本とは様変わりしてしまって、今や飽食の時代であり、衣も食も住も満ち足りている。若者たちは、携帯電話の通信料を稼ぐためにフリーターをやるのがせいぜいで、三食インスタント食品でもへこたれないのだから、無意味な上昇志向など持つはずがない。いたいけな乳幼児なら折檻死させるひどい親もいるが、高等教育まで受けさせ、体格だけは自分より立派になった若者たちを、さっさと巣立ちさせることもできないで、わが身を小さくしている親ライオン達の恨めしげな表情が滑稽である。

　失業率が記録を更新したとか、有効求人倍率が低率だとか言うが、どうもこういう指標というのは当てにならない。求人倍率とは求職者に対する求人の比率であり、求職自体を放棄している人は分母に入れない。就職率の高さを誇示する大学や専門学校でも多かれ少なかれこの手を使っている。就職できない学生に最後まで就職先を斡旋するより、さっさと就職を諦めさせた方が就職率は高くなる。どうも、最近は国の統計もこの詐術の有効性を活用しているようだ。ただし、20代の無職者など、自ら働くことを拒否しているのだから失業者であるはずもない。詐術でさえないわけだ。少子化で労働力人口が減り、将来のGDPの伸びが心配だ、などとまことしやかに言われるのだが、こうした潜在失業者を労働市場に取り戻すことができれば、十分に需要は賄えるだろう。むしろ、需要創造の方を心配すべきである。

　ついでに、20代無職である現在の自分に自信が持てなくて不安に脅えている君にも言っておく。君が今リクルートスーツに身を包んで株式会社の人事課を訪ねても、足元を見られて買い叩かれるのがオチだ。初任給は20万円程度、社会保険や税金を引かれたら当然20万円は切る。気の利いたアルバイトを探す方が、気楽に稼げるというものだ。普通の会社なら、日本の給与体系の特徴としてのS字給だから30歳くらいまではたいした昇給もない。おまけに差っ引かれる社会保険も、オヤジ世代の年金に回され、君自身の老後の保証はないに等しい。税金だって、巨大な赤字国債の償還をしなければならないのだから、取られ損というわけだ。おまけに一流会社に就職をしたと思っても、合併だとか　M＆Aだとか、倒産だってザラだ。リストラも日常茶飯事。銀行や証券会社やベンチャー企業ならまだスリルがあって面白いかもしれない。国家公務員の上級職に合格して中央官庁に勤めるなら威張れるから楽しいかもしれない。そんな実力、君にある？デジタル・エコノミーの時代にこつこつものづくりに励むなんて、君に向いている？あらゆるものが需要不足、供給過剰の時代に営業職なんて君にできる？
　徴兵拒否ができないのなら、せめて志願兵で決めて見たら？

Date: 2006/1/5
Section: テーマ論文
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