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アナリティカル・マルキシズム論争によせて　田中　一弘

アナリティカル・マルキシズム論争によせて

田中　一弘

１．はじめに～論争の論点整理

　アナリティカル・マルキシズム論争における最大の争点の一つは、価値は生産過程で決定されるのか、それとも交換過程で決定されるのか、ということでした。この論点は、価値をどのようなものとして理解するかをめぐるものであり、さらには価値実体としての抽象的人間労働の性格および具体的有用労働からの還元の問題を含んでいます。本稿はこの問題を中心に私見を展開するものです。もう一つの争点、労働が利潤の唯一の源泉であることは証明できるのか、という問題は、さきごろ掲載された小澤さんの論文で解決されていると私は考えています。本稿では剰余生産物と剰余価値との区別という観点で補足的な説明を行います。

　吉原さんは批判者に対して次のように求めています。

　「その含意なり解釈が、マルクスないしマルクス主義の意図に反するならば、そういう解釈の余地を与えないように、マルクスの議論を再編成するなり新たなロジックを付け加えるなりするか、もしくはその「誤った」解釈がマルクスの議論からはそもそも論理的に導出し得ない事を論証するしかないのではないか？」（吉原毅　「惠氏のコメントについて」）

　本稿はできるだけこの要求にこたえる形で展開したいと思います。つまりマルクスの論理構成の見地からアナリティカル・マルキシズムを批判するという立場に立っています。

　なお、本稿の作成にｍｅｇｕｍｉさんとの議論が非常に大きな影響を与えてくれました。ｍｅｇｕｍｉさんに深く感謝します。

２．価値とは何か、それはどのようにして規定されるのか～置塩モデルの条件について

　置塩モデルが前提条件としているものについて、吉原さんは次のように述べています。

「置塩流労働価値の定式化は、単純化のために異質労働が存在しない、同質な単純労働だけからなる経済モデルを想定した下での議論である。このような想定は、産業革命以降の機械制大工業が主流となる19世紀資本主義的生産様式において、機械に従属した単純労働が主要な普遍的労働形態として見出される「様式化された事実」を前提する限り、必ずしも的外れな想定ではないと言えよう。」（吉原毅　「榎原均『アナリティカル・マルキシズムへの疑問』へのコメント」）

　「上記のような単純化された想定の下では、すでにすべての商品に投下される生きた労働は共通の単位で評価されていると見なされるので、各商品の生産に投下された労働時間を共通の尺度・度量標準に基づく「社会的必要労働時間」として評価し直す必要がないからである。」（吉原毅　「惠氏のコメントについて」）

　榎原さんも認めているように、このような想定下では具体的有用労働としての投下労働量が価値実体としての抽象的人間労働量に一致しうるでしょう。しかし私はこの想定自体に問題があると考えます。商品生産社会においては、さまざまな諸労働（これは現実には具体的有用労働としてしか存在しえません）が「同質な単純労働」へと還元されるのは、個別的な生産過程においてではなく、諸商品の交換関係でしかありえないからです。（この点は吉原さんが歴史的事実として指摘している「様式化された事実」においても同様だと思います。次節で詳しく展開します。）榎原さんの諸論文で展開されているものと大部分重複しますが、マルクスの叙述を参照しながら私なりに展開してみましょう。

　「さまざまな種類の労働がその度量単位である単純労働に還元されるさまざまな比率は、生産者たちの背後で一つの社会的過程によって確定され、したがって生産者たちにとっては慣習によって与えられるかのように見える。」（『資本論』１、新日本新書、p.76）

　この「一つの社会的過程」こそが諸商品の交換関係であり、価値形態論および交換過程論で展開されている事柄です。榎原さんの言葉を借りるならば、抽象的人間労働への還元は交換関係で商品が主体となって行われる事態抽象によってなされる、ということです。それに対して、置塩モデルでは還元の社会的性格が看過されています。思考により設定された前提条件という形で還元が生産過程に先立って前提されているからです。ではなぜそのような「社会的過程」が必要とされるのでしょうか。それは商品生産社会特有の体制に根拠があります。商品生産社会とは、「互いに独立した私的諸労働」（同p.126）により社会的生産が行われている社会です。

　「生産者たちは彼らの労働生産物の交換を通してはじめて社会的接触にはいるから、彼らの私的諸労働の独特な社会的性格もまたこの交換の内部ではじめて現われる。あるいは、私的諸労働は、交換によって労働生産物が、そしてまた労働生産物を媒介として生産者たちが、結ばれる諸関連を通して、事実上はじめて、社会的総労働の諸分肢として自己を発現する。」（同p.１２４～５）

「彼らの私的諸労働の独特な社会的性格」とは「種類を異にする労働の同等性という社会的性格」（同p.１２６）であり、「互いに''まったく''異なる諸労働の同等性は、ただ現実の不等性の捨象、諸労働が人間的労働力の支出として、抽象的人間的労働として、もっている共通な性格への還元においてしか、成り立ちえない。」（同p.１２５）

抽象的人間労働とは商品生産社会固有の社会的性格であり、交換関係の内部で還元されるものであることが、このように示されているのです。生産過程における労働は直接的には私的労働であり、社会的性格を獲得していないのです。置塩モデルはこの還元を前提にして生産過程における投下労働量により価値量を規定しようとするのですが、それは労働が生産過程において直接的に社会的労働であると前提していることではないでしょうか。つまり私的に行われる社会的労働という商品生産社会特有の性格を捨象しているのではないか、このように私は考えます。したがって置塩モデルが想定する社会はもはや商品生産社会ではないのです。吉原さんは「生産技術体系のデータ」（吉原直毅　「1.恵さんへのリプライ」）から還元率を求める方法に触れていますが、そのようなデータは生産過程が一回でも行われた後に確定されるものであり、やはり事後的なものでしょう。それが事前的なものであるというのは再生産過程が単純再生産としてなされる場合にはいいうるでしょう。しかし、単純再生産であっても生産条件の変化があり、生産物の産出量が変わらなくてもその価値量が変化するということは大いに考えられるのです。またそのようなデータは具体的有用労働に関するデータであり、それがそのまま価値実体としての抽象的人間労働量のデータとして利用できるものではないでしょう。（マルクスは、本節の最初に引用した部分の直後に次のように続けています。「簡単にするために、以下ではどんな種類の労働力をも直接的に単純な労働力とみなすが、それは、還元の労をはぶくためにほかならない。」（同、ｐ．７６）あくまでも還元の結果として、すべての労働力が同一のものになることを忘れてはならないのです。マルクスは具体的有用労働時間がそのまま抽象的人間労働時間になるとは決して想定していないということです。）

そもそも事態抽象としてなされる還元を人間の思考抽象としての数式モデルでは解明できないのです。事態抽象のあり方を解明することは弁証法により可能でしょうが、ある特定の具体的有用労働が何時間の抽象的人間労働へと還元されるのかを具体的に示すことは不可能なのです。人間にとって把握しうるのは価格として現象する価値だけなのです。

３．価値と価格の関係について

以上のような置塩モデルの想定批判に対して、吉原さんは価値と価格の一致という『資本論』第１巻の前提のもとではそれが正当な想定であると述べています。

「そこでは技術革新の問題も捨象されておりしたがって、社会的平均的生産性は一定の水準で与えられていると仮定されたある種の「理想的平均的モデル」の下で分析が行われている。言い換えれば、資本論第1巻第3章や3巻の市場価値論で議論された、生産条件に規定された私的個別的価値と市場を通じて社会的に実現される価値との乖離という事象を捨象したモデルを想定しているわけです。」（吉原直毅　「1.恵さんへのリプライ」）

そこで価値と価格の関係について簡単に触れておきます。マルクスは貨幣章において価格概念を二種類の区別されるべき規定としてあげています。

「商品の価格または貨幣形態は、商品の価値形態一般と同じように、手でつかめるその実在的な物体形態から区別された、したがって単に観念的な、または表象されただけの形態である。」（同、p.１６２）

「価格の確定されている商品は二重の形態をもっている。実在的な形態と想像的または観念的な形態とである。」（『資本論』初版、国民文庫、P.１１５）

「価格は商品の単に観念的な価値姿態である。だから、それと同時に価格が表現しているのは、商品がまだ実在的な価値姿態を持っていないということ、または、商品の現物形態は商品の一般的な等価形態ではないということである。商品の観念的な価値姿態は、さらに価格、すなわち、ただ想像されただけの、または観念的な金姿態である。だから、価格が表現しているのは、他の諸商品にたいして交換価値または一般的等価物の働きをするためには、商品は、その自然の肉体を捨て去って、ただ想像された金から現実の金に転化しなければならない。」（同、P.１２５）

　価値と価格の一致といわれるのは、第一に、需要と供給の一致を前提として、「観念的形態」としての価格がそのまま「実在的な形態」へと転化するということでしょう。すなわち価値表現と価値実現の関係ということになります。

第二に、吉原さんが指摘している「社会的平均的生産性の一定の水準」という問題があります。この水準が激変することにより、以前に生産された商品の価値量が変化しうるのです。ここで問題となっているのは実現された価値＝「実在的な形態」としての価格ではなく、「観念的な形態」としての価格です。というのも商品が実際に売られる以前に、価格表示が変更されるからです。（もちろんこの変更それ自体が販売実績を通じてなされることも考えられますから、価値実現とは無関係であるとはいえないでしょう。それでも問題の本質は価値表現としての価格であると考えられます。）しかし、この変化は価値と価格の不一致というわけではないでしょう。価値とはそもそも「社会的平均的生産性」による規定なのだから、これは価値量そのものの変化を意味するからです。この問題は、価値と価格の一致というよりも、「個別的価値」と「社会的価値」との区別という問題になります。そして商品章で価値として言われているのは、「社会的価値」としての価値なのです。この二つの概念に関しては、第三巻での市場価値論において詳しく展開されていますが、第一巻「相対的剰余価値の概念」章においても登場します。いわゆる特別剰余価値の問題です。

「しかし、一商品の現実の価値は、その個別的価値ではなく、その社会的価値である。すなわち一商品の現実の価値は、その商品が個々の場合に生産者に実際に費やさせる労働時間によってはかられるのではなく、その生産に社会的に必要な労働時間によってはかられる。」（『資本論』３、新日本新書、ｐ．５５３～４）

ここで注意すべきは、「その商品が個々の場合に生産者に実際に費やさせる労働時間」とは、「個別的」であるとはいえあくまでも価値との関連で考察されており、したがって具体的有用労働時間ではなく、抽象的人間労働時間である、ということです。

私は価値と価格の一致という前提が、「社会的平均的生産性」の変化を捨象し、「個別的価値」と「社会的価値」の一致を前提するものとは解釈できないと思います。なぜならばこの平均化の過程こそが、交換関係あるいは交換過程という社会的過程で行われるものだからです。すなわち、『資本論』第一巻においては、すべての個別的価値＝社会的価値という前提は含まれておらず、したがって個別的価値の社会的価値への交換関係における平均化は捨象されているのではなく、背後の前提として存在していると解釈します。というのも、そのプロセスがどのように働いているかは探求範囲の外に置かれてはいるものの、抽象的人間労働が社会的平均的労働として規定されるというのはまさにそのプロセスの結果だからです。

また「社会的平均的生産性」がたとえ一定だとしても、平均化の過程は存在するという点を考慮しなければならないでしょう。この点については、次節で検討します。

第三に生産価格と価値との関係がありますが、生産価格とは利潤を前提としており、したがって剰余価値を前提とするものですから、商品論・貨幣論レベルでは問題となりません。それは単純流通を分析対象としており、資本制的生産関係による規定性はまだ問題とならないからです。

「生産価格の前提は一般的利潤率の存在であり、一般的利潤率はまた、それぞれの特殊的な生産部面の利潤率を別々に見たものがすでに生産部面と同じ数だけの平均率に還元されているということを前提する。これらの特殊な利潤率は・・・商品の価値から展開されなければならない。」（『資本論』三巻、国民文庫版６、ｐ.２６４）

生産価格論は商品論を前提としているのであって、吉原さんがいうように「価値が生産価格決定に依存して決定されるという結論」（吉原直毅　「1.恵さんへのリプライ」）にはならないのです。吉原さんのこの結論はさきにあげた価格形態の二種類を区別せず、交換関係における価値の規定を価値実現の問題と同一視していることから導きだされているのではないでしょうか。

「生産過程で商品生産に投下される直接・間接の労働量はあくまで私的労働の投下量にすぎずそれはまだ社会的必要労働として実現されていない。その実現は交換過程でその商品が商品として実現される、すなわち貨幣と交換される事を通じて初めてなされる。実際、ある生産プロセス（一企業）で生産された商品が、仮にその生産プロセスが社会的平均的な生産性と平均的な労働熟練度の下で生産された、従って、そこに投下された労働量を社会的必要労働と見なせるようなものであったとしても、その直接・間接の投下労働量が価値量として実現されるわけではない。」（吉原直毅　「1.恵さんへのリプライ」）

　この引用内容は吉原さんが榎原さんや恵さんの見解をまとめたものですが、交換過程における価値実現を価値の確定として理解しているようです。しかし、私は価格形態の二重性を理解するならば、交換関係自体も「観念的形態」と「実在的形態」へと二重化して理解しうるのではないかと思っています。価値形態論で扱われているのは「観念的形態」としての交換関係であり、交換過程論では「実在的形態」としての交換関係が扱われているのです。

　「商品は、使用価値と交換価値との、したがって二つの対立物の、直接的な統一体である。それゆえ、商品は一つの直接的な矛盾である。この矛盾は、商品がこれまでのように分析的に、あるときは使用価値の観点のもとで、あるときは交換価値の観点のもとで、考察されるのではなくて、一つの全体として現実に他の諸商品に関係させられるやいなや、発展せざるをえない。そして、諸商品の現実の関係は、諸商品の交換過程である。」（『資本論』初版、国民文庫、P.94）

　価値の実現と価値量の量的規定は論理的に区別されるべき問題である、といえるでしょう。

４．生理学的支出としての抽象的人間労働への交換関係における還元とは社会的平均化であること

前節で引用したように、吉原さんは「社会的平均的生産性は一定の水準で与えられていると仮定」した場合、「すでにすべての商品に投下される生きた労働は共通の単位で評価されていると見なされる」としていますが、「社会的平均的生産性」が所与だとしても、同一部門での個々の生産過程における具体的有用労働時間がそのまま抽象的人間労働量として規定されるわけではありません。平均という概念自体がさまざまに異なる個別的な数量を前提とするものである以上、個別的なもの相互の相違は存在するのです。もしすべてが同一であれば平均という概念は生じないでしょう。具体的労働時間は価値関係において常に抽象的人間労働量へと還元＝平均化されなければならないのです。そして平均化は社会的なものであるかぎり、私的なものでしかない生産過程において実現しえません。いいかえれば、ある同一の商品を生産する個々の生産過程における労働時間は異なっていることが前提としてあり、したがって個々の生産過程における一商品に含まれている抽象的人間労働量の相違は存在するのです。いわゆる「個別的価値」と「社会的価値」との区別というものです。

ある商品種類を生産する「機械に従属した単純労働」者の労働力がすべて同等だと仮定しましょう。（もちろん実際には社会的平均化の結果としてそのような同等性が成立することを忘れてはなりませんが。）その場合一労働日になされる抽象的人間労働量は同一であり、したがって一労働日で表現される価値はすべての労働者において同一であるとみなせるでしょう。この場合、生産条件の進んだ生産過程では一労働日あたりで生産される使用価値は、悪い生産条件の生産過程に比べて、より多いものとしてあるでしょう。したがって一商品あたりの抽象的人間労働量＝価値量はより少ないものとして表されるでしょう。このような個々の生産過程における相違が交換関係＝市場プロセスにおいて平均化されることで一商品の価値が「社会的価値」として確定されるのです。（この点に関するマルクスの分析は市場価値論『資本論』国民文庫６、p.302～306を参照のこと）

さらにいえば、異種労働間の還元という問題があります。吉原さんはこの問題について、大工業における具体的労働の抽象化すなわちベルコン化あるいは監視労働への変化ということを根拠に異種労働間でも具体的有用労働と抽象的人間労働との量的一致を根拠付けています。しかし吉原さんも認めるように頭脳労働と肉体労働とは量的同一視できません。そして大工業において生産される商品の価値形成に与かる労働は、なにも単純な肉体労働のみではありません。製品開発における頭脳労働もその一部をになっているのです。たとえその商品を生産するのに直接頭脳労働が関与していないとしても、生産手段としての機械の価値を形成している労働には含まれているのです。したがって異種労働の還元はやはり具体的労働時間量と一致しえないのです。そして異種労働の問題は同一商品の生産過程においても存在するということです。

異種労働の還元を異なる商品間の問題として考察すれば、具体的労働時間と抽象的人間労働時間との不一致は、さらに明確となります。「社会的平均的生産性」とは特定の一商品に関わる規定であり、異なった部門では当然のことながら異なります。車の生産過程における具体的一時間の労働とダムを建設する具体的一時間の労働とは異なった価値量として表現されると考えるのが普通でしょう。価値量が異なるということは、当然のことながら抽象的人間労働量が異なるということを意味します。

ではなぜ異種労働間における同一の労働時間が異なる抽象的人間労働時間として表現されるかといえば、後者が単なる生理学的支出量だからです。生理学的支出量としてマルクスが具体的にどのような尺度あるいは内容を考えていたのかは、判然としないのですが、それをカロリー消費として考えてみます。産業ロボットを操作する一時間のカロリー消費量と20キロのセメントの入った袋を運ぶ一時間のカロリー消費がまるで違うのは明白な事実です。また同じ20キロといっても、地面のうえでセメント袋を運ぶ労働と地上５０ｍで足場材を運ぶ労働では、高所での作業がより危険であるゆえより多くの注意力が必要とされるから、当然消費カロリーも異なるでしょう。後者の例は肉体労働間でも異種労働における差異を示しています。（このことはブルジョア的意識においても賃金の相違という形で認められています。）このような生理学的支出量の最も少ない労働が単純労働として単位化され、他の労働はそれを基準として抽象的人間労働に還元されるのです。

以上のような解釈にたいして、「生産の部面での具体的有用労働が交換の部面で抽象的人間労働へと生成されると考えているのでしょうか。でも価値実体をこのように捉えると、価値形態とは何か、ということが課題としては出てこなくなります。」（榎原均「置塩モデルと価値形態（上））という批判が予想されます。交換関係内部での還元とは価値という物象的形態をつうじての還元であり、労働の社会的性格は、労働の社会的形態としての価値という物象的形態の関係としてのみ存在すること、このような確認を前提として、抽象的人間労働を私は語っているのです。そのかぎりで「生産の部面での具体的有用労働が交換の部面で抽象的人間労働へと生成される」と考えるのは正当ではないでしょうか。

マルクスが物神性論で展開しているように、価値法則とは社会的総労働をどのようにおのおのの労働部門へと配分するかという問題である以上、具体的有用労働と抽象的人間労働とは労働の二重性として区別されながらも関連していると考えるべきでしょう。その関連が交換関係によって価値という物象的形態を通じて展開されていること、そして還元が事態抽象という超感性的な過程であることによって、価値実体労働の抽象性が規定されていること、したがって具体的有用労働時間という思考による抽象とは区別されなければならないこと、以上の点を踏まえたうえで、生理学的支出としての抽象的人間労働を把握しなければならない、このように私は考えています。

５．剰余生産物と剰余価値との区別について

　「一般化された商品搾取定理」を素人が理解できないのは、鉄を生産するのに必要な鉄の量という部分です。単純に考えて、生産すべき対象が生産以前に存在するならば、その生産の必要はない、と思うわけです。小澤さんの投稿によって、原料としての鉄鉱石と鉄との区別として理解できました。「一般化された商品搾取定理」は巧妙なすりかえによって成立しているのですね。投入される商品と生産される商品とは異なった商品であるという当たり前の事実を、構成原子の同一性という抽象的・観念的形態へと還元しているといえるでしょうか。価値レベルの問題を使用価値レベルと混同している以前の問題ではないでしょうか。

　つぎに価値と使用価値の混同という問題をみてみます。

「剰余生産物というのは、年々生産される生産物のうちで、人々の直接の消費に入らない部分をいう。生産された物がすべて消費されてしまえば、何も残らないことになる。消費されずに残った部分の多くは、次の生産の生産手段として機能する。この生産手段の蓄積は、資本主義社会のもとでは資本をあらわし、よりいっそう大きい生産力の物質的基礎である。」（「マルクスの基本定理」および「一般化された商品搾取定理」の誤り――アナリティカル・マルキシズム批判――　小澤勝）

　私は小澤さんによるこの剰余生産物の定義に賛成です。これは常識として定着している定義でしょう。吉原さんにも異存はないと思います。したがって、問題は剰余生産物と剰余価値との関係をどう理解するかということでしょう。

　マルクスによる剰余価値概念とは、可変資本部分＝労賃として支払われる価値部分をこえて生産される価値である、このことは共通の理解としていいと思います。そしてそれが実現される使用価値はどんな種類のものかは問わないのです。剰余生産物としてある生産手段であろうが、必要生産物としてある労働者の消費財であろうが、剰余価値は対象化されるのです。逆に言うと、必要生産物にも剰余価値は含まれている、ということです。剰余生産物と剰余価値とはなんら関係のない概念なのです。とはいえ、剰余生産物を労働している人間の必要生産物をこえた生産物として理解した場合、労働しない人間の消費財を生産しうるということになります。したがって、剰余生産物の存在は資本制における搾取の条件といえるでしょう。しかしながら、これは封建制やあるいは旧ソ連における官僚支配の条件でもあり、したがって剰余生産物＝剰余価値という等式にはならないのです。「一般化された商品搾取定理」の誤りは、端的にいえばこのようなことだと思います。

Date: 2008/3/4
Section: 08年新たな論争の提起
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