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「廣松哲学への疑問」に対する批判

2001.04.14　石井彰文

榎原均さんへ

　貴兄のホームページにある「廣松哲学への疑問」に対する批判です。廣松渉を理解する一助として、「廣松哲学への疑問」の批判を考えていました。何をどう勘違いしているのかを検討してみて、廣松渉の苦労を偲んでいました。最近暇ができたので、利用させていただいた”恩”もあるし、沢山の文章を物にし、実践されているようであるので、廣松渉を誤読している点を指摘するのはあながち無意味ではないだろうと考え、文章にしてみましたので送りました。要点は、貴兄が、廣松渉が批判し超克するべきとしている考え方を抜け出すことが出来ないでいる。したがって、廣松渉の主張の肝心な点を理解できないでいる。と、言うところでしょうか。
　〈第2章認識論的主観主義　1）認識論的主観主義の自己否定〉から見てみましょう。半分以上が廣松渉の引用ですが、“認識論的主観主義の自己否定”の肝心な部分を無視して、〈はたしてこれで納得できるのだろうか。……ということになりはしないだろうか。〉と結ばれています。この結びは、自己否定の導出が、「われわれにおいては……『主観』も『客観』も存在しない。」（44頁）という文でなされていると読んでの事と思われます。『世界の共同主観的存在構造』からの引用のこの文で、後半の、「ここにおいて、……存在しない。」は原文では改行されて分かれて書かれています。この文は否定の内実を言っているだけですね。前半の「われわれにおいては……“実在的主観”といえどもフェノメナルな世界に内在する。」という文も、改めて自己否定を導くために言い出したことではない。原文をちゃんと読めば、これらの引用の直前に述べれているところを、ちょっと言い直して、自己否定に導くものであることを示してみた文であると思うのですが。廣松渉は、「この構図に仮託して立言したいのは、」（43頁）から「現実の主観が『形式』を持つことと“認識論的主観”としてgultingになっていくこととは同一過程の両側面であること、謂うところの四肢はこの過程的聯関においてのみ存立するものであること、われわれは是を積極的に主張する。」と明確に述べています。これのどこが、〈認識論的主観主義の立場に仮託することからしか説明できない自らの四肢構造〉なのですか。廣松渉本人は“構図に仮託”と言っているのを貴兄が”立場に仮託”と摺り替えたことを言っているのではありません。「この過程的聯関」を承認するかどうかが分かれ目でしょう。承認できるなら、それが認識論的主観主義の立場でないのは、明らかです。承認できるなら、それが旧来の認識論の概念で記述されていても、旧来の認識論の概念を否定するものになっていることに同意できるでしょう。この部分の論判なしに、自己否定の導出ができてないという見解は大いに疑問です。〈2）能知的主体の自己形成〉にいたって、〈所与は四肢構造から独立して存在する対象としては捉えられていないのだ。〉と結んでいますが、当たり前でしょう。所与を四肢構造連関態の1分肢とさんざん言っているのですから。〈廣松氏にあっては、所与は一度共同主観のうちにとり込まれるともはやそれは四肢構造の項としてしか規定されていず、〉という表現からすると、貴兄は、所与が共同主観に取り込まれると考えているのですね。廣松渉は、所与なるものが、共同主観なるものに取り込まれるなどといった旧来の認識観を批判しているのですが！
　〈第3章四肢構造論1）観念論の採用〉において、〈何故そうなのか、実はこれが廣松哲学をして哲学たらしめている根拠なのだ。そして、共同主観の外にある所与との実践的交通を遮断することが、四肢構造論の出発点だったのだ。〉“根拠”を新発見したかのような表現ですが、“共同主観”とかその外にある所与とか、そういう見解を否定しているのは誰が読んでも明らかだと思うのですが。
　〈観念論の立場に立つ哲学の方が唯物論の立場に立つ哲学よりも優れている。近代社会を前提にして、唯物論の立場に立って哲学体系を構想しようすれば、哲学的良心を清算する地点に到達せざるをえない。〉という文は、なにでしょうか。普通こういう見解は、負け惜しみというのではないですか。思弁的体系としては、観念論は整合性を保った雄大な体系を構築できるが、唯物論ではそうはいかない。なぜなら、〈意識から独立した与件の承認と言う唯物論〉では、与件の探求が思弁的体系に先行しなければならいからだ。まあそんな見解でしょう。しかし、『資本論』も実際の経済には役立たずの思弁体系であるという見解もあり得るわけであって、そうすると『資本論』も観念論ということになる！実際、現実の過程を無視して、『資本論』にはこう書いてある式の“マルクス主義者”が横行していたのではないか。今は、当然に淘汰されて消えてなくなったでしょうが。
　〈廣松氏が「世界」といい「現象世界」と言っていることは、実は、意識から独立した世界や現象形態のことではなく〉〈精神の現象世界について哲学をする観念論だ〉ということを、〈以前に『世界の共同主観的存在構造』を読んだときに感じた〉らしいですが、貴兄の固定観念の硬さを表明している文ですね。いったい何を読んだのかと思ってしまいます。〈3）精神世界の現象にむかう〉において、〈フェノメノンという精神要素は二要因をもっている。……、意識自体が何かの意識であるという二重性をもつことから、当たり前の事実である。〉という文で少し分かりました。二肢性を意識の二重性と読み替えていたのですね。それで一応文意を追うことができたのですね。ただしかし、それでは、もう一方の二肢性と併せて四肢構造にはならないのではありませんか。というか、別々の二肢についてはそれなりの文意はとれても、その二つの二肢の関連は意味が通らなかったのではありませんか。
　〈5）四肢構造論の問題点〉において、貴兄の誤読に基づく批判、主観形式だという主張に加えて、もう一つの論点として出されているのが“関係論”ですね。四肢構造そのものについては批判しがたいので関係に逃げたとも読みとれますが、それは置いて、〈イデアールなものがレアールなものに肉化する二肢的統一構造と捉えられている点だ。これでは、関係の項にあっては、イデアールなものを絶対的なものと見なし、レアールなものは、単にこの絶対的なものが肉化する場としてしか捉えられていないことになり〉という文ですが、ちょっと待ってと言いたくなります。〈イデアールなものがレアールなものに肉化する〉という解釈は、単に貴兄がそうとしか読みとれなかったと言うことではありませんか。「肉化」という表現は各所にでてきますが、もともと“イデアールなもの”とか”レアールなもの”を切り離して存在すると言っているのではないのだから、比喩的な意味しか持っていない。〈肉化の論理〉なるものを説いているわけではない。
　〈　第4章関係と項　1）関係と反照〉にあっては、〈フェノメノンを……、あたかも意識に外的な所与のようにあつかっている。そうではなかろう。誰かに対してあり、誰かがいだく意識内容がフェノメノンなのだから、それが更に誰かに対してあると見るのは錯覚である。〉と言われます。これは貴兄の誤読を言っているのではありませんか。廣松渉のフェノメノンを意識内容として受け取っているのはあなたなのですから。
　〈このヘーゲルの見地からすれば、廣松氏のフェノメナルな世界自体が意識一般であり、これ自体が自我とある対象との関係だ、ということになり、フェノメノンは意識内容となる。〉こういうところが、固定観念の固まった難しさですね。以前の分かったつもりになった見解から強引に解釈しようとする。やむを得ないかもしれません。
　〈関係以前に明らかにされた二組の二重性をもとに四肢構造を組み立てるならば、関係の一次性は事実上否定されてしまう。〉という文が意味不明でした。“反照の論理”なるものを知りませんので、まあいいかと読み飛ばしていましたが、次の〈2）関係における観念論的な実在性〉において、〈実体なる概念がどうのようにして人間の頭の中に生成されるかを明らかにすべきではなかろうか。……本当は関係が項に先立っていて、項とは実は関係の結節なのだといった、認識改革運動を実践するにとどまっている。〉この文とを重ねて解釈すると、〈関係が項に先立つと主張〉すると言うなら、関係から項を導出して見せよ。四肢から関係を言うのではなく、関係から四肢を生成せよ。そう言っているのでしょうか。そうだとするなら、無意味なことです。項に先立つ関係と言うことの意味はそうではありません。“関係の一次性”とか“関係が項に先立つ”とか曖昧模糊とした表現です。その意味するところは慎重に受け取るべきではありませんか。軽率に“先立つ”のだから後のものを導き出すと解釈したように見受けられます。そうではなく“反照の論理”からだとおっしゃるのかもしれませんが、どちらにしろ、“関係”なるものから項が導出されるなどと言うのは、“関係”を実体化した錯認である、と廣松渉は言っています。
　貴兄の積極的な主張としては、〈感性的な諸主体が関係のなかで超感性的な現象形態を受け取り、諸主体が形態規定されて、感性的なもののままで、別のものの化身とされる、という……関係論〉がありますが、これだけでは意味不明なので置いておきます。
　ついで、〈3）言語モデルは物象化的錯視の産物〉において、〈記号や言語や意識に則してその二重性を明らかにしていくという作業を放棄して〉と言う文がでてきますが、“記号や言語や意識”を分析したら二重性がでてくると言う表現ですね。その二重性の意味が問題です。〈記号や言語や意識の二重性を例証にして、フェノメノンの二重性や主体の二重性を説いている〉と言う文からすると、〈意識自体が何かの意識である〉と言う二重性を、フェノメノンの二肢性と解釈する貴兄の誤読が、〈例証にして〉と見えるわけですね。〈仲正昌樹さんが、……、言語からの例証もしていない、とコメントしてきた〉にも関わらず、どうしても〈例証にして〉いるように見えるのは、二肢性の意味を記号や言語や意識の二重性の意味に改釈していたのですね。
　〈廣松氏が受け取っている言語記号の二重性が、物象化的錯視によるものだという危険性はないのか。〉というのもまた意味不明なところですが、いったいどういう事態を物象化させていると言うのでしょうか。イデアールなものとか、レアールなものを物象化させているのは貴兄の考えではありませんか。
　〈イデアールなものは人間の意識が作り出したものであり、それがレアールなものに肉化しているように見えるのは、人間が言語でレアールなものに名付けを行うことから生じるフェティシズムにもとづいている。〉という言語観では、「言語的世界の事象的存立構造」の章は意味ある文として読めたのでしょうか。というか、『世界の共同主観的存在構造』は貴兄に何ももたらさなかった！
　〈4）まとめ〉の項は、それ自体意味不明なところがありますから置いておいて、最後に、もっとも笑った点を書いておきます。〈てっきり廣松理論をマンガ化して〉の件です。初めに読んだ時は、仲正昌樹氏が、貴兄と揃ってとんちんかんを言っていると思いました。〈2）能知的主体の自己形成〉を読んでそうではなく、貴兄が自分の理解を読み込んで、そのように聴き間違ったのだろうと考えました。仲正昌樹氏が、〈廣松氏の四肢構造論にもとづく共同主観の形成について〉そのように語るはずがないと思います。“A氏が、「あ！蛇だ」と言ったのに対し、B、C氏が「あれは縄です」と笑った。A氏は承服せず。「確かめてみる」といって、つつきに行った。“というのが、貴兄の想定している場面でしょう。しかし此処では、“幼い子が、「あの枯れ草の束は何」と言うのに、母親が、「あれは縄というのですよ」「縄って何」「縄というのはね…….」”というような場面が適当ではないですか。貴兄は、意識に外的な存在が“何”であるかについて論じているとしか読めないらしいですが、当該の論点は、所与を何として把捉するかは言語的交通によって形成されると、その言語的交通が意味を形成すると言っていると思います。
　以上、最後まで読んでいただいたと仮定して、言っておきますが、小生は貴兄に対して何ら個人的感情は持っていません。インターネットを検索していて見つけたにすぎません。廣松渉『世界の共同主観的存在構造』を正面から批判しようとする姿勢にはできるだけ敬意を払って書こうとしたつもりです。が、しかし、現実的過程的聯関に基礎を持つ哲学を志向した廣松渉と、意識から独立した与件の承認と言う唯物論を信仰するらしい貴兄との対比は、明確にする必要があると感じました。

Date: 2006/1/5
Section: 哲学廣松哲学、及び、弁証法をめぐって
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