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価値論・搾取論論争への介入

2002/06/21　松尾匡
こんなところに僕が出てきたらますます議論を混乱させるような気もしますが。
　私（一応「数理派」!?）から言わせれば、アナリティカル派こそ交換過程から搾取を論じている点で批判に値すると思ってきたので、吉原さんが「一定の単純化された条件の下では交換過程の分析は不必要であり、従ってそのような単純化された条件の下では置塩・森嶋の議論は適切である」とおっしゃると「いやまぁ、ありがとう」とぎこちなく言うしかないへんな気持ちです。いろいろ擁護くださっているのはよくわかるし、ご説明くださっているものそれ自体に文句はないのですが、なんかやっぱりもどかしさを感じます。

　というわけで、本来アナリティカル派の論点をめぐる論争の場なのでしょうけど、とりあえずその前に、榎原さんのご議論を受けて数理派（というか私個人?）の議論を説明しておきたいと思います。

　『資本論』で強調されているのは、「価値規定の内実」と「価値形態」との概念的な区別だと思いますが、置塩の価値規定式はもちろん「価値規定の内実」です。これは何かと言うと、ある財1単位を年々歳々社会の所得として純生産するためには、最終生産から各種生産手段生産に至る様々な工程に、年々歳々総計これこれの労働投下が必要であるということを現しているのです。
　これは、孤立人から自給村落から現代社会まで、あらゆる社会に超歴史的に共通する事態です。
　孤立人の場合は自分の持つ24時間の中からそれだけの労働を控除しなければならないということを意味するのですが、社会的分業のある場合にも同じだというわけです。ある人はパンばかり作り、別の人は鉄ばかり作っているかもしれないけど、そういった様々な異質な労働を抽象的人間労働に還元して等置することで、社会全体をあたかも一人の孤立人同様の労働共同体とみなすことができる。あるいは同じことですが、各自一人一人があたかも孤立人同様に様々な種類の労働に自分の時間を配分しているとみなすことができる。置塩価値規定式が示すのは、ある財の純生産のために、そうした総労働の中から各種工程に控除されなければならない労働の合計です。
　社会主義的な協同社会では、抽象的人間労働へのこの還元はみなの合意に基づいてなされるでしょう。共有された技術と良心的な強度のもとで、すべての人の1時間は同じ1時間とみなそうということを原則とし、その上で様々な事情を勘案して当事者が納得するように決まるのだと思います。すべての労働は社会的必要に応じて無駄なくなされているわけですから、現実の総労働の現実の各種労働への配分にそっくり比例して、各自は自分の労働もまたあたかもその割合で各種労働に従事したかのようにみなすことができるわけです。
（ちなみに、さきほど「超歴史的」と言ったことに大急ぎで付け加えておけば、前近代社会では、社会的依存関係にあるすべての人の1時間を同じ1時間とみなすことは、さしあたりは、ある特定の価値規範を抱く場合にのみ成り立つ。この価値規範が現実的根拠を持つのは、ひきあわない労働からひきあう労働への移動がなされ得る場合である。長い目で見れば前近代にもこれは成り立つのかもしれないが、直にこれが成り立つのは近代ブルジョワ社会の完成以降である。よって、置塩価値規定式が資本制以降であてはまるとする吉原さんの議論はこの意味で正しい。）

　しかし、マルクスは古典派と違って初めて価値形態を分析したわけですが、これは、社会的必要を知らず孤立分散的意志決定によって生産される商品生産社会では、現実に投下された各種具体的労働がそのまま社会に必要とされたものとは限らないからですね。だから他の労働生産物と等値されるという回り道を通じなければならない。こうして価値形態が、人々の意のままにならないモノどうしの交換割合として自立して、人々を振り回すわけですが、これによって事後的に、社会的総労働の一環として認められるべき人間労働が、現実の労働のうちから抽象されるわけです。

　だから置塩価値規定式は、異種労働還元がどのようになされたのかについては一切言っていない。これが社会主義的協同社会の分析の中で使われているならば、それは、事前の合意に基づくもので、事故なき限り現実に投下された労働と同じになるでしょう。しかし、これが商品生産社会の分析に使われているならば、この式の示すものが現実に投下された労働とみなすのは誤解です。それは、価値形態を通じて抽象された労働なのです。すなわち、それに向かう自然発生的力が常に働きながら、常にそれをめぐって交換割合が動揺し続けるところの、長期平均的均衡において、はじめて成り立っている事態の描写です。（もちろん分析の目的によっては、現実の投下労働を求めるためにこの式の形式を使ってもいいとは思うが、それが「労働価値」とはさしあたり別物であることは承知している。）

　なお、別途、価値形態をダイレクトに表現する交換式から貨幣論や価格論などの展開につなげていく必要は認めますが、本質規定が現象形態の描写に先行するのが『序説』の方法論だったと思いますので、まずは置塩価値規定式から始まるのは正当だと思います。

　搾取論については、「搾取」ということを労働組合主義的に理解してはならないということはマルクス派の常々いましめるところだったと思います。ある工場主が配下の従業員をこき使ってもうけている事態を指して、その工場主が配下の従業員から「搾取」していると言うわけではない。資本家階級全体が労働者階級全体を搾取しているのであり、剰余価値はその出所にかかわらず、支配階級全員にわけとられている・・・まあこんなことは今さら私が申すまでもなくみなさんわかっていらっしゃることと思います。
　置塩の「マルクスの基本定理」が示しているのはまさにこの事態なのです。社会的総労働によって純生産されるものには、労働者の手にする消費財もあれば、生産手段の蓄積分もあれば、資本家のための奢侈財もあります。なるほど現実には、ある人は消費財ばかり、ある人は生産手段ばかり作っているかもしれない。しかし、先ほど来述べてきたロジックによって、各自の労働を抽象的人間労働に還元することで、一人の労働者が、ある時間は自分の手にする消費財の生産のために働き、ある時間は生産手段を生産するために働き等々と、あたかもみなすことができるわけです。つまり、中世荘園の農奴が、ある時間は自分の農地で働き、残りの時間は領主直営地で働くというのと同じ事態が見て取れる。ある時間は自分自身のために働き、残りの時間は資本家階級のために働いている。これが搾取だと言うわけです。
　これは生産過程からの説明です。しかし労働者は「価値エネルギー」のようなものを商品に凝固させているわけでもなければ、直接おカネを手から放出しているわけでもない。ある個別経営だけを取り出してその中だけで搾取を見て取ろうとするならば、そうしたオカルト話に頼るしかなくなります。流通過程を通じて資本家と労働者への財配分がなされる、そこまで含めた再生産の持続を前提してはじめて、搾取という事態がオカルトではなく上述のように合理的に理解できるわけです。

　置塩の価値規定式には、数学的に「双対体系」と呼ばれる数式体系があります。これは、片方の数式体系が成り立てば、もう片方の体系も成り立つという双子のような関係にある体系です。価値規定式の双対体系は、純生産物と総生産物の関係式であり、要するに、この双対システムが表しているのは、経済系の外から労働を投下して、その結果として純生産物を取り出すというシステムです。ヒトが主体となって自然に働きかけ、モノを対象として取り出すシステムです。これは、孤立人から原始社会から現代まであらゆる人間社会に超歴史的に本質的にあてはまる事態です。
　それに対して、「利潤の存在」を示す数式体系は、「価格」「賃金」といった物象カテゴリーを使って表されるもので、まさに「価値形態」に覆われた表象を描写しているものです。この数式体系の双対になるのは、剰余生産物の存在を示す体系であり、要するに、この双対システムが表しているのは、経済系の外から資本を投下して剰余生産物を取り出すシステム、人間はその生産の対象物として他の商品同様経済系の中で再生産されているシステムです。モノが主体、ヒトが客体となっている転倒したシステムなのです。
　この物象的双対体系の中に立って見る限り、搾取は決して見えてきません。ここで言われている「利潤の存在」という事態を、人間社会に超歴史的な、価値＝純生産の双対体系の視点に立って解釈したとき、はじめて搾取が見えてくるわけです。これが「マルクスの基本定理」でやっていることです。

　だからアナリティカル派の批判には、次のように反論するべきなのです。
　アナリティカル派は言います。投下労働価値の定義と同様にして、例えば投下バナナ価値が定義される。商品1単位生産するのに直接間接に必要なバナナの投下量として。するとこの概念を使い、バナナ1単位生産するために直接間接に必要なバナナの量が出せる。実は、これが1単位より小さいことが、利潤の存在と同値になる。すべての商品について、同様のことが言えるのに、どうして労働についてだけ特権化して、利潤の存在の根拠は「労働の搾取」だと論証できたと言えるのか。
　このとき投下バナナ価値の規定式とその双対体系の示している事態は何でしょうか。経済系の外からバナナを投下して、その結果として他の純生産物を取り出すシステムです。人間はバナナ以外の他の商品同様、生産の対象物として経済系の中で再生産されている。バナナが主体、ヒトが客体のシステムです。「バナナ1単位生産するために直接間接に必要なバナナの量が1単位よりも小さい」とは、このシステムから眺めて、利潤の存在を解釈したものです。
　一般に、置塩・森嶋の価値規定式同様の表現で、何らかの商品の直接間接投下量を定義した場合、その商品は経済系の中で作られないもの、経済系にとっての外的制約として扱われます。純生産物にはその商品自身は含まれず、その商品を作る前段階の投入物が純生産に含まれます。その一方で労働者の消費財は投入物として扱われ、純生産には入りません。すなわち純生産物を取り出す目的が、人間のためではなく、その外的制約扱いされた商品様の「ため」ということになるわけです。
　よって、「バナナの身に」なれば、「利潤が存在するのはバナナが搾取されているからだ」という命題は正当です。「バナナ1単位生産するために直接間接に必要なバナナの量が1単位よりも小さい」ということは、「バナナを作る以外の目的のために純生産がなされている」ということと同値なのですから。
　しかし、人間の社会は、超歴史的に本来、人間自身のためにあるという立場、人間こそが経済活動の本源的主体であり最終目的であるという立場に立つのならば、投下労働価値・純生産体系こそが経済システムの本来的本質を表す表現だとしなければなりません。そしてこれは、初期疎外論以来引き続くマルクスの立場でもあったと思います。この立場に立つ限り、「搾取」は労働に関してしかあり得ません。
　私は、アナリティカル派による「基本定理」批判の論理は、アナリティカル派がマルクスの人間主義的前提を共有していないことの現れだと思っています。

Date: 2006/1/5
Section: 経済学アナリティカル・マルキシズムをめぐって
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