　宮崎儀一が『複合不況』（中公新書）を発表してから11年が経過した。この本で宮崎は、「世界経済の構造に、最近になって根本的変化が生じているのではないか」（9頁）と問題を提起し、外国為替市場での取引が実需取引の20倍以上に達している等の事実をあげ、「世界経済を動かす力が、もはや財・サービスの取引（実需取引）ではなく、金融面の取引に大きく移行したこと、換言すると、モノの経済に取って代わっておカネの経済が世界経済のリーディング・ファクターとなってきたことを有力に物語っている」（13頁）と述べている。そしてこの根本的変化の引き金となったものが、金融の自由化であるとみなす宮崎は、このような変化によってもたらされている事態を「複合不況」と捉えた。

「当面する先進諸国の景気後退に共通する特徴は、まず金融の自由化の帰結として金融資産（ストック）の調整過程が先行し、それによって実質GNP（フロー）のマイナス成長が誘発されている点である。それは、バブル＝不良資産（ストック）の長期調整とフローの短期的在庫調整とが連動して進行する、いわばストックフロー＝複合リセッションであるといってよいだろう。」（iii頁）
「本書は最近、米欧日に見られる新しいタイプのリセッションもまた、単に在来型の有効需要不足によるフローのリセッションと把握するにとどまらず、その背景に金融の自由化による不良資産の調整過程（クレジット・クランチ）が先行し、やがて重なり合い連動する複合不況であると認識する。」（iii頁）

　この複合不況は、この11年間の日本経済の現実を予測していた。しかしアメリカ経済についてはあてはまらなかった。アメリカ経済が何故90年代に複合不況に陥らなかったのか、そして、21世紀に入って、アメリカのバブルが崩壊しようとしているとき、宮崎の複合不況論は妥当性をとりもどすのだろうか。このことを検証するため、まず「II、アメリカの景気後退」に注目しよう。

2）アメリカの景気後退

　「1991年のはじめから、アメリカ経済は景気後退の局面に突入した」という書き出しで始まるアメリカの景気後退についての分析で、宮崎はまず商業銀行と貯蓄貸付組合の倒産について具体的にあげたあと、次のように述べている。

「この貯蓄貸付組合の倒産にはじまり、商業銀行の倒産に及んだ今回の景気後退は、単に金融・サービス部門のホワイト・カラーに大量失業を発生させたばかりか、家計支出の落ち込みを導き、銀行の企業向け貸し渋り・信用逼迫（クレジット・クランチ）によって実質GNPのマイナス成長をもたらしたのである。このように、ブルーカラーの失業に先立つホワイト・カラーの失業と、銀行部門主導型の景気後退は、従来のケースと異なる“ニュー・フェイスのリセッション”と呼ぶに値する特徴を備えている。これを本書では“複合不況”と名づけておく。そして、もしその金融部門主導型である点を強調するならば、“金融不況”と呼ぶこともできるかもしれない。」（22頁）

　宮崎はアメリカの金融機関について、その現状を点検した上で、貯蓄金融機関や商業銀行の不況がいずれも1988年頃から顕著になっていることを指摘した上で、この銀行不況が金融の自由化と深くかかわっていると見ている。1929年の大恐慌のあとに、銀行業と証券業との分離を定めたグラス・スティーガル法（1935年銀行法）が制定され、また、預金金利の上限規制もなされ、以降のアメリカの金融システムを規制してきたが、1983年には預金金利の実質的な自由化が始まり、87年にはグラス・スティーガル法の規制緩和もはじまった。宮崎は、金利の自由化が銀行預金を証券会社へとシフトさせたが、これを銀行不況の原因だと考えている。
　宮崎はまず住宅ローンをあつかっていた貯蓄貸付組合S&Lの不況について詳しく述べたあと商業銀行の苦境についても分析して、アメリカの銀行が深刻な経営不振に陥っていることを示し、結論的に次のように述べている。

「このようにアメリカの1990年第・・四半期以降のリセッションが、調達金利と貸出金利のスプレッドの拡大をともなうクレジット・クランチにもとづいている以上、単に公定歩合の引下げなどの金融緩和措置のみによって、そこから脱出することは困難であろう。アメリカの新しい型のリセッション（“複合不況”）は、何よりもこのクレジット・クランチによるところが大であるからである。」（100頁）

　宮崎は1990年代初頭のアメリカの銀行不況から、アメリカにおいても複合不況の到来を予測したが、しかし、事態はそうならなかった。90年代初頭の危機をアメリカの銀行は乗り切り、以降21世紀初頭まで好景気を維持したのだった。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 7337 times

良書を読む 宮崎義一の複合不況論

1）複合不況

2）アメリカの景気後退

良書を読む　宮崎義一の複合不況論