2000・8・15　伊藤一（『国際主義』編集会議）

　「政治革命先行説」は、スターリン派を筆頭に、伝統的共産主義運動が、日和見主義との分界線を引く際の重要なポイントにすえた観点である。
　それに対して、「政治革命先行説」を、スターリン派の腐敗や破綻と密接な関係を持つものと捉え、点検・批判の対象とする論議もかつてからあり、現在より広まってもいる。
　この検討は、共産主義への体制変革の性格や構造を検討する上での一つの核心と考えられる。
　また、『年誌編集委』創刊号高寺論文をはじめ、少なくない論者が、重要性を指摘している論点になってもいるので、この課題について諸氏の検討に付したいと考え、これを論点とした。
　なお、以下の提案は、私の見解であるが、『国際主義』編集会議結成大会（91年）で採択した「共産主義運動再構築の展望――党綱領原則部分の提起」（略称『展望』）をベースにしている。

（なお、今回合宿へのレジュメ提起が遅れた言い訳として。………現在、「榎原綱領」への評価を作成中で、内容上は、この合宿で提起を意図していたものと重なるため、これを使うつもりでいました。しかし、全体の作成が少し遅れてしまい、先日発行した『国際主義』36号には一部しか掲載できず、全文は合宿当日まで完成できるかどうかという見通しになったため、途中から、別にこのレジュメを提出する方針に転換し、そのため提起が遅れてしまいました。お詫びします）

共産主義運動と政治革命先行説

1.「政治革命先行説」は、共産主義運動の中で、革命をめぐる「正統」「オーソドックス」な見解である。

　“封建制から資本主義への変革に際しては、ブルジョア市民革命以前に封建社会の胎内で商品経済・資本主義的生産が成長しはじめ、そこで形成されるブルジョアジーが、ブルジョア革命の中心主体になる。しかし、社会主義への変革に際しては、資本主義の胎内で共産主義的生産（社会主義的生産）を形成しはじめることはできない。そのため、共産主義への変革は、政治革命から開始しなければならない”―――『空想か拠となって来た。
　したがって、「政治革命先行説」の検討は、共産主義運動の伝統的な革命観と、それを支える伝統的歴史観の点検を必要とする。

2.「政治革命先行説」への批判、克服の試みは従来から存在した。

　構造改革派と総称される潮流は、様々な内容があるが、資本主義社会に社会主義的要素を形成することが出来るという面を重視・強調し、「政治革命」以前からの社会変革（「社会主義的」変革、その他）を成長させる必要を提起した。構造改革派は、このことで、「政治革命」以前から、労働者大衆が、広く、社会主義と直接結びつくことを重視し、「政治革命」の待機―革命情勢の待機に労働者の意識・活動を止めることを批判した。また、それによって、「政治革命」後の官僚主義化を防ぐ民主主義的蓄積を成長させることを主張した。
　現在、「政治革命先行説」を点検する際には、構造改革派のこの試みへの総括を必要とする。

検討の観点、主張のポイント

1.

「政治革命先行説」検討の中心は、資本主義から共産主義への体制変革に際して、「政治革命」がどのような位置にあるのか、それ以外の領域とは、何があり、どのような位置をもつのか、の全体構造の把握にある。
　「政治革命」以外の領域として語られて来たもの、思い付くものでは「経済変革」「文化革命」「意識革命」「社会革命」などがある。
　私は、変革の上部構造領域として「政治」（＝政治的上部構造）と「社会」（＝法律的上部構造）の二つの領域を想定している。

（ここでは、この変革を「社会革命」と表現した≪周知のように「社会革命」の語にはいろいろな使い方がある≫）
　（「1」の理解は、社会的構造についての『経済学批判』（序言）の内容に基づき、それを積極評価し踏襲する観点から導いている。私の理解では、（序言）では、
　経済的土台　　　　　　　　　　　　　　　　　　｜
　上部構造―――法律的上部構造（所有関係を含む）　｜意識・イデオロギー
　　　　　　　　政治的上部構造　　　　　　　　　｜が対応
　という構造が提出されている。それに対して、上部構造を「政治的・イデオロギー的上部構造」としたり、所有関係を経済的土台に含めることは正確ではなく、マルクスの理解とも異なると私は捉えている）

2.

「政治革命先行説」の是非は、何より直接には、資本主義国家の階級闘争で問題になる。「政治革命」＝権力奪取に諸活動を集約すべきなのか、「政治革命」の準備と「社会革命」とを並行して進めるべきなのか――この問題を、資本主義国家の階級関係に即して明らかにしなければならない。

3.

しかし、同時に、この解明は、「政治革命」から共産主義社会（社会主義社会）成立までの過渡期における変革の構造への理解と密接に関係している。

　仮に、“「政治革命」―樹立したプロレタリア権力による資本収奪・国有化”によって、共産主義（社会主義）への変革の根幹が実現できるのあれば（国有生産手段に「社会主義的生産様式」を成立させられるのであれば）、資本主義国家の階級闘争で「政治革命」に課題を集約・還元することが共産主義（社会主義）への変革に結びつくことになる。そうであれば、この体制変革にとって、「政治革命」を先行させることは誤りではない。
　「政治革命先行説」は、この側面からも強力に根拠づけられる。

4.

したがって、「政治革命先行説」への点検・批判は、変革の基本構造をめぐる面では
(1)、資本主義への変革では「経済変革先行」だが、共産主義への変革では「政治革命先行」になる、と捉える歴史観の点検・批判　(2)、「政治革命」―プロレタリア権力による資本収奪・国有化が「社会主義的生産様式」「社会主義社会」を直接形成できるという思想の点検・批判――の両面からの点検を必要とする。

「政治革命」から共産主義への過程

この項での主張要旨。

I、国家死滅までを、生産関係変革の主局面＝私有廃絶、資本主義・価値法則廃絶の変革過程と捉える。
II、そのことによって、政治の変革過程と、社会の変革過程とのそれぞれの領域の性格を明瞭にする。
III、資本主義国家段階での双方領域の位置を、IIとの関係で位置づける

一、資本主義から共産主義への体制変革

1.変革すべき資本主義の社会領域として
　(1).経済的土台（商品経済・資本主義的生産→共産主義的共有生産）
　(2).上部構造
　　a.法律的上部構造（私的所有制→共有制）
　　b.政治的上部構造（国家→死滅）　　　　　　　　　――を想定できる。

2.体制変革の条件は経済的土台が形成するが、その実現は上部構造領域での意志的な闘いがもたらす。

3.労働者の多数が自然的生産手段（＝土地）から分離されて以降の歴史段階では、私有制は、必然的に資本制生産の成長・再生産をもたらす（『資本論』「ザスーリッチへの手紙」冒頭の『資本論』への言及部分など）。
　私有制とは、排他的所有を意味し、双方が商品所有者として向かい合う関係を意味する（『資本論』第一編、第二章「交換過程」冒頭）。
　国家所有は、集団的所有の一種でもあるが、他に対して、商品交換の一方の当事者として現われる限りで、私有制を脱却した所有制ではない。これは、ブルジョア国家の国有も、プロレタリア国家の国有も同様である。
　国家―国有が、非和解的敵対の産物である以上、国家が死滅することなしに、私有制の根本性格を脱却することはできない。
　プロレタリア国家では、仮に、全生産手段が国有化されても、労働者への給与が通貨で支払われているならば、国家と労働者とは私的所有者として向かい合っていることを意味する……等々。

4.したがって、私有制の廃絶とは、私有の個々の特徴の後景化（たとえば国有化）ではなく、所有制の全体が共有制に取って代ることを意味する。
　共有制の成立については、『ゴータ綱領批判』の当該部分に則ることができる。『反デューリング論』の「分配」の記述も、概して的確な説明を行っている。

5.私有廃絶とは、住民全体が、商品―等価物を、蓄蔵したり貸借したりすることなしに、生存・生活することへの信頼を（社会にたいして、したがって、社会の住民全体に）もつことができる社会関係の形成を意味する。―――この信頼が形成できる以前は、人々は、生活手段を排他的に所有せざるをえない。そして、その所有を防衛するために、人々は優越的・特権的地位に上昇することを互いに求め、社会的に敵対し、有力勢力は、国家権力（またはその萌芽）によって他を統制することを必要とする。
　こうした社会的敵対を終焉させ眠り込ませるために、全住民の相互関係を如何に変革するのかが、共産主義社会形成のための根本課題である。
　この変革内容は、「共産主義は私有廃絶の一語に総括される」性格をもつ。

6.上述の意味での私有廃絶―共産主義（社会主義）社会出発の重要指標は、『ゴータ綱領批判』が上げているいわゆる「労働証書制」の成立にある。
　従来、「労働証書」を、この指標とすることには、スターリン派を筆頭に強い抵抗があった。
　スターリン派の場合には、労働証書制とは程遠いソ連などの社会を「社会主義社会」「社会主義的生産様式」と宣言する上での政治的便宜が絡んでいる。
　しかし、スターリン派を批判する思想においても、“「労働証書」は分配面の問題である。経済の根本問題は分配ではなく生産にあるというマルクス主義の根本思想に立てば、「労働証書」に過度の位置を与えるべきではない”という理解が少なくなかった。
　根本問題が「生産」にあるという命題は正当である。―――ただし、この命題の誤った理解（転倒した理解）は、「生産」と「分配」とを対立させ、“分配格差にこだわることは生産が根本問題であることを忘れた反マルクス主義的思想である→「社会主義と粗野な平等主義とは何の関係もない」”というスターリンの「不平等社会主義」の土台になっていった。

（私は、「生産」「分配」問題についての従来の有力思想の扱いと、それに対する批判とを、『山田宏「伊藤見解との相違点――スターリン体制はプロ独ではない」への評注』の「〔序〕「不平等社会主義」との最後の戦役―――過渡期の国有生産手段＝「社会主義的生産様式」規定と「生産―分配」の機械的分離論との密接な関係、および、この点をめぐる山田見解の自己矛盾」の中でまとめて提出した）

　個別化された諸個人が主体で社会的敵対・緊張をもたない生産手段共有とは、生産にたいする同等の権利があり、その一環として生産物への同等の権利・請求権がある共有制しかあり得ない。それは、分配面で系統的な不平等をもたないことを必要条件とする（これは、共産主義第一段階では、労働時間に応じた分配、という意味での「平等」を指している）。
　共有生産で系統的な所得格差が制度として維持されるものとは、奴隷制・農奴制を除いて考えることはできない。分配格差を持つ共産主義的な共有制とは形容矛盾である。
　また、労働証書制に変革すべき労賃制も、単なる「分配」面の問題ではない。労働力を買い入れ消費して価値増殖を行うということは、資本主義的生産の生産様式としての特質を規定する根本内容である。
　したがって、労賃制から労働証書への移行を「分配」面の変化なので、体制変革にとっての根本指標にあげることはできない、という理論は、むしろ、「生産」を根本と捉えるマルクス主義の命題に反するものなのである。

7.「労働証書制」の成立は、全住民が、等価物の蓄蔵や、その蓄蔵での他者への優位などに頼ることなく、ときどきの労働に応じた分配で生活への保証を得ることを実感できることを意味する。そのためには、労働者住民の全体が、生活への不安（経済的な不安定・不足、他人・他勢力が排他的または過剰に生活手段を取得し支配する可能性など）を克服していることが条件になる。
　この条件がないならば、国家権力が権力的に商品・貨幣の廃絶を宣告しても、労働に応じた分配＝「労働証書制」を実現することはできない。「強制された労働証書制」の下では、「労働証書」の悪用や、「労働証書」にたいして振り出される債権・債務などが通貨の機能を帯びて、実質的な貨幣経済が生き延び、いつか、その実体に国法を一致させる。
　「労働証書」とは、労働に応じた分配という単純な生産―分配関係＝共有生産に向けて住民全体の相互関係を変革してゆく上での目標・指標であって、それを国法によって制定することはできない。
　「労働証書制」は、労働に応じた分配を規制する公的な力を必要とはするが、それは、社会から離れて聳え立つ暴力装置による支配＝国家権力の規制とは異なる。「労働証書制」は、旧来の意味での国家の死滅と不可分である。

1.「労働証書制」を指標とする共有生産手段による生産の開始（＝共産主義低次段階の出発）点が、資本主義から共産主義への生産関係の転換点を意味する。
　「政治革命」によるプロレタリア独裁＝過渡期の開始は、共産主義社会実現に向けたプロレタリアートの階級闘争の煮詰まった革命過程を意味する。

2.「政治革命」から共産主義社会の出発点までの期間すなわち過渡期は、次のような性格で理解されるべきである。

《経済的土台の転換》

3.過渡期という時代は、経済的社会構成の基本性格では、未だ資本主義を脱していない。
　そこでは、国家権力は、経済的有力階級である資本家階級の利害・支配を実現する性格を後退させ、その廃絶の条件を高める政策を開始する。――ただし、この政策は、資本主義廃絶の意志・意図だけで実現できるものではなく、その意図に合致した政策内容を必要とする。この基本性格は、依然として、有産階級に対する無産階級の階級闘争である。

4.経済的土台では、未だ共有制＝共有生産手段による共産主義的共有生産は成立していない。
　国有生産手段は、商品・貨幣経済の只中にある生産手段という性格では、資本主義国家の国家資本と同一である。ただし、「倒産しにくに資本」である国家資本は、プロレタリア国家権力の下では（政策が適切であれば、その度合いに応じて）資本主義から共産主義への変革に利用できる。

《政治的上部構造の転換》

5.「政治革命」によって、資本主義的な国家権力は、どのような階級性格に転換するのか？

(1).共産主義的な国家権力（政治的上部構造）というものは存在しない。共産主義社会には国家は存在せず、上部構造で存在するのは法律的上部構造だけである。

(2).資本主義的生産様式、共産主義的生産様式のいずれとも異なる「プロレタリア的生産様式」のようなものは存在しない。同じ意味だが、プロレタリアは、経済的な有力階級になることはなく、それゆえ、この意味で支配階級になることもない。
　――したがって、
　資本主義的国家権力が、「政治革命」を通じて「プロレタリア的国家権力」に転換するといっても、この「プロレタリア的国家権力」は

a.共産主義社会の政治的上部構造ではありえない（つまり、「共産主義的国家」ではない）。
b.しかし、だからといって、「プロレタリア的生産様式」なるものの上部構造でもない。
　――そうだとすると、「プロレタリア国家」（＝プロレタリア独裁、過渡期）とは、どのような経済的土台の上に立つ政治的上部構造なのか？

6.プロレタリア国家の経済的土台が共産主義的生産様式ではない限りは、それは、（典型的なものではないにしても）資本主義的経済の最終局面である。あるいは変革過程の最終局面にある資本主義経済といってもよい。
　したがって、その政治的上部構造は、ブルジョアジーにたいするプロレタリアートの階級闘争によって資本主義の廃絶をめざす権力であるという意味で、「プロレタリア国家」ということはできる。――しかし、この言葉によって、「プロレタリア国家」を、資本主義を廃絶した経済・政治をもつ社会であるように捉えるならば誤りになる。

7.「プロレタリア国家」＝「プロレタリア権力」とは、資本主義的な経済的土台の上にあって、国家権力を、資本主義廃絶のための「技術上の手段」として利用することを意味している。
　この局面は、経済的な有力階級（＝資本家階級、または資本家階級と地主階級）と政治権力を握る勢力との利害が系統的に対立する特殊な局面である。この局面は、全一的な経済的社会構成の性格を持つ社会ではない（共産主義的な経済的社会構成ではないし、かといって、「プロレタリア的な経済的社会構成」なるものが存在するわけではない）。
　すなわち、資本主義的国家権力が、プロレタリアートの「政治革命」によって転じる性格は、特定の生産様式―経済的有力勢力の基盤をもたない特殊な政治的上部構造＝国家権力である。それは厳密には（プロレタリア的政治的上部構造や共産主義的政治的上部構造ではなく）革命過程としての性格であり、過渡的な性格である。したがって、マルクスが『ゴータ綱領批判』で、この時代を「政治上の過渡期」と呼んだことは的確であったと考えられる。

8.国家権力が、非和解的な社会的敵対と不可分である以上、国家権力は、たとえ「プロレタリア国家権力」であっても、上述の「過渡的」性格以上のものになることはできない。すなわち、「プロレタリア的生産様式」の政治的上部構造として、全一的な経済的社会構成の一部となったり、共産主義的生産様式の上部構造になったりすることはできない。
　「政治革命」によって転換する国家権力の性格は（政策が妥当であれば）資本主義にたいするプロレタリアートの階級闘争に、国家権力をも「技術上の手段」として利用する局面を意味している。

9.その利用のための条件は
(1).国家権力を掌握する勢力が、資本主義廃絶を目指すこと
(2).通例、資本主義的国家権力が、（多くは官僚を通じて）有産階級と無数の網の目で結びついている状態を断ち切ること（＝ブルジョア国家権力の粉砕）
(3).私的資本が利潤を求めて運動し、資本―賃労関係、経済格差、分業等々を再生産する運動を系統的に規制する物質的力・対抗力をもつために「倒産しにくい資本」＝国家資本を基盤に持つこと。そのための私的資本の収奪は、私的資本を弱体化するものともなる。
(4).この「技術上の条件」を利用して、有産者の特権や成長を押さえ、労働者の生活向上や安定を高め、所得格差・差別を後退させ、労働者間の排他的競争や敵対を後景化させ、労働者の自主的な教育・成長の条件を高めるなどの政策を遂行すること。分業固定の緩和、平等化は重要な指標の一つである。
　――これらが条件になる。

　ただし、これらを実現しても、資本主義に代る生産様式・経済的社会構成を成立させたわけではないので、その経済性格自体が、非資本主義的な経済関係を再生産する力をもってはいない。
　そのためには、この条件を利用した全社会的な変革を必要とする。この変革のなかには、国家の死滅、その一環としての国有生産手段の質的な変革・廃絶＝共有生産手段の一画への止揚を必要とする。
　このためには、
a.プロレタリア国家が、その目的を進めるために寄与できる政策を提出できること　――がさらに必要になる。プロレタリア国家の階級性格は、一度プロレタリア権力を樹立すれば、基本的に確保できるというものではない。それは、革命過程の権力として、プロレタリア階級闘争を的確に前進させることができる限りで、その度合いに応じて、プロレタリア的性格をもつことができる権力である（反対に、その政策の弱さや誤りは、ブルジョア的性格の反映を意味してしまう）。
　しかし、これだけでは足りない。
　国家自身では、国家・国有生産手段を不要とする政策を行使することはできない（その条件を創るための政策は求められるが）。
　ここで、
b.国家を不要とし廃絶する社会関係への全社会的な変革を推進する課題
　――が独立した領域として浮かび上がる。
　それが、「社会」（＝法律的上部構造）領域の変革である。

*.国家権力は、従来の極端な差別・抑圧などを、それらの抑圧とは別の抑圧・強制力で押え込むことができるだけである。
　労働者住民相互間の格差・差別、分業固定などを緩和・克服してゆく課題を国家権力が完遂することはできない（ある程度の条件を供与できるだけである）。これは、長い階級社会の歴史が形成した社会関係に代る、新しい、より対等・平等で自立した社会関係を、生産現場でも地域社会でも教育でも、（どのような形態になるかは別にして）家族関係でも、様々なところで、（旧来の関係変革と不可分に）新しく創り出してゆく創造的な作業である。したがって、それぞれの場面での労働者住民自身の変革への活動を必要とする。
　そのような労働者住民間の不信や排他的競争・敵対の克服を、「私有制廃絶」に結実させることが、過渡期の「社会」（＝法律的上部構造）変革の基本性格である。

共産主義運動の伝統的理解との相違点

　以上は「政治革命」以後の過渡期→共産主義社会への体制変革の基本性格である。それに対して、スターリン派を筆頭とする有力思想では、「政治革命」以後の私的資本収奪を生産関係変革の主局面と捉え、この収奪した国有生産手段に「社会主義的生産様式」が成立すると理解する。
　ここでは、“プロレタリア権力樹立→その権力による資本収奪”という政治的上部構造の活動で、資本主義から社会主義（共産主義）への変革を、生産の根幹で基本的に実現できると主張されている。
　その結果、必然的に、その他の領域は、資本主義から共産主義への体制変革にとっての「残務処理」の位置しか持ち得ないことになる。
　この理解に立つと、法律的上部構造変革＝「社会」変革（あるいは「社会革命」）は、この「残務処理」以上の位置をもたない。

「政治革命先行説」との関係

1.プロレタリア権力樹立→資本収奪によって、生産関係変革の基本課題が達成できるとするならば、資本主義国家の階級闘争では、（他の社会領域がどのような状態であっても）「政治革命」を実現しさえすれば良いことになる。
　したがって、この思想は、“まず政治革命を”という「政治革命先行説」と適合する。

2.それに対して、プロレタリア権力を体制変革の「技術上の手段」と捉え、（国家・国有生産手段を変革・廃絶することを含む）「社会」領域での変革を、私有廃絶＝共有制・共有生産手段による共産主義的生産成立への直接要因と捉えるならば、「政治革命」以前＝資本主義国家での「社会」領域変革の捉え方も異なってくる。
(1).意志的な変革領域である上部構造で、資本主義から共産主義に至るまでの系統的な変革を必要とする領域は、所有関係を含む法律的上部構造である。
　それに対して、政治的上部構造は、変革途上（その最終局面）で死滅する。
(2).法律的上部構造領域での私有制から共有制への変革、すなわち労働者住民の相互関係全体を、所有をめぐる排他的・敵対的な関係から協同の関係に変革することは、ブルジョア国家権力下、プロレタリア国家権力下を問わず、前進させるべき課題である。
a.それは、プロレタリア国家権力を「技術上の手段」として利用する過程を経ることなしには、私有廃絶の目的を達成するまでには進むことが出来ない。それなしには、資本主義国家での、この領域の変革は、資本主義的生産の自由な展開と、それを基盤とするブルジョア国家権力とによって、不断に侵食・解体される部分を持つ。
　したがって、権力問題に消極的な姿勢をもつことは誤っている。
b.しかし、資本主義国家の「社会」領域の変革は、「政治革命」に集約・還元されるのではなく、相対的に自立した位置をもつ。
　この領域の蓄積が大きいと、「政治革命」以後の「革命過程」を成功裏にくぐりぬける可能性が大きくなり、困難や犠牲を小さくできる。反対に、この蓄積が小さいと、「政治革命」以降の過渡期の変革に失敗し、元の資本主義国家に「着地」する可能性が大きくなり、成功する場合も、困難や犠牲が大きくなる。―――そして、これは、「量的」な大小に止まらないともいえる。「社会」変革の成果・経験が小さい例として、社会全体にも運動体などにも社会的差別が根強く残っている場合、住民間の敵対が根強く残っている場合など、それに対する反発が「反政府」意識としてプロレタリア国家に向う条件があるので、過渡期の困難さは幾乗倍にもなりやすい。
c.したがって、資本主義国家での階級闘争において、ブルジョアジーの国家に対する直接の反政府闘争とともに、労働者住民内部の関係（これには、生産点内部の関係や、左翼政党を含む政治組織内の関係なども含まれる）を共産主義的な対等・平等・相互尊重・協力的なものに作り上げてゆく「社会革命」の蓄積を進める必要がある。その前進は、（国家権力の利用を不可欠とするが）それ自身が、共産主義社会実現の成否に直接かかわる蓄積となる。

まとめ

1.資本主義国家から共産主義社会に進むためには、「政治革命」は不可欠である。
　（なお、「政治革命」の条件は、プロレタリアの闘いの質的・量的成長に比例して拡大するとは限らない。その他の多くの条件に依存する）

2.したがって、資本主義国家での「社会革命」は、「政治革命」なしには共産主義社会に結合しない。

3.しかし、「政治革命」―プロレタリア権力・国有生産手段は、共産主義社会実現への不可欠の「技術上の手段」であるが、それ自身の内容が共産主義社会に結合するのではない。それは、共産主義社会への移行過程で質的な変革・廃絶の対象である。

4.それに対して、「社会革命」の内容（差別克服、協同組合的活動、他）は、上部構造の要素として、共産主義社会の内容に結合する。

5.すなわち、資本主義国家での「政治革命」追求と「社会革命」前進とは、表面上、二元的な性格を帯びる。この二元性は、過渡期に入っても残るが、過渡期の終了―共産主義社会出発の時代に向けて集約される。
　（従来、階級闘争のこれらの諸要素を、権力奪取の時点に集約されるものと捉えて来たことは正しくなかった。この思想は、階級闘争を一元的に捉えようとする正当な志向に基づくものであったが、その集約時点の想定に誤りがあった）

6.以上の意味で、「政治革命」からしか共産主義社会への変革が始まらないとする意味での「政治革命先行説」は克服されるべきである。
　同時に、以上の意味で、「政治革命」＝権力問題の不可欠性をあいまいにすることも正当ではない。

構造改革派との比較

1.「社会革命」の自立した領域を明らかにするためには、「政治革命」―資本収奪によって共産主義的（社会主義的）生産が成立するのではなく、それ以降の「社会」変革の独立した課題が存在することを明確にする必要がある。
　このことを基礎に、「政治革命」以前の「社会革命」の独立した性格を根拠づけることができる。
　すなわち、「政治革命」後も、変革対象としての資本主義的性格を、未だに脱していず、そのことを労働者住民が自覚し、国有生産手段を含めて、変革方向を理解し、推進することが不可欠である。
　この観点は、「政治革命」後の国有経済を保守的・固定的に防衛することをもって「社会主義建設」とすることを根本性格としたスターリン派の体制変革理論を克服する核心でもある。

2.それに対して、構造改革派の主傾向は、「政治革命」以前の資本主義国家に、社会主義的要素が形成されることを強調し、そこに、「政治革命」に対する「社会革命」の独立した位置を見出すことを追求した（資本主義社会での「社会主義の島」形成、革新政権による独占資本の規制、他）。
　しかし、この観点は、「政治革命」後のプロレタリア国家を「社会主義」と捉える点では、理論性格上は、むしろ、スターリン派（主流派）よりも強くなる。資本主義国家の下でさえ「社会主義」的要素を形成できるという理解に立っているからである。――そのため、スターリン派への根本的な批判の観点を欠くものとなる。
　また、「政治」に対する「社会」の独立した位置を、資本主義国家を中心土俵として根拠付けようとした結果、両者の根本的・系統的な違いを根拠づけることが困難になっていった（『未来』9号、p8～9参照）

ブルジョア的変革とプロレタリア的変革

1.“ブルジョア的変革は、封建制の胎内で商品経済・資本主義的生産が成長しはじめるので、経済的変革→政治革命と進むが、プロレタリア的変革は、政治的変革（政治革命）→経済的変革と進む”という従来の有力見解は、一般に、ブルジョア的変革とプロレタリア的変革とで、「土台と上部構造との関係が反対になる」という印象を生み出しても来た。
　この理解は、“（やはり『空想から科学へ』などが特徴づけていることだが）ブルジョア的変革は、封建制の胎内で成長する商品経済・資本主義的生産を基盤に、自然発生的意識で実現できたが、プロレタリア的変革のためには「社会の法則」を理解する「科学的世界観」―社会の科学的認識を必要とする。ブルジョア的変革の主体は、自分たちが推し進める変革の客観的行く末を理解していなかった（たとえば「自由・平等・博愛」の社会を作るつもりで、大ブルジョアの支配する社会を作り出した」など）が、プロレタリア的変革では、人々の主観的意図を裏切る社会法則を理解し、それを人々の統制下に置く点で、ブルジョア的変革と根本的に異なる（プロレタリア革命は、他の変革と違って「法則の理解」に基づく革命である）”――という捉え方ともつながっている。この理解・印象は、プロレタリア革命を、「意識性による革命」のように性格付け、「意識性」を競い、主観主義に進むことを促す一要因ともなってきた。
　ブルジョア的変革とプロレタリア的変革との（一見すると事実に合致するように見える）上述のような対置は正当なのか？

2.ブルジョア的変革とプロレタリア的変革とでは、人類前史の枠内での変革と、前史を終了させる変革という根本的違いがある。
　しかし、にもかかわらず、両者の間に上述のような質的な差異があるわけではない。

3.両者ともに、物質的条件＝経済的発展が変革の条件を形成していること、および、意志的領域では、所有関係の変革（旧所有関係の侵害）を通じて生産関係が変革されていることでは同一である。
　また、「法則の理解」については、その変革に必要な法則の範囲が異なるだけで、法則理解の不要・必要という差異ではない。

4.両者が「正反対」に見える理由の一つは、封建制から資本主義への政治的上部構造の変革が、分権的で幾重にも重なり合った領主の権力から、民族国家の単一・集権的権力への変革という性格をもつところにある。その結果、封建的な政治的上部構造の中心である領主の「治外法権」的権力の崩壊から市民革命によるブルジョア的中央権力成立まで長い期間を要することになる。――しかし、後者を政治的上部構造の性格転換の時期と捉えると、体制変革全体の推移を誤って理解することになる。
　マルクスは、イギリスでは15世紀に農民は自営農化し、封建的所有は看板になっていたと述べている（『資本論』24章）。農民の自営農化、商品作物生産、貨幣地代への転換は、封建的な領土制の終焉を意味している。この転換は、商品経済の発達を意味するが、しかし、農民が商品売買に入るためには、強制であれ合意によるものであれ、農奴が、従来の領主の封建的所有権を侵害することが前提になる。――すなわち、“経済的条件→所有変革→生産関係変革”という体制変革の基本構造が現われている。

　その後、市民革命に至る過程では、領主間の戦争、農民戦争（政治行動）の時期があり、本源的蓄積の時代を経過する。生産手段から切り離され農地から追放された農民は、烙印や処刑の罰を含めた強制によって、無産者として資本家に雇われる組織的労働の訓練をたたき込まれる。この時期は、封建的性格を強く残す領主・領土とブルジョア化した地主・領土との抗争という地域的な差異を含めて、封建的性格とブルジョア的性格とが混在している時期である。
　いわゆる「ブルジョア市民革命」は、この変革過程の最後に位置している。それは、貴族の身分特権など封建的な政治的上部構造の最後の残滓を一掃する変革であるが、同時に、成長しはじめた資本主義的生産（マニュファクチュア、問屋制手工業など）での資本家と労働者との対立の産物でもある。『空想から科学へ』では、市民革命を「貴族・ブルジョアと無産者との階級闘争でもあった」と述べているが、これは、核心をついている。すなわち、「自由・平等・博愛」は、純然たる資本家階級のスローガンではなく、形成期のプロレタリアートの要求でもあり、むしろ後者の面が強い。
　“資本家階級は「自由・平等・博愛」をかかげて革命をおこなったが、「法則理解」がなかったので、その意図とは異なる結果をもたらした”――という捉え方は事実に反している。元々大ブルジョアは「自由・平等」などを要求していない。このスローガンが実現できなかったのは、形成期の無産階級の力の弱さ、未成熟を意味している。

　それぞれの階級にとって必要な「法則理解」は、その階級の利益の性格に照応する。　資本家階級は私有制の中で自分の利益を実現できるので、必要なものは、その狭い私的利益の枠内での法則理解である。どのような売買、どのような生産、どのような貿易を行えば利益を拡大できるのか、そのためにどのような政策を政府に取らせればよいのか……これは、その範囲での法則理解であり、社会への科学的理解である。―――その先は、仮に理解しても資本家の利益に直結しないので、必要な範囲に入らない。
　それに対して、プロレタリアートの階級的利益は、労働者住民全体の共有制の形成にある。そのため、共産主義社会への変革のためには、桁違いに広い社会全体をめぐる法則理解が必要となる。すなわち、要求される社会の科学的認識の範囲が非常に広いものになる。――そして、資本家階級が、資本主義社会の先の法則を階級としては把握しなかったように、プロレタリアートも、また、共産主義社会（または人類本史）の発展法則を階級として把握しているわけではない。
　両者に、こうした差異がある。しかし、意識性の有無とか法則理解の有無とかの違いがあるわけではない。
　―にもかかわらず、この点を踏まえておかないと、無規定な「意識性」一般や「法則理解」一般を、プロレタリア革命の特質であるように捉え、それを一般的に強調する体系におちいる傾向をもつことになる。
　体制変革のために、どのような意識性、どのような法則理解を必要とするのかを、社会的構造から規定することを基礎にすえなければならない。
　その際に、その意志的領域の最も大きい部分である法律的上部構造（＝「社会」）領域変革の位置・内容を（「残務処理」の位置に置くのではなく）体制変革の根幹の位置で捉えることが重要である。（以上）

参考

・『展望』（「共産主義運動再構築の展望―党綱領原則部分の提起」（『国際主義』編集会議結成大会採択。91年）
・「社会的構造をめぐるマルクス主義理論と市民社会論」（94年）
・「共産主義運動の統制的性格の検討」（『国際主義』26、27号）
・「共産主義運動の危機と、過渡期―共産主義論」（伊藤、97年）および、それをめぐる論争（≪山田宏「伊藤見解との相違点―スターリン体制はプロ独ではない。『国際主義』28号≫≪伊藤一「伊藤見解との相違点――スターリン体制はプロ独ではない」への評注≫）
・「榎原綱領（案）の検討」（伊藤一、『国際主義』36号）

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