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金子勝の反グローバリズム論

はじめに
1）グローバリズムへの対抗
2）セーフティーネットの張り替え
3）市場の作り変え
4）近代的人間論

はじめに

　9月11日のニューヨークでの事件は、この間、アメリカを中心に進められてきたグローバリゼーションに対抗しようとするものでした。それはまた、市場原理主義の行きづまりをも示しています。そこで、従来からグローバリズムと市場原理主義とを批判してきた金子勝さんの説を紹介します。

1）グローバリズムへの対抗

　戦略金子勝は、市場を作り変える戦略を提起するにあたって、グローバリズム対ナショナリズム、という今日の対立図式の双方を批判し、自らの提起を新たに第三の道であると主張しています。
　グローバリズムとは、市場原理主義に他なりませんが、金子によれば、市場原理主義は、自らの原点である人々の自己決定権を保障しないのです。というのも、それは、市場を野放しにすることで、市場の不安定性を限りなく増幅し、一人ではとても負えないリスクを高めていくからでした（『反グローバリズム』岩波書店、9頁）。
　他方で、グローバリズムという名の市場原理主義の横行に対して、ナショナリズムも登場していますが、それは高まっていっているリスクをとりのぞけるような提案は何もなく、リスクに追われている人々の苛立ちに対して、精神的な癒しを提供するに終わっています。
　この二つの対立図式を超えて、金子が提起するのは「社会的共同性に基づいて自己決定権を高めるという視点」（9頁）であり、「自分で自分の人生の選択を可能にする自由で民主的な社会こそが、目指すべき社会」（9頁）だ、という考え方です。
　それは、端的に言って「市場を作り変え、市場と政府を自らの手に取り戻す道」（10頁）であり、そして、この道は、二つの戦略から構成されるとされています。

「一つは、市場と社会の変化に応じて、セーフティーネットを張り替える戦略である。これは、時間を軸とする戦略である。そしていま一つは、政府と市場の双方に、人々の手が届く公共空間を創り出して行く戦略である。これは、空間を軸とする戦略である。この時間と空間の両軸の重なり合うところに、近未来社会のビジョンが構想される。」（10頁）

　金子によれば、セーフティーネットの張り替えとは、一人ひとりでは負えないリスクを社会的に共同で分かち合うことよって、歴史的拘束条件から自由になり、自己決定権を高めていくことが目的です。そして、この共同性を担保するコミュニティーの単位は、国民国家だけでなく、とりわけグローバリズムが横行している今日では、アジアという地域レベルでも必要なのです。
　また、公共空間を創り出していく、ということは、人々の生の選択を保障するために、政府と市場の操作可能性を人々の手の届くところに手繰り寄せて行くことが目的です。市場か政府かということではなくて、市場も政府も決して自己決定権を保証してくれないとすれば、そのなかに自己決定が可能な空間を自ら創り出して行く道が、問われているのです。

2）セーフティーネットの張り替え

　この二つの戦略について、金子は、アジアという地域的な領域と国民国家という領域での具体的な提案を行っていますが、ここでは、最後に述べられている市場を創りかえる戦略に的を絞って、紹介していくことにしましょう。
　そこに移る前に、金子が第3章グローバリズムへの対抗戦略で述べている内容から始めましょう。
　金子は、今日アメリカを中心として進行しているグローバリゼーションが、従来なされてきたセーフティーネットの張り替えを不可能とする地平へと到達してきたと見ています。つまり、資本主義の発展とともに進んだ住民の国民国家への統合過程では、セーフティーネットを上位のコミュニティーに向けて、つまり、村落共同体から、地方自治体へ、さらには、国民国家へと張り替えて行くことが可能でしたが、今日のグローバリゼーションの下では、世界政府も世界中央銀行も存在していないから、結局、国民国家のうちで最も経済力、軍事力の大きい覇権国がそれを代位せざるを得ませんが、しかし、アメリカが全世界の国民国家では担えない領域のセーフティーネットを背負うことはできません。
　それで、現実的には二つの方向が検討されていくことになります。一つは、グローバリズムに対してあくまでも国民国家を単位としていくことであり、もう一つは、グローバル・レベルにおける新たなセーフティーネットとして、世界中央銀行と世界貨幣を創り出そうという方向です。
　でも金子は、両方とも失敗すると見ています。そして「市場を広がりに伴って、より上位のコミュニティーにセーフティーネットを押し上げてきた歴史の運動を逆転させること」（68頁）を提案しています。つまり、グローバルなレベルからリージョナル、国民国家レベルからローカルなレベルへと、より下位のコミュニティーに向かってセーフティーネットを張り替えて行く、ということなのです。

「なるだけ人々の手の届く、より下位のコミュニティーにセーフティーネットを下ろして行くことによって、市場の暴走に対して、防御線を張って行くのである。こうした戦略は、本源的生産要素市場、わけても、通貨・金融　あるいは、労働・福祉といった領域で有効性をもつ。」（69頁）

　このあと金子は、セーフティーネットの張り替えについて、具体的な提案を述べていますが、それは省略して、市場の作り変えに移りましょう。

3）市場の作り変え

　金子が市場を作り変える、というとき、それは「市場のなかに公共空間を創り出す」（135頁）ということです。
　そしてこの作業は、自己決定権を高めるために社会的共同性のあり方を問い直す、という視点に貫かれていなければなりません。

「その意味で、市場のなかに公共空間を埋め込むことは、何らかの社会的共同性に基づいて、これまであった市場とは別の交換の領域を創り出すことを意味している。具体的には、前にも述べたように、介護や育児における共同事業、さまざまなNPO・NGO、地域的な貨幣共同体やボランティア切符制度、産直ネットワーク、協同組合、ワーカーズ・コレクティブなどを指している。あるいは、広い意味で、中小企業のネットワークの動きも、これに含めても良いかもしれない。これらの公共空間は、市場の特性を活かしつつも、利子や信用創造の働かない非投機的な世界で構成されている。」（135～6頁）

　ここで述べられている市場とは別の交換領域とは、金子によれば、市場のなかに市場とは異なるルールを持つ社会的交換のことで、これは一種のルール・カップリングとしての意義をもつものとされています。それは、市場の暴走が及ばない多数の公共空間を創り出すことで、市場の不安定化がもたらすリスクやショックに強い柔構造の経済社会をつくり出せる、というのです。
　そしてこのような社会的交換をつくり出していくためには、第三者評価機関を形成していく必要があるとされています。これは、ムーディーズなどの格付け会社や、また、国家機関が関与している認証制度などとは異なり、これらに対抗しつつ、市場の価格シグナルでは表現できない人々のニーズと情報価値を送り出すものとされています。
　そのようにして形成される第三者評価機関は、次の三つの機能をもつとされています。一つは、自らモラルを律する機能であり、二つ目は、市場を作り変え市場を自らの手に取り戻す切り札として積極的役割を果すことであり、三つ目は、政治や社会の中に多元的価値を埋め込む機能です。
　このような市場の作り変えのために、既存の中間団体の自立が必要です。一つは、労働組合で、これはこれまで経営側と一体となって閉鎖的な企業社会を作ってきましたが、今日では、自ら内部チェックを行うNPO的団体へと脱皮することが問われている、というのです。二つ目は、崩壊の危機に直面している農村と農業です。ここでは農村の閉鎖性を打破して社会に多元的価値を制度として埋め込む戦略が必要だとされています。
　最後に、金子は、このグローバリズムと対抗する対抗戦略の主役は誰かと問い、それに「弱い個人」をあてています。市場原理を擁護する自由主義経済学は「強い個人の仮定」のもとに議論を展開してきたが、今日のグローバリゼーションの下で、その議論は破産しており、これとは逆に、「弱い個人の仮定」のもとに新たな経済学が構想されねばならない、というのです。この点については、もう一冊の本『市場』（岩波書店）に詳しいので、そちらの方を参照して見ましょう。

4）近代的人間論

　金子の人間的近代論は、従来の、自立した個人か、拘束された個人かという二分法を克服しようという見地から打ち立てられています。

「生きている社会によってそのあり方は違うけれども、近代以降、誰もが自立性と共同性の両者に折り合いをつけないと生きて行けなくなった。当然、近代以降の社会を分析する視点も分裂する。『自立した個人』を方法上の出発点とするのか、『個人を拘束している全体』から出発するのか…以降の思想は、まるで振り子のように両者の間を揺れ動いている。そして、いまだに近代的人間の分裂に折り合いをつけることが出来ないでいる。どちらから出発しようと必ず論理の裂け目が生じてしまうからだ。そしてその裂け目から思想は現実によって裏切られてゆく。」（『市場』X頁）

　ここで述べられている近代的人間の分裂とは、近代社会以前には家族を含む共同体の規制や慣行に生活の大分部を縛られていた個人が、近代の市場社会の確立と拡大によって、家族や共同体の規制や慣行から切り離されていくことによって生まれました。金子によれば、その分裂は、自立性への要求と共同性への要求という分裂した要求をもつことに求められています。近代的人間に分裂を認める説は珍しいものではありませんが、金子の説は、この分裂を統一において捉えようとすることに特徴があります。

「あえて単純化の誤りを恐れずに、我々は、さしあたり近代的人間を〈個の自己決定権〉と〈共同性〉の緊張関係の中にしか生きられない存在と規定する。その意味するところは単純である。まず人々が〈個の自立決定権〉を行使したと感ずるのは、人々が形成する〈共同性〉の規範・コードの文脈においてのみ可能になるという意味である。他方〈個の自己決定権〉を保障しようとして三大生産要素（土地・労働・貨幣）の私的所有を徹底して市場化を推し進めれば、市場化の限界に突き当たって〈共同性〉の規範・コード自体が破壊されてしまうという意味である。つまり両者は、相互補完的に『結合』していなければならない。」（『市場と制度の政治経済学』東大出版会、3頁）

　金子説のポイントは、個人が自己決定をしたと感じているとしても、それは人々が形成する〈共同性〉の規範・コードの文脈においてのみだ、というところにあります。この意味で、自立性と共同性とは結びついており、従って、強い個人の仮定に基づく市場原理主義は、個人の自己決定を支える共同性を排除してしまうことで、個人が自己決定できないようなリスクを課してしまうのでした。そこでセーフティーネットの張り替えが必要だという政提言が出てくるのです。（続く）

Date: 2006/1/5
Section: 協同組合運動研究フォーラム
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