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7.フリーターズ・ネットワークのイメージ

2001.8.15　榎原均

1）議論の収斂を求めて

　フリーターズ・ネットワークの準備にかかわっています。私はフリーターの社会的役割について、持続可能な社会の主役ではないかと考え、色々問題提起をしてきました。その時,議論にすっと参加できる人たちも居ますが、議論に違和感を感じている人たちもけっこう多いことに気づきました。
　10年近く前のことでしたが、たまたま若い人たちとの話し合いの場があり、そこで色々な話をしたのですが、その時、1対1の関係では対話が成立するのですが、10人位の参加者間では一つのテーマで議論が進むということにならなかったという経験をもっています。私が一人の参加者とあるテーマで対話しているとき、他の人たちは対話に参加もせず妨害もせず、ただ自分の番を待っている、という感じだったのです。
　最近の色々な会合は、みなそれぞれ目的があって集まっていますから、一つのテーマで議論をしても、おそらく集団的な議論に慣れていないのでしょうか、議論が収斂していくケースはまれです。個の唯一性を認め合うという見地からすれば議論が収斂しなくてもいい、という気もしますが、しかし現実には個の唯一性を認め合えないことで議論がかみ合わないことの方が多いようです。

2）「私の絶対性」

　以前に私は「新しい思考で地域を考える」の「B.21世紀の〈私〉」で、今日の個人は「私の絶対性」という意識に捉われている、と述べました。このこと自体は、今日の人々は自己中心主義だ、というように誰もが認めていることです。そして、その原因となると、主として教育や家庭でのしつけの問題とされがちですが、私は、現代人の生活の生産再生産のほとんどの領域が商品交換によってなされていることに原因を求めました。

　女性が家庭を出て働くことが増え、男女共稼ぎになると、家族の生活資料やサービスの商品化が進み、家計のそれぞれの成員が商品の購買者として市場に登場します。それでもなお残る家事労働は女性に担わせられているという現実はありますが、貨幣の所有者として市場に赴くときの意識は、何でも買える絶対者の気持ちです。けれども、お金がなければ何も買えない、というお金頼みの世界でもあります。生活のために必要なものを買うのではなく、お金を稼ぐために生活の方を順応させていく、これが一生続くとすれば、何のために生きているのか、という疑問が頭をもたげてくるのは当たり前といえます。

　このように「私の絶対性」は不安と一体となっています。というのも、商品化とは人間の経済的な社会関係の運営を、人間の意識的統制から市場メカニズムに委ねることであり、その際の共通の尺度である貨幣を人々が無意識のうちでの本能的共同行為によってつくりだすことでした。人々は商品や貨幣に意志を宿し、この単なる自然物に社会的な力を宿らせることで、自分の外にある物を神の座につけています。そして、この物神の命ずるところに従って、お金を稼ぐことを迫られているからです。

3）神は花盛り

　ニーチェは「神は死んだ」と言いましたが、現在は宗教の花盛りです。あるいは、現代人は「私の絶対性」というお金の意識に育まれて、自らを神格化している、とも言えます。
　キリスト教の神は、フォイエルバッハが見抜いたように、人間の類的な力が想像の上で人格化されたものでしたが、今日の多くの新興宗教も同じでしょう。ところが、貨幣所有者が自らを神格化するときの神は物神です。この神の精神構造は、森や山を神とみた自然宗教と似ています。それは決して宗教団体の結成へと向かいません。
　物神に囚われた現代人に対して、新興宗教は生きがいを提案してきます。お金に囚われた生活とは別のところに人間の本当の生活があるというわけです。

　でも、お金に囚われた生活がいやになり生きがいを求めながらも、宗教とは一線を画している人が大勢います。

4）神々の争い

　問題はこの大勢の人たちがどうすれば手をつなげるか、ということです。集まって議論しても必ずしも議論が収斂しない、というとき、現代人が貨幣の意識をもつことで、生身の人間のままで自らを神格化させている、という現実に注目すべきでしょう。

　お金に囚われた生活とは別のところに本当の生活があるということを宗教で解決しないとすれば、実際に生活をつくり出さねばなりません。いま典型的なものは、自給自足的な農的生活に入ることです。このもうひとつの生活は恐らく、今日の市場経済のあとに来る次世代のシステムの先験でしょう。その意味で、本来の人間の類的な力を代表していると見なせます。だから、このもう一つの生活の実践者がお金の意識に囚われて自らを神格化している現代人に対応するとき、変わり者と見られることに直面して、自らを神の化身としてしまうことになりがちです。この神は、もちろん宗教団体の神とは違うのですが、しかし大勢の人々と自分との間に一線を画してしまうことになります。
　この場合ほどではなくとも、何らかのきっかけで、お金に囚われた生活から抜け出そうという意識をもった人たちも、自らを神格化している現代人に対応するとき、自分たちの個人的な生活体験を拠り所とする結果、現代人との関係で神の化身とされやすい。そして、自分の体験の唯一性にこだわり、それを他人に認めてもらおうとします。そうなると、もう議論は収斂していきません。

5）協同主体

　最近の議論は、集まった人たちが一緒に何かやろうということで行われています。その場合、主体は、もちろん個々の個人ですが、しかしもう一つの主体として、個々人の間に形成される共同主体というものが生成しています。そして議論というものは、実は共同主体を形成していく試みなのです。
　そうだとすると、集まった人々が各自の個的体験にこだわり、それを唯一絶対的なものとしてお互いに押し出すことをすれば、個々の主体は存立し得ても、共同主体は無に帰してしまいます。そうではなくて、自分の身体を超えたところにお互いが共同の主体をつくり合うというように発想を転換すれば、自体は改善されていくでしょう。

　もともと運動の組織は共同主体でした。ところが組織が大きくなると、個人が組織に従属させられてしまう、という事態が起きました。この経験や、また現代人が「私の絶対性」という意識に捉われていることもあって、組織嫌いの人が多い、それも組織の経験もないのに組織嫌い！で、共同主体のイメージをつかめない。その結果、一寸一緒に仕事をしただけなのに「利用された」と思ってしまう。でも、共同主体としてある組織や運動に、自分の唯一性、自分の自己実現という見地からのみ参加するなら、その人は逆に、組織を個人のために利用しようとしているのではないでしょうか。個人のために利用できる組織というものは、まずないでしょう。個人は、共同主体としての組織で一定の役割を引き受けるとき、共同主体への参画という契機に注目できなければ、ただ疲れるだけ、ということになりかねません。

6）共同主体の連合

　フリーターズ・ネットワークもひとつの共同主体ですが、私は共同事業の集団の連合をイメージしています。それは沢山の共同主体のネットワークです。そして、いま問われているのは、個々の共同事業の集団をつくっていくことです。共同主体を共同事業の運営主体と捉えることで新しい動きが生み出されるような気がしています。まずそれは働く場ですから、生活の場です。次に、それは稼ぎの場ですから、従来の働き方の時間を減らしていくことができます。
　未来の社会のイメージを共同で保ちつつ、市場経済ともつながっている、こうなると、この構成員は自らを神の化身にしなくとも、類的な力の担い手としてあらわれることができるようになります。個々人の出入りは自由で、内部集団間の移動も自由、これを原理とした共同事業の連合、このような共同主体を含んだものとして、フリーターズ・ネットワークを立ち上げられないでしょうか。

Date: 2006/1/5
Section: 研修会こぼれ話
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