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社会的排除に抗した社会的包摂の闘いについて

１）社会的排除概念への接近

　社会的排除という言葉に接したのは、05年11月に行われた「ジャンテ氏招聘市民国際フォーム」の関西での実行委員会に加わったことが発端です。この関西実行委員会がフォーララム終了後も継続して持たれ、やがて「共生型経済推進フォーラム」と名のって活動を開始し２回の公開シンポを経て、06年12月には「ボルザガ氏来日記念シンポジウム」を大阪で実施し、130名もの参加者を集めることができました。

　この活動に参加する中で、社会的排除に対抗した社会的包摂という「EU発」の現代社会に対する批判的把握が、問題のポイントであることがだんだん分かってきました。それで現時点で判明したことを報告しておきます。

　一連の国際フォーラムはジャンテ氏招聘フォーラムから始まっているように「EU発」でした。そして私の直観ですが、EUでは80年代の大衆運動が「反核・エコロジー・フェミニズム」という言葉に集約されていましたが、この言葉の位置をしめていたところに、現在では「社会的排除に抗する社会的包摂」というスローガンがきているように思います。日本では差別を問題にし、なおかつ働く場の形成を追求してきた共同連や釜ヶ崎支援機構が国際フォーラム関西実行委員会の中心であったことは、日本での「差別撤廃」の運動の展開の帰結として、EUの運動に合流したと見ることができます。

　大沢真理は「生活の協同の意義」（『現代生協論の探求（理論編）』（コープ出版、2006）で「社会的排除の概念は、1980年代後半にフランスの社会学者によって発展させられ、1989年のヨーロッパ社会憲章の序文で明示的に言及された。97年のアムステルダム条約では社会的排除に対する闘いがEUに主要目標のひとつに位置づけられる。」（32頁）と述べています。大沢はこのあと日本における社会的排除がEU諸国を上回る形で進んでいて、これに対する対応の必要性を訴えているのですが、その紹介はここでの課題ではありません。

　EU12局を拠点にして社会的排除に抗する社会的包摂の取り組みが、協同組合や社会的経済や連帯経済といった諸団体、諸運動の努力の帰結として、社会的企業という新しい考え方の下に新しい形で取り組まれるようになったと思われます。また最近になって取り組まれているモンブラン会議については『勃興する社会的企業と社会的経済』（同時代社、2006）所収の粕谷信次論文に詳しいのでそれに譲ります。

２）社会的排除と社会的包摂

　EUで取り組まれてきた社会的排除の概念の明確化と包摂の取り組みについて紹介した本が出版されています。アジット・S・バラとフレデリック・ラベールの共著『グローバル化と社会的排除』（昭和堂、2005年）がそれです。この本の第一章　排除の定義、から社会的排除の概念について紹介していくことにしましょう。

「社会的排除は多次元で構造的な過程である。すなわち、それは一方では労働の不安定さや失業をふくみ、他方では福祉国家の危機、フレキシブルな〔資本〕蓄積のパターン、個人主義の台頭、そして第一次的連帯（たとえば家族のネットワーク）の弱体化などを通じた、社会的なつながりの崩壊をふくんでいる。」（2頁）

　著者達は社会的排除という概念を80年代になって顕著となってきた問題と捉えています。過去の排除が政治制度において労働者階級が代表されていないといった政治的な現象としてあったのですが、今日ではもっと多元的で構造的なものになってきているというのです。このような認識はヨーロッパにおける福祉国家の衰退と新自由主義の登場という80年代の歴史的過程を批判的に読み解く試みとしてあるようです。

　たしかに戦後のフォーディズム全盛時代のヨーロッパは経済の高度成長と共に労働者の権利も拡大し福祉国家を実現して、主として貧困をめぐる社会的緊張を緩和してきましたが、次の引用文にあるように、この体制は急速に破壊されていったのでした。

「1970年代後半と1980年代における資本主義体制は、先進工業国における社会経済システムの深刻な再編に見舞われた。資本のグローバル化と労働市場の再編は、新しいタイプの社会的・経済的規制や、スプラナヨナルな次元をふくむ新しい戦略をともなっていた。この過程において、フォード主義的産業組織の時代に持続可能な成長と社会正義とを維持するために調和して機能してきた多くの諸制度が破壊されていった。・・・・・新しい傾向は、民営化、自由化、公的サービスの削減、対象をしぼった支援への変更、労働市場の規制緩和へと導いた。」（4頁）

　EUでの資本のグローバル化は80年代にはすでに社会経済システムの深刻な再編に見舞われたとの事ですが、日本の場合は80年代は国際競争における世界での勝ち組のトップの位置にあり、バブル景気に湧いていました。この辺が、EUの対応と日本の対応を分けた原因なのでしょうか。日本はバブルのあと長期不況で失われた10年を迎えますが、いつかまたバブルにという期待がずっとあって、グローバリゼーションに対抗する動きは大きいものにはなりませんでした。その上21世紀にはいると「規制緩和・構造改革」という掛け声でグローバリゼーションそのものを政府が推進して行ったのです。これに対して80年代にはバブルに無縁であったEUでは、グローバリゼーションに対する警戒と抵抗が試みられたのでしょう。このような批判的な観点があったがゆえに、次のような的確な現状把握がなされています。

「1980年代に登場した新しい社会的懸案問題は、かつて社会にうまく統合されていた諸個人の剥奪にかかわるものであった。不安定さは、かつて確実な仕事に就き、良好な社会的ネットワークを享受していた労働市場の成員に影響をあたえた。したがって、新い貧困問題はマージナルな人びと（障がい者もしくは社会的規範から排除された人びと）にかかわるものではなくて、不安定な仕事と長期失業、家族や家族外の社会的ネットワークの弱体化、そして社会的地位の喪失といった多次元の諸問題に苦しんでいるますます多くの人びとにかかわるものであった。したがって社会的排除の観念は、個人の行動や特徴よりも社会経済構造の変化と関係しているのである。」（4頁）

　日本では自己責任ということで、このような問題の捉え方は「抵抗勢力」とされてしまいます。しかし今進行している事態は、資本主義が支配的になって以降初めて発生している事態ではないでしょうか。従来の貧困はプロレタリアになれなかった人たちの問題でした。その上労働者にしても、日本では出稼ぎ型労働者と呼ばれていましたが、農村から都市に出て賃労働者として働いて、失業したとしても田舎に帰れば食べるだけは不足しなかったのでした。しかし色々な保障の仕組みが破壊された今日、プロレタリアとしてそこそこの社会的経済的地位にあった人たちが失業すれば、セーフティーネットは本当に頼りないものしかありません。

「新しい社会問題の核心をなしているのは、多くの人びとが見舞われている社会的脆弱さの再燃である。それは不安定な形態の就労に追い込まれ、グローバルな経済の機能作用にとって永久に余計になってしまい、時代遅れになってしまうかあるいは障害物になってしまう人びとの数の増大によって示されている。……重大な問題は、人びとのかなりの部分が経済的効率とフレキシビリティの名において排除されている分断された社会において、社会的結束をどのようにして確保するかということである。」（4～5頁）

　初めての事態ということは、この対応策がうまく立てられないということに集中的に現れています。資本主義化の過程での貧困と社会的紛争は経済成長によって緩和する事が可能でした。アフリカやラテンアメリカの貧困と社会的紛争はいまだ解決のめどは立っていませんが、このような事態がいわゆる先進国といわれている国々で現実化しようとしているのです。

３）EUの対応

　日本がバブル景気に酔っていたときに、EUはグローバリゼーションに表現される新自由主義的政策が社会的排除を推進するものとして捉え、これに抗して社会的包摂の闘いを提起しました。

「1980年代末と90年代の初頭に、〔EUの〕欧州委員会は社会的排除の概念を普及させるうえで重要な役割を担った。同委員会は、社会的排除に対する闘いを加盟国と欧州の社会政策における重要な対象のひとつとすることに大きく貢献した。」（7頁）

　この頃の日本はバブル復活に期待していた頃で、以降の事態の進展についての対応策は誰も立てていなかったようです。ところがEUでは10年かけて、社会的包摂をEUの社会政策の主要な目標としていきます。

「社会的排除との闘いは、1992年のマーストリヒト条約における社会政策に関する議定書の中で政策目標として言及されたが、それはまだEUの構造上の中心部分になってはいなかった。社会的排除に対する闘いがEUの主要な目標のひとつとしてEC条約に中にようやく挿入されたのは、1997年のアムステルダム条約においてである。」（8頁）

　社会的包摂の問題を広めて行ったのはフランスの功績ですが、フランスの場合は独特の連帯思想が背景にありました。

「この新しい連帯モデルの登場は、社会的分業の枠内における個々人のいっそうの相互依存に由来していた。連帯はもはや機械的ではなくなった。なぜなら、この新しい連帯は、どの個人も社会の適切な機能作用における自分の役割を自覚しているということを意味していたからである。ここでは社会秩序は、共有された価値および権利の核心となる部分を基礎にして創りあげられた規範的なものとみなされている。それは国民のコンセンサスを前提にしているのであり、言い換えると、個々人の違いや関心がどのようなものであれ、個人を社会へと結びつける集合的な良心を前提にしている。連帯についての伝統的な道徳的議論は、個人や集団や階級の利益を超える国民的共同体の構築に関心を寄せるのである。
　連帯の議論は、社会階級間の対立、キリスト教的慈善、そして自由主義的個人主義を拒否する。それは、2種類の責任のあいだの関係にもとづいている。すなわち、個人責任と集団責任との関係である。このもとで国家は、個人と社会とのあいだの社会的つながりを維持し社会的統合を促進するうえで、重要な役割を担うことになる。」（11～2頁）

　このような連帯思想が、イタリアやドイツやイギリスなどのヨーロッパ諸国で受け容れられるようには思われず、まして日本ではもっと難しいですが、一つのモデルとして検討に値するものです。

４）困難はどこにあるか

　新自由主義についてはブッシュの苦境を見るまでもなく、現在退潮に向かっていると見ていいでしょう。「自由主義のパラダイムは、貧困の主要な原因を個人の欠点や行動上の欠陥に見いだすので、社会の責任というものを想定していない。」（13頁）ということでしたがその欠陥が一般に意識されつつあります。しかし問題がどこにあるかが判明しても解決に至る道筋をつける事が非常に困難であることは間違いありません。

「欧州における排除の観念は多次元的な過程をふくんでおり、社会的統合を保証すべき諸制度の機能不全を指摘する。したがって分析の焦点は、個人から、個人がそこに属しているか、もしくはそこから排除されているコミュニティや制度へと移っていく。EUは社会的排除を、経済的・社会的・政治的権利が否定されているか、あるいはそもそも実現されていないという観点から定義している。」（19頁）

　従来の福祉国家モデルが崩壊した後に、人々の社会的な力がそぎ落とされてしまった上での社会形成の方向性、これは果たして現実性のあるものとなりえるのでしょうか。

「貧しくない人びとにとってさえ連帯や将来の見通しが立たなくなっていくような状況において、全体としての社会的つながりが希薄化していることである。現在、雇用と家族はいずれもますます安定化を欠くようになっている。このため雇用と家族は、累積的な剥奪の過程に陥ることから個人を守るうえで、より不確かになり選別的になっている。大量失業、不安定な形態の仕事の拡大、親族関係とコミュニティの連帯の弱体化はいずれも、ますます多くの人びとに脆弱さの新たな形態をもたらしつつある。排除の概念は、以前は社会によく統合されていた個人がいまでは社会的・経済的脆弱さに直面しつつあるという、そういう過程にもとづいているのである。」（28～9頁）

　私が関与している引きこもりサポートの目から見れば、文字通り貧しくはない人々が次世代を育成できずに没落していくという構図があるのですが、それが単に引きこもりのいる家族だけではない、という問題として取り上げることも必要なのでしょう。

「フォード主義体制のもとで、労働は、昇進の道と容易に予測可能で安定した所得――これは持続的消費と投資決定の基礎となるものである――とを提供した。労働市場のこのような特質は、製造部門が中心的役割を演じたことと関係している。しかし、1980年代末以降、先進資本主義諸国では製造業における仕事の数が著しく減少した。これに対し、サービス部門では相当数の新しい仕事が増えたが、それらは賃金が低く、不確実であり、かつ安定性に欠けている。」（88頁）

　このような現状における生活の不確かさは若者にとっては周知の事であり、引きこもりはある種の自己防衛行動でもあるのですが、個々人の脆弱さが特徴となるような社会を普通に受け容れることとはどういうことなのか、分析してみる価値があるように思います。

「重要な新しい基準は、フレキシビリティ、競争力、規制緩和、民営化、経済活動からの国家の撤退である。1980年代に現れた資本主義の新しいモデルは、次のような特徴を有していた。すなわち、(1)生産の分散、労働組合の弱体化、労働市場の規制緩和をとおして、生産過程から得られた剰余のうちのかなり大きな分け前が資本によって取得されること、(2)再分配政策から資本蓄積政策への転換にともなって、国家の介入が後退すること、(3)収益力の強化と市場の開拓のために経済過程の国際化を促進すること、である。」（117頁）

　このような資本主義の新しいモデルについて、私は信用資本主義と名づけましたが、今急がれるのは、それが雇用に与えてきた影響を全体的に描き出すことでしょう。日本については、大沢真理は論文「生活の協同の意義――社会的排除の文脈のなかで」（『現代生協論の探求＜理論編＞』コープ出版、2006年）で「貧困と社会的排除は、ヨーロッパ以上に日本で懸念されるべき問題であるといってよい。」（35頁）と述べています。大沢は終身雇用と年功序列賃金と企業内社会福利に支えられた日本の男性中心社会を批判的に分析するなかで、「日本では、深く広い社会的排除が現実のものとなっている。しかも、生活を保障し社会の持続を支えるという意味で、社会的包摂の仕組みであったはずのシステムが、機能不全という以上に逆機能し、巨大な排除の装置となっている。」（36頁）と述べています。次回には日本の問題について取り上げることにしましょう。

（以前に私はASSB誌13―6号で「フリーター・ニート・引きこもりの生産システム（上）」で同じ問題について考えたことがありましたが、そのときには分析し切れませんでした。ここで紹介した社会的排除の観点からすれば、これはグローバリゼーションの本質的な裏面を捉えたものですので、分析が進みそうです。日本の問題については、この以前の論文の続きとして書いてみようと考えています。）

Date: 2007/1/5
Section: 現場から6
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