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2014/02/23

中野正『価値形態論』批判

Category: バラキン雑記 :

Author: ebara (11:26 am)

中野正『価値形態論』批判

『「資本論」の核心』の論点をめぐって、中野正の価値形態論への批判を掲載します。

　中野正の『価値形態論』（日本評論社、1958年）は、主として宇野弘蔵の『価値論』や『経済原論』などに依拠してマルクスの価値論の批判を試みた著作である。今読み返してみて、初版本文価値形態論の第Ⅳ形態と交換過程論との関連について、私の見解と逆の見解が提起されていることに気付いた。宇野弘蔵のマルクス批判についてはすでに拙著『「資本論」の復権』で取り上げたので、中野の同様のマルクス批判には言及せず、もっぱら第Ⅳ形態と交換過程論の関連について論じている部分について検討しておこう。その前に、中野は形態規定という用語にこだわっているが、しかしマルクスの形態規定論についての理解がなされていない。まずこの問題から取り上げていこう。

１．中野の形態規定論

　中野は、価値と使用価値との矛盾から、労働生産物がどのようにして商品に成るかを明らかにすることが価値論の課題であると見、使用価値としての物が商品化されることを使用価値の形態規定と捉えている。それは単なる使用価値が他人のための使用価値となるという意味であり、この事態を商品化と見ているので、使用価値の捨象はできないと言うのであるが、少し中野の主張を見てみよう。中野は「価値との相関をふくんだ使用価値」（『価値形態論』、日本評論社、1958年、29頁）は捨象できないというのだが、それは商品の使用価値をそのものの自然質料に見るのではなくて、次のように「他人にとっての使用価値」、つまり商品所有者の欲望の見地から見ているからである。
「商品の価値が使用価値を前提としているということは、みぎにのべたような消極的なものにとどまるのではなく、誰かが積極的に買ってくれるといういみで『他人にとっての使用価値』と成ることが、価値の実現・形成を媒介するといういみである。」（同書、30頁）
つまり中野にあっては商品の価値形態それ自体が現実的な商品交換の過程として想定されているのであり、だからそれをマルクスが交換過程論で説いているような使用価値と価値との矛盾から説こうとするのであった。
「商品の使用価値が、たんなる使用価値ではなく、価値からの特種的な形態規定を受けた使用価値であり、またおなじことに帰するが、価値の前提するところの使用価値が、他の商品所有者にたいしてのみあり、端的にいって、買われることによってのみ移譲され・実現されるという関係のうちに、それ自身すでに価値からの規定をうけた使用価値であることをあらわしている点から把握される。」（同書、31頁）
この使用価値の捉え方は、マルクスが価値形態論にあっては使用価値が新しい役割を演じるとみ、ここから使用価値の形態規定を明らかにしていることとは無縁なものとなっている。中野が形態規定されるという意味を、使用価値が他人のための使用価値となる、と把握しているのに対して、マスクスの場合は、価値形態においては等価商品の使用価値が価値の現象形態となっていることを指しているからだ。商品の形態規定について中野はいろいろ論じているが結論的な文言を掲げておこう。
「このようにして、商品に蔵されていた価値と使用価値との対立は、資本流通が労働力を商品としてつかむ点において社会的生産の核心にくい入ってゆくのであり、そこで循環的に運動する基礎をうることになる。ここで、商品の規定面（価値）と被規定面（使用価値）との対立および相互媒介関係は、ようやくそのほんらいの特殊歴史的・かつ特種社会的な形態規定に到達したものとしてあらわれてくる。価値の面は、流通面としてこの特種的な社会的生産の形態面を代表し、使用価値の面は、この形態によって規定された生産面としてその質料面を代表しつつ、両面が相互媒介的に統一されてゆく過程がすなわち資本家的な再生産過程を成しているのである。」（同書、48頁）
中野の問題意識にあっては価値と使用価値の矛盾から資本家的な生産過程の全体を統一的に把握しようというものであり、経済的現実の分析というよりは矛盾の展開の思弁的叙述である。それに付き合うことはできないが、形態規定という重要な概念の平板化がなされているのでそれを暴露する限りでもう少しみていこう。
「以上において、『資本論』の体系をつうじて、特殊歴史的な商品経済の規定面と被規定面との、私的なものと社会的なものとの対立をしだいに高次に媒介してゆく、形態規定の進展を、ほぼマルクスの構成の順序にしたがって概観してきた。・・・・そこでは形態規定の進展につれて、労働力が、社会的生産が、資本機能が、土地が、さいごに資本自身が、資本としての貨幣所有者にとっての・もしくは単に他の商品所有者にとっての・使用価値に転化されて商品化してゆくものとされている。」（同書、69頁）
このように、中野にとっては形態規定とは自然的質料の商品化のことであり、しかもその商品化とは、所有者にとっての使用価値が自分のための使用価値ではなく、他人のための使用価値となるということなのだ。中野は商品化を使用価値の変化から見ており、これが彼の形態規定の中身であるとともに、彼が形態規定を重要視する理由なのだがしかしその理解は経済的形態規定の概念を見失わせるものでしかない。この他人のための使用価値という理解は、マルクスの不払い労働論への批判にまでゆきつく。
「剰余労働が支払われない点に矛盾があるのではない。むしろ支払われる点に矛盾があるのである。そしてそれが労働力の商品化にほかならない。」（同書、117頁）
労働力が商品化し、それが他人（資本）のための使用価値となったときに、中野の形態規定論からすれば、剰余価値は資本家に属する価値としてみざるをえなくなる。資本の生産過程はこの論理からすれば商品による商品の生産として美化されてしまう。
「形態論は、形態（形相）をもって、質料（類としての）をとらえる働きと解し、それを質料よりもヨリ先なる発端とみるのである。そしてこの働きの展開のうちに、種の特種様式＝質的規定性の生成・成熟・完結を実現する原理をみ、この形態と質料との一貫した過程的な統一を実体性として理解しようとしたものが、生成の論理としての弁証法にほかならなかった。」（同書、135頁）
このような思弁的構えでは現実の合理化はあってもそれへの批判はなくならざるをえない。

２．中野の価値形態論

　中野の価値形態論は使用価値と価値との矛盾が展開され、商品ではないものが商品に成るさまを解明するというものだ。しかし使用価値と価値との矛盾とは実は交換過程にぞくするものである。マルクスの価値形態論をこのような視点から検討してみても見当違いの結論しかでてこない。
　「価値形態が、商品存在を顕わにするかたちであり、商品の内部の価値と使用価値との対立を外面化し、価値が使用価値によって、そして使用価値が価値によって媒介されながら、しかもこの二要因が、価値によって積極的に統一されるという、商品のいわゆる否定的な自己媒介のあゆみを定立したかたちであることはいうまでもない。」（同書、194頁）
　このような形は実は初版本文の簡単な価値形態の分析には存在しない。そもそも形態規定のところで述べたように、中野はそれを簡単な価値形態における使用価値の果たす新しい役割とは理解できずに、他人のための使用価値となるというように理解しているのだから次のように全く見当はずれの解釈をしているのだ。
　「だから相対的価値形態も、等価形態も、商品の価値と使用価値との不可分離な二契機を、いわば響かせあっている点に注意しなければならない。それらは両方とも二重の意味のもので、単に一面的に、商品の価値のみの側面を顕わしているのではない。」（同書、194～5頁）
　価値形態において使用価値が受けとる経済的形態規定は、等価商品の使用価値それ自体が相対的価値形態にある商品の価値の鏡となり、価値の化身となるということであって、この場合の使用価値は商品の二重性という場合の自然質料としての使用価値ではない。価値形態にあっては、決して価値と使用価値とはそれぞれが矛盾の契機として自立的に対立しあっているのではない。むしろ価値の側面からしか、相対的価値形態にある商品の価値が等価商品の使用価値で表示されるという事態は明らかにはならない。
　「価値形態は、商品の積極的要因としての価値と、その消極的要因としての使用価値との、積極・消極の関係をあきらかにしつつ、この対立を価値によって積極的に統一して商品が商品と成る仕方を、その第一歩において設定したものにほかならないのである。したがって価値形態は、積極的には、商品の価値の形態であるが、消極的には、同時に商品の使用価値の形態でもある。」（同書、196頁）
　価値形態をこのように捉える中野は不思議なことに『価値形態論』という著作を書きながら、簡単な価値形態の分析について全然展開していないばかりか、マルクスの分析についても理解しようとはしていない。中野は一方的に価値形態を、商品の使用価値と価値との矛盾が展開されて貨幣が生成されてくるという文脈で捉えようとしているので、『資本論』よりもむしろ交換過程の分析で使用価値と価値との矛盾を価値形態の例示によって論じている『経済学批判』に近親間を感じているのではなかろうか。実際中野は『経済学批判』の交換過程論の紹介に多くの頁を割いている。
　ところで中野はマルクスの価値形態論を批判しながら、自身の価値形態論は全然提起できていないのだが、マルクス批判だけは執拗に繰り返している。そして面白いことにその批判の中にかえってマルクスの論点が浮き彫りにされている。マルクスの論点を知るという限りで中野の批判をもう少し紹介しておこう。
　「商品が商品としてあらわれる仕方を設定する価値形態論は、このような商品社会の、実体的関連をまえもって与えられたものとして前提するものではなく、むしろその形成をこれからいわばつむぎだし論証していく、商品のさいしょの論理的なあゆみとしてとらえられなければならない。」（同書、197頁）
　これは価値形態論に先立って価値実体について分析していることへの批判であるが、まさしくマルクスの価値形態論は、価値実体論の先行なしには展開しえないのであり、実体をあらゆる社会に共通な経済原則と見る宇野派の理解が見当違いの理解であり、価値実体とは社会の中で成立している社会的実体であり、価値形態の内的質を指しているのである。商品形態が外から経済原則（実体）を掴むというような形で商品化を理解すべきではなく、抽象的人間労働という社会的実体は商品の価値形態の質として捉えられるべきであり、ここからしか商品批判の観点を正しく打ち立てる事はできないのだ。宇野の理解はポランニー『大転換』（東洋経済新報社）と似ていて、擬制商品批判と市場の社会への埋め戻しという資本主義批判に連なるが、そのような批判は資本主義の魂への外在的批判しかなしえてはいないのだ。今問われているのは資本主義の魂そのものへの批判であり、それは商品の概念の批判から、つまりは価値形態の秘密の解明とその批判からしか始まらない。
「こうなると、さきにもいったように商品は自己の内在的矛盾を価値によって積極的に統一する形態を展開しつつこれから商品に成るものとしてもよりも、むしろすでに価値によって積極的に統一された成果として、すなわちすでに商品になったものとしてとらえられざるをえない。これでは価値形態は商品の価値と使用価値との内面的な対立の外化された現象形態としてではなく、単なる一面的・抽象的な価値の外面としての交換価値の表現形式としてしかとらえられなくなるのである。」（同書、198～9頁）
マルクスは商品の価値形態を分析しているのであって、使用価値と価値との矛盾の展開をそこに見ているわけではない。むしろ商品の存在様式を解明しているのであり、それによって人間がどのような存在へと貶められているかを解明しているのだ。
「要するに、相対的価値形態と等価形態との『双方の形態が、交換価値の形態』にすぎないとする、『初版』の規定は、価値の側面のみを抽出して価値形態をとらえることにより、マルクスの意図に反して、価値形態を、『批判』における相互的な交換比率の表現としての、抽象的な交換価値の表現様式に解消しかねない誘引をはらんでいて、価値形態論としては理解しがたいといわねばならない。」（同書、201頁）
「理解しがたい」というよりも中野は全然別の論理を適用しようとし、マルクスの論理を理解しようという姿勢が見られない。まさに価値形態論とは商品の価値の側面だけを抽出して分析しているのだ。
「価値形態論が、商品の二契機を統一して商品がこれから商品と成るための運動形態の設定としてよりも、むしろ二契機が価値によって積極的に統一された成果の形態分析に変貌しつつある様相をつたえるものであった。」（同書、202頁）
　使用価値と価値との矛盾、これは端的には商品の非直接的交換可能性ということに尽きるのだが、マルクスは『経済学批判』では価値形態の分析としてではなく、交換過程の分析でこの矛盾を扱い、そこで貨幣の生成を解いている。中野の主張はむしろ価値形態論ではなく、交換過程論の論理の提起なのだ。中野は貨幣の必然性を商品の非直接交換可能性に求めるが、これも価値形態で扱える問題ではなく、交換過程に属する問題なのだ。
中野のマルクス批判は価値形態論に交換過程の観点を持ち込み、貨幣の必然性をそこで説こうというものだ。仮に中野の主張を認めるとすれば、簡単な価値形態における使用価値と交換価値の矛盾、あるいは商品の非直接交換可能性をどのように展開しようというのか。これまで見てきたように、積極的主張がなくただいちゃもんをつけているだけであり、自分自身の価値形態論が解体してしまっている。

３．初版本文第Ⅳ形態

　中野による初版本文第Ⅳ形態の評価は次のようなものだ。
「『初版』本文の価値形態論の展開は、この『形態四』における、いわゆる理論的困難の設定に終わっている。形式的にいうと、それは未完結で固有の一般的価値形態にまで達していないといいうるが、じつは、『第三の形態』であたえられている、一般的価値形態の理論的規定の排除におわっているのである。さらにいうと等価形態の展開が価値形態そのものの否定におわるようなかたちで、これがなされているのである。」（同書、227頁）
この中野の評価の問題点は、価値概念という範疇が存在しないことだ。元々中野の価値形態論は価値と使用価値との矛盾の展開として想定されていた。しかしマルクスは初版本文では、価値形態は価値概念から発生することを証明しようとしていたのだ。だから価値形態論の世界では貨幣形態への移行は説かないことがマルクスの初版本文のもくろみであり、価値と使用価値との矛盾は交換過程論で解くべき課題として、第Ⅳ形態が提示されているのだ。
「われわれは、商品が『自己をはじめて現実的に商品として表示する』簡単な価値形態から出発したのであったが、その展開は融和しえない且つ解決しえない絶対的矛盾の設定と、価値形態そのものの否定に終わったのであって、真の現実的な価値形態は、『初版』本文においては、形態展開の到達しえない彼岸としてあらわれたのである。」（230頁）
宇野の価値論では、商品所有者の欲望を持ち込んで考察するので他人のための使用価値という問題意識が発生し、こうして価値形態論の中に交換過程の要素が持ち込まれてしまう。この宇野の提起に従った中野は、初版本文価値形態論に貨幣生成の必然性が説かれていないことをもって価値形態そのものの否定という判断をしている。しかし商品の価値形態は人間の意志を支配する象形文字であり、貨幣生成はこの商品に意志支配された商品所有者たちの無意識のうちでの本能的共同行為によるのであって、価値形態そのものの枠内から貨幣生成を論じることは不可能なのである。
このことは第Ⅳ形態を貨幣形態としている初版付録の「第5節　一般的価値形態から貨幣形態への移行」を見れば明らかである。そこでは初版本文第Ⅳ形態の中身が説かれていて、どの商品も一般的等価物になりうることが説明されている。そしてその場合は諸商品は統一的で一般的な相対的価値形態にはなっておらず、価値概念に一致してはいない。価値概念に一致する形は特別の商品を一般的等価物として排除する社会的行為を要求するのである。だから付録の貨幣形態においても、形態Ⅰから形態Ⅱへの移行や、形態Ⅱから形態Ⅲへの移行には本質的な変動がおきる、としながら、形態Ⅲから形態Ⅳ（貨幣形態）への移行に本質的な変動はないと述べているのだ。つまり初版本文第Ⅳ形態の混沌とした状態が、統一的な貨幣形態に移行するのは「社会的慣行」によってなのであり、これは価値形態論の枠組みの外で起きる事柄なのである。
では何故マルクスは現行版で付録の叙述を採用し、第Ⅳ形態を貨幣形態としたのだろうか。それは現行版でマルクス自身が価値形態論で「貨幣形態の発生史を証明すること――つまり、商品の価値関係に含まれている価値表現の発展を、それの最も簡単な最も見すぼらしい姿態から、燦爛たる貨幣形態までたどること――をなしとげることである。それによって、同時に、貨幣の謎も消滅する。」（『資本論』第１巻、河出書房新社、46頁）と述べていることと関わっている。つまり現行版価値形態論でその第Ⅳ形態に貨幣形態がおかれているのは、まさしく貨幣形態の発生史の証明であり、貨幣の謎の解明（具体的には第Ⅲ形態）だったのだ。だからここでも価値と使用価値との矛盾からの貨幣の生成については論じられておらず、交換過程論に先送りされているのである。だから中野が次のように述べるときに、中野自身の貨幣の謎の理解の曖昧さを表現するものでしかありえないのだ。
「この点は、『初版』本文における価値形態そのものの一件奇妙な展開の様相を規制し、価値と使用価値との矛盾による価値形態の展開が、かんじんの、げんみつな意味の一般的価値形態および貨幣形態に展開しえないという理論的困難をひきおこすとともに、このげんみつな意味の一般的価値形態および貨幣形態導出の理論的困難を、交換過程の実践的解決に托せしめる契機となっている。」（『価値形態論』、189頁）
価値形態論で貨幣形態の謎を解明することが課題だとしたら、第Ⅲ形態の解明で十分であり、そしてこのように商品の概念が解明されれば貨幣形態の現実的生成は価値と使用価値との矛盾の解決の場である交換過程で解くしかないのだ。ところが価値形態論で価値と使用価値との矛盾にもとづく運動を読み取ろうとしている中野は、付録と現行版の価値形態論の第Ⅳ形態が貨幣形態とされることで、初版本文の第Ⅳ形態の処理をどうしたかということで、それを第Ⅱ形態の叙述の変化というところに求めていろいろ詮索しているがそれには触れないでおこう。結論的に中野は次のように述べている。
「こうして『資本論』の価値形態論にあっても、商品関係が、価値と使用価値との、積極・消極の矛盾の展開としてよりも、使用価値を捨象したたんなる価値関係として抽象的に考察される傾向がつよいのである。」（同書、248頁）
この批判に関しては、価値と使用価値の矛盾という設定でどのようにして価値形態論を展開するのか自身の論理が提出されるべきである。
「けれどもこのような傾向は、いかに隠微ななくされたものであっても、価値形態そのものとあいいれない前提をふくむのであり、そのような基礎のうえに価値形態が展開されるとすれば、論理の率直な展開をあとづけるかぎり、究極は、価値形態の否定となって露呈されざるをえないのであった。そしてこれが、『初版』本文の価値形態の展開が価値形態そのものの否定と排除におわるという『形態四』の絶対的矛盾の真の意味なのである。」（249頁）
初版本文形態Ⅳの積極的意義は今こそ重要視されるべきだろう。形態Ⅳの設定こそが価値形態が人の意志を支配する概念的存在であることを知らしめ、交換過程における貨幣生成の現実を把握せしめ、ひいては貨幣が商品所有者の取引のつど生成されているという事態を知らしめるポイントなのだ。ところが中野は交換過程論に関しても問題の把握に成功していない。
「かくして、交換過程において、一般的等価物と貨幣とを導出するマルクスの著名な一節は、文字どおり『黙示録』に終わっている。」（同書、261頁）
「商品所有者たちは、商品本性の諸法則を体した自然本能によってみちびかれるところの、『社会的行為』によって、現実の、固有の意味の一般的等価物および貨幣を導出したのである。
　しかしこのような論理は、貨幣形成の理論的解明といえるであろうか。というよりも、こういう解明の仕方がはたして論理といえるだろうか。いな、論理ではない、実践である、論理はアポリアに到達した。だから『太初に行為ありき』、というファウストの箴言にしたがってこのアポリアを商品所有者の実践によって解決したのであるというふうに理解しうるのであろうか。」（同書、262頁）
　価値形態論では商品が人間の意志を支配する概念的存在であることが明らかにされたが、交換過程論では、それがどのような仕組みで現実的に人格の意志支配を成立させているかということの解明がなされていることが全然理解されていない。
「けれども商品関係というものを、このように、個々の商品同士もしくは商品所有者同士が直接に、相互に対立しあうような関係としてのみ想定しうるであろうか。価値形態は、そういう仕方で商品が他の商品に直接関係するかたちを想定するものであったろうか。そういう想定でもって、商品形態を展開しうるであろうか、したがってまた貨幣生成の必然戦を論証しうるであろうか。むしろそれは貨幣形成の必然性をうしなわせるものではなかろうか。」（同書、288頁）
このように述べることで結局中野はマルクスの価値形態論そのものの枠組みの否定に至っている。この批判は要するに簡単な価値形態の措定自体の否定である。
「端的にいって、価値形態は商品所有者を捨象して展開しうるであろうか。」（同書、271頁）という中野の提案を受け止めるならば、「だから価値形態における、リンネルと上衣との関係はたんに、或る商品と他の商品というだけでなく、正確にいうと、私の或る商品と他人の他の商品としてとらえられなければならない。この区別された商品のもつ同一の・特種社会的な・私的所有の性格は、資本主義生産様式のぎりぎりの極限にほかならない。」（同書、272頁）という問題提起になるのだが、この提案の意味はよく分からない。中野がこだわっているのは、商品の非直接的交換可能性という視点であり、「要するにここでは、商品形態が一般的にいって、直接的交換可能性の形態にないからこそ、その全体的関連を媒介し、全面的交換を可能にする貨幣が形成されねばならない点が、指摘されているのである。」（同書、292頁）と述べているように貨幣の必然性もこの論点と関わっている。
「マルクス自身が、価値形態における非直接的交換可能性の設定とはまったくあいいれない想定、すなわち実在的な個々の商品が相互に直接に対立しあうような想定でもって価値形態論を展開しているからである。」（同書、293頁）
そういうのなら初めから貨幣を導入して価値を論じるということなのか。あるいはまず貨幣の必然性を論じるところから価値形態論を展開せよということなのか。
「いずれにせよ、商品所有者もしくは商品の『社会的行為』を、個々の商品所有者同士もしくは商品同士の直接の相互対立と想定することは、貨幣の必然性を論証しようとするマルクスの方法を破壊せずにはおかない。」（同書、295頁）
中野自身は『価値形態論』での問題提起については言い放なしで、以降は『資本論』批判に転じている。つまり『資本論』の単純な否定に終わっているのだ。『中野正先生追悼集』によれば、発表された当時のこの本の評判はすごかったようだ。特に東大の講義は多くの傾倒者を作ったようだ。しかし『資本論』批判を強めることで宇野派から排除され、それ以降はあまり話題にされてはいない。確かに中野は思弁にたけており、哲学的知識の応用によって解釈していくさまは興味をおぼえるところだが今日的意義といえばあまりない。簡単な価値形態への言及なしの価値形態論というこの本の欠陥を反面教師とすることくらいであろうか。

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