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「賃労働の拒否」

2:Re: 「賃労働の拒否」
田中 02/04 10:59
私のシュタイナー論は生産関係の本源性に力点を置きすぎたきらいがあるようです。生産関係は一挙に変革されうるものではないだろうから、その内部での闘争による改革を一歩ずつ進めることも重要だということでしょう。もちろんその際、資本―賃労働関係の廃絶をつねに念頭において運動を進めていけるかどうかは、重要な論点となると思います。シュタイナー論の関係で言えば、シュタイナーが提起している経営者と労働者の生産過程に関する話し合いが実現すれば、使用価値労働力としての労働者の主体性が発揮できることが可能となるでしょう。現在の主流の組合運動は、春闘に象徴されるように賃金をめぐる闘争が主体ですが、それを生産過程にまで展開できれば大きな前進となると思います。
megummiさんの論点を私なりに捉えかえすならば、つぎのようになります。今アナリティカル・マルキシズム論争に取り組んでいるのですが、そこで問題となっているのは経済的形態規定とその自然的あるいは素材的内容との区別と関連だとにらんでいます。具体的有用労働と抽象的人間労働との区別を商品で表わされた労働のみならず、社会的必要労働の二重性としても展開するとどうなるのか、あるいはアナリティカル派がいう剰余生産物と剰余価値とはどのように区別あるいは関連しているのか。このような問題を今考えています。「一般化された商品搾取定理」に対する批判として後者の観点が有効ではないかというのは、小澤さんが示唆しています。論文のアップを楽しみにしています。
さらに物神性論を社会的労働の歴史論あるいは変革論として捉えかえせないか考えています。生産者協同組合と地域通貨との関係あるいは統合という実践的課題がそこに含まれているのでは、と思うからです。物神性批判を意識としての文化批判から感性的活動としての文化批判へと展開させるにはどうしたらいいのか、このような問題意識をもっています。



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